精神科で入院したお話最終回

こんにちは!
ゆらです。

今回は前回に引き続き入院した話です。

前回の話はこちら↓

私が入院していた大学病院は毎日の回診とは別に毎週木曜日に教授回診がありました。
前もって先生から木曜日の午後は教授回診があるので、必ず部屋にいてくださいと言われていました。

教授回診は医療ドラマなどで観たことあったので、少し楽しみにしていました。
木曜日の午後になりスタッフステーションがあわただしくなり、先生がどんどん集まってきました。
14時くらいになり、教授回診が始まりました。
言われた通り部屋にいると教授が来てくれました。
医療ドラマで観た通り教授の後ろに先生が20人から30人くらいいて驚きました。
もちろんそんな人数部屋には入りきらないので、列は廊下まで続いていました。
担当医ではないので、この時初めて教授に会いました。
初めてなので担当医が紹介してくれました。
私はベッドで横になっていたので、座って挨拶しようと思って起き上がろうとしたら、教授がそのままで大丈夫ですよ、楽にしててくださいと言ってくれました。
横になりながら、少し話すとすごく腰の低い優しいおじさんでした。
私の予想では、教授なので偉そうで威張っている感じなのかなと思いましたが、全然違いました。
私は特に緊張しませんでしたが、後ろにいる先生方の緊張感が伝わってきました。
最後にゆっくり休んで早く良くなるといいですねと言って教授回診が終わりました。
毎週木曜日に教授回診があって本当は部屋にいなくてはいけないのですが、私は大人数が苦手なので、部屋にいたのは最初の1回のみで他は教授回診の時間になったらカフェに行ったりして会わないようにしていました(笑)

2週間くらい入院していると調子が少し良くなってきて、だんだんタバコが吸いたくなってきました。
しかしもちろん入院中は禁煙ですし、タバコも持ち物検査で没収されていたので、どうにかタバコを吸う方法はないかと考えて院内のコンビニにも行きましたが、当然タバコは売っていませんでした。
考えに考えて私は病院を抜け出すことにしました。
院内に人が少なくなる土曜日の夕方に決行することにしました。
しかし入院着で外に出るわけにもいかず、かといって私服に着替えてどこかに行こうとしたら看護師に怪しまれるので、私は考えてコンビニの袋に私服を入れて持っていき1階のトイレで着替えようと思いました。
用意して袋を持って何食わぬ顔で出て行こうとすると入院中に仲良くなった入院患者のおばさまに見つかり袋なんか持ってどこ行くの?と言われてしまいました、、
とっさに1階でクリーニング出そうと思ったんですよと言って逃げるように出て行きました。
2週間ぶりに外に出ることに成功しましたが、コンビニまで歩くだけでもすごく疲れました。
やっとの思いでタバコとライターを買って吸ってみると全然おいしくなかったです、、
こんな無駄なことしなければよかったと思いながら病院に戻りました。

3週間くらいたった頃に外来で担当の先生と話していて退院はいつくらいにしましょうか?と聞いてくれたので、すぐにでもと言ったのですが色々手続きがあるのでそんなすぐにはできないと言われて次の週の金曜日に退院する方向で調整してくれることになりました。

この頃にはだいぶ調子も良くなっていたので、入院食がおいしくない日は、コンビニに行きお弁当を買って食べるようになっていました。(食事制限のない人は普通にカップ麺とか食べていました)

退院日が正式に金曜日に決まり、退院後の話になり1人だとまた薬を飲みすぎたり自傷行為をする恐れがあるので、訪問看護に来てもらいましょうと先生に言われました。
来なくて大丈夫ですと断りましたが、それだと退院はもう少し先にしますよと言われしぶしぶ了承しました。
数日後に先生が連絡した保健師の方2人と面談することになりました。
最初に先生がこれまでの経緯や症状を話していたらしく、部屋の外で30分以上待たされました。(待っている間は違う先生と楽しく雑談していた)
呼ばれて部屋に入ると担当になると言われた保健師とその上司が来ていました。
話の内容は訪問看護と仕事についてでした。
訪問看護の話になり、とりあえず週に2回で1回1時間程度でと言われた。
本当は来てほしくないので、部屋も狭く私1人でもぎりぎり入れるかどうかくらいしかないとかゴミ屋敷で足の踏み場もないなど嘘を言ってみたが聞き流されて、訪問看護は絶対必要と先生と保健師から説得されて、それなら週に1回時間も30分と条件を出しました。
するとしぶしぶその条件を飲んでくれました。

仕事の話になり、ストレスのかかる事はやめるように言われて仕事もしない方がいいと言われた。
でも私は1人暮らしだったので仕事しないと生活ができないと言いました。
すると障害年金や生活保護を申請してはどうかと言われたけど自分では働けると思っているのでそれらを断った。(結果的には障害年金は申請した)
とりあえず退院してすぐに保健師が家に訪問することで話し合いは終わりました。(この保健師は今でもお世話になっている)
話はそれくらいだったが30分以上話していた。

金曜日になり退院の日になりました。
朝起きてシャワーして着替えてから荷物も準備して待ってました。
しばらくして看護師が来て入退院センターで退院の手続きをしてきてくださいと言われて、退院の手続きをしに行きました。
すでに何人か待っていたので、番号をもらい少し待ちました。
呼ばれて退院の手続きをお願いしました。
入院費の支払いとかを終えて領収書や明細書をもらい病棟に戻りました。
看護師に手続きが完了したことを伝えると部屋で待つように言われて部屋で待っていました。
少しして看護師が部屋に来てくれました。
持ち物検査で没収されたものを返してもらい、次の外来の予約をしてくれてそれまでの薬を渡すのでそのまま部屋で待っていてくださいと言われました。
動画を観ながら待っていると薬剤師が薬を持ってきてくれました。

これでやっと退院です。
看護師に軽く挨拶して病院を出て入院生活は終わりました。

入院した感想は、とりあえず開放病棟でよかったと思いました。
入院中に話すようになった入院患者の中に少し前まで閉鎖病棟にいたという方がいたのですが、部屋からは出れるけど病棟からは出られず、携帯も触れないし何より監視カメラで監視されており、やることもなく毎日苦痛だったと聞いて心底開放病棟でよかったなと思いました。

また入院中の検査が多かった。
毎日のように採血があり、他にもMRI検査やCT検査、心理検査など私の場合検査が多かったです。
検査をしても結果は教えてもらえなかったので、やらなくてもよかったんじゃないかなと思いました。
中でも心理検査は、朝早くから行われることが多く、強い薬を飲んでいたこともあり頭がぼーっとしていて本当の能力が測れたのかは不明です。

私が入院した時は老若男女おり見た目は元気そうで入院してもすぐに退院していく人や何か月も入院している方もいて様々な人がいるんだなと思いました。
私は1か月弱で退院できたので、それが長いのか短いのかはわかりませんが、私的にはちょうどよかったなと思っています。
また入院前に薬で良くならない場合、無けいれん性通電療法を行うこともあるかもしれないと言われておりましたが、薬で改善できたので行わずに済みました。

入院費用に関しては、高額医療費の限度額認定証をすぐに郵送してくれたおかげで、私の場合1か月弱の入院で自己負担額は約14万円で済みました。
この中には食事代や入院着やタオルのレンタル代が含まれております。
別途テレビ冷蔵庫カードは買って使っていました。
私は個室を希望しなかったので、部屋代はかかりませんでした。
決して安い金額ではないので、入院せずに済む方は通院で頑張りましょう。

すごく長くなってしまいましたが、最後まで読んでくださりありがとうございました。

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