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すべてを録画しておきたいくらい楽しい春節休みだった。

2月3日 15時ぴったりにホテルについた。彼は髪を切ってさっぱりしてた。2日後に私の両親に挨拶するビックイベントが控えている。

人形町のコンビニにRISEのチケットを受け取りに入ると、昔知り合った金融関係の男にばったり会った。向こうは気がつかなかったけれど、私は過去の自分に会ったような気がしてぎょっとした。

あの時の私がすごく遠くに感じた。幸せについて何も知らなかった私。

RISEまで時間があるので、近所の甘酒横丁にいった。彼は甘酒がすきだ。1歳半くらいのこどもがダンボールに入れられておとなしく店番していた。しばらく見つめ合っていると、抱っこひもで子供を背負ったお母さんが注文を取りに来た。こどもは5人いるらしい。下町を感じる。

後楽園ホールでタコベルをかじって(初めてだけど美味しかった)、RISE会場に行く。イカつい感じの観客たちがぞろぞろ集まっていた。意外にも子連れが多く、歓声もかわいいし、試合後の選手も家族と一緒に観戦したり挨拶したり、ファミリー感いっぱい。前から3列目のいい席で、那須川天心や秋山やよくわからない雰囲気の人がいっぱいいる中で、彼は途中でお腹がすいたことにより集中力が切れ、早く帰りたそうだった。9,000円のチケットのことより、お腹がすいたことが一大事なのだ。

試合が終わって好きなものを食べて良いとのことで肉をオーダーし、肉寿司を食べた。私の主張を優先してくれるのは珍しい。全体的に怖いくらい優しい。5日間会えなかったから甘えているのか、2日後に控えた両親との挨拶のせいか。

2月4日 晴天。気温18度。今日はフリーで予定がない日。コートなしで出かけた。豊洲市場はアクセス不便なので浅草へ。仲見世通り、浅草寺、今半、おみくじ、宝くじ。青い空に映える境内の赤い屋根。東京の街を手をつないで歩くのは、地元を歩いているようで嬉しいけれどすごく恥ずかしい。

国慶節は伊勢神宮だった、元旦は大阪で初詣をして、旅行の度にお参りするのが定番になってきた。彼のお参りの所作は意外と丁寧で、私はお祈りするふりで、いつも彼をちょっと盗み見ている。何を祈っているのだろう。

上野へ移動して大統領、アメ横、上野公園のスタバ、有楽町へ移動して銀座、バーニーズ、すし好、銀座シックス、ビームスで彼はカバンを買った。

お茶してドラッグストアに行って、ほとほと歩き疲れたので人形町に戻ってそのまま彼はマッサージへ、私は銭湯へ。さっぱりしてから近所の東京カレンダーに出たという肉料理の店でごはんを食べた。お店には私たちだけで、私はお風呂上がりで身体がポカポカしていて、風呂上がりに食べるご飯は実家にいるみたいだった。

ちょっと値段の張る食事は彼が払ってくれた。でもそこで彼が、ぼくは本当は何も今すぐ結婚しなくてもいい、これからまだいくらでも結婚できる、みたいな発言をした。

それは私もずっと思っていることだ。

彼は本心をはっきり言葉にすることはほとんどないけれど、家族でも職場でも、きっと友達でも、身近にいるひとを大切にしようとする気持ちはとても強い。私とただ一緒にいて、たまたま両親に紹介することになって、両親も喜んでいるから、みんなが幸せだから結婚する、そんなところがあるのではと思っていた。

私に対してはワガママに振舞うようにみえても、見えないところではみんなのために自分を殺しているのかもしれない。彼は、自分個人の幸せと、みんなの幸せ、どっちを優先しているのか、近くで見ていてもそれがわからないところがある。

そんな彼の言うことだから、説得力があった。彼の幸せを考えなくてはいけないのは私の役目だと前々から思っていた。私と結婚することが彼の幸せに繋がらないなら、私から身を引かなければいけない。

ホテルに帰ってからも心の中は悲しさと不安が入り混じっていた。口に出す前からわかっていたことだけれど、本当はこの気持ちがベースにあっての、幸せだった。なんとも脆い幸せ。

悲しい気持ちで抱きつくと、耳元で大丈夫だよ、といって慰めてくれた。

2月5日 昨日の疲れが残っている。彼はよく眠れなかったらしい。今日はこれから私の両親と食事がある。きっと緊張するしお腹が減っては力も出ないし、お上品なコース料理は量も少ないだろうと睨んでホテルの朝食をもりもり食べた。

元町に着くと街頭でNHKの生中継をやっていた。

予定より20分ほど前にお店についたら、両親と店の前で鉢合わせ、そのままお店に入ることになってしまった。もうちょっと事前打ち合わせしたかったのに。

お腹がいっぱい過ぎるし打ち合わせ不足だしええいままよだったけれど、開口一番彼は「XXです。ご挨拶遅くなってすみません、こちらお土産です」とはきはき挨拶した。

食事が始まるなり、仕事は、ご家族は、中国はどれくらいいるか、会社の駐在員状況、結婚したらどうなるか、いつ籍入れるか、など予想以上に事務的で具体的でカタイ話が続いたが、彼はちゃんと対応していた。31歳にしてはしっかりしている。お酒がすすんで父の駐在話、孫の話、犬を飼おうとした事件、飛行機乗り過ごし事件などの話で和やかになっていった。

父の反応が一番気になっていたが、実際は会話も進めてくれるし、笑顔が柔和で、予想に反して心強かった。私は緊張から異常に水をたくさん飲んだ。彼がトイレに立ったところで、父は少し目をこすっていた。

2時間半の食事が終わって両親と店の前で別れた。

2月5日は春節の元旦。爆竹を見に中華街へ行く道すがら、なんかちゃんと結婚しますって言わなかった、というので、その前提だから大丈夫だよ、娘さんをくださいって言うつもりだったの?と聞いたら、しょうがないからもらってやる、といっていた。

後々思い出したとき、これがもしかしたらプロポーズなのかもしれない。場所は中華街の手前の道路で、だけど。

ちゃんと言うつもりだったんだ。恥ずかしくて聞いてられないけど、ちょっと聞いてみたかった。

父もそう、私の彼は、ピンチの時に頼りになる。ちょっと似ている二人の特徴に、私はこころから嬉しくなった。

中華街は手相占いだらけで、彼は占おうといった。彼がトイレに行っている間に順番が回ってきたので、占い師に結婚する予定の彼氏だ、とあらかじめ囁いておいた。占い結果は、身近な人を大切にする、家族思い、と私の意図を汲んだ完璧な内容だった。

横浜に寄り、新橋でしみったれた居酒屋にいって、そこにあった烏森神社でまたお参りし、人形町でラーメンを食べ、ホテルに帰った。

またひとつ二人でやり遂げた充実感があった。

翌日5時に私は先にホテルを出た。こっそり部屋を出たらわざわざ起きてきてエレベーターを待つ私を呼び止めた あやみちゃん、気をつけてね といって。

それはとても愛があることばだった。

昼過ぎに上海の家に着き、早速昨日のNHKの生中継を探した。取材中の店内で、レポーターがどうしてここにお店をだそうと思ったのですか?と聞いた。店主がこの街が好きだからと答えたとき、カメラが窓の外の街の様子を撮そうとお店の外へレンズをパーンした。

そこに映っていたのは、ちょうど両親との会食に向かう私と彼だった。




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