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《短編/黒いわたし》
不安だ
考えれば考えるほど不安というものが大きくなって
破裂寸前の風船になって、多分もうすぐ、破裂する。
パーンッ
割れてしまってからでは遅いのだ
ガタンゴトン ガタンゴトン
「線路に咲いてる花ってさ、ずぶといよね」
彼女はそう言った。
各停と急行の電車が交互に僕たちの目の前をうるさく通り過ぎていく。あの箱の中に入っている人々はどこに行くのだろうか。
「みて、ずっとみてると吸い込まれそうだよ」
「ほんとだね」
「落ちちゃいそうだよ」
「そうだね」
「もしさ、わたしの意志と関係なく落ちちゃった場合はさ、それでもたくさんのお金がかかるのかな」
「どうなんだろうね」
「きっとかかるよね。迷惑だもん」
僕はいつもそうだった。
彼女が放った言葉に対してこんなことしか言えないのだ。何かを意見してしまうと彼女はどこかに行ってしまいそうで、消えてしまいそうな、そんな気がしてならなかった。僕にできることは、彼女のそばにただいること。それだけだ。
「みて、赤い風船」
「ほんとだ」
「あの子、風船持ってる子、飛ばされちゃいそう」
「うん」
あの赤い風船は、あの子の頬の色と似ていた。
そして彼女の唇の色とも似ていた。そのことを彼女には言えなかった。
言ってしまえばきっと、彼女の中の何かが変化して彼女が彼女じゃなくなる気がしたからだ。
花柄のワンピースがよく似合う、笑顔が素敵でどこか儚い女の子だな。これが彼女への第一印象だった。時々不思議なことを言う彼女のそばにいると、なんだか毎日が楽しくて明日も生きようと思えた。死ななくてよかった、とも思えた。彼女の心の中には黒い何かがいて、ある日突然彼女を襲う。別人のような顔をする。
それでも僕は、そばにいる。
パーンっ
「あ、みて。割れちゃったね」
「・・・」
「泣いちゃったねあの子」
「・・・」
「ねえわたしってどこかおかしい?」
「・・・」
「おかしいのかな。割れちゃったね」
またあの黒い何かが彼女を襲おうとしている。
「もう帰ろうわたし疲れちゃった」
「そうだね」
「じゃあね」
「家まで送るよ」
「大丈夫。バイバイ」
「またね」
「バイバイ」
不安だ
考えれば考えるほど不安というものが大きくなって
破裂寸前の風船になって、多分もうすぐ、破裂する
パーンっ
割れてしまってからでは遅いのだ
その日以来、
彼女のあの笑顔を見ることはできなくなった。
ただそばにいるだけではダメだったのだろうか。
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