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SNSとの、付き合い方

なんだかテンポ感についていけず、一度手放すことにしたTwitter

すると必然的にnote滞在時間が伸びたのだけど、「おすすめ」のところに、同じような体験をしている方の記事が流れてくるようになった。

似たような思いの人がいるんだなぁ

そう思いながら、読み進めていくのがとても楽しい。そして仲間がいるからこそ手放すのは怖くない、と感じられるようになった。

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手放して数日は、様子を見に行っている自分がいた。

「一度離れます」というツイートの様子を伺うけど、ほとんど反応はない。

ブログの1周年だけは報告したくて、久しぶりにツイートしたけど、反応は薄い。

そう、この虚しさが嫌で、手放したんだった。

そんなことを思って、そっとブラウザからも消したら、本当に見なくなった。そう、わたしには、多分必要がなかったんだ。

反応の薄さにいちいちしょんぼりする為のツールになっていた。

当分、というか、これと言った新しい使い方・運用方法を思いつかない限りは、このまま冬眠させておこう。

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そう思っていた矢先に、素敵な記事に出会った。

私の思っていた、Twitterのスピード感を、ここまでグサッと文章にしていただけてスカッとしたのでご紹介したい。

“最初の1行目だけでそのツイートを読むか読まないかを判断し、読み進めたとしても途中で最後まで読み進めるか否かを判断し(たった140字なのに)、さらにはそのツイート内容を自分の中に取り込むか否かを判断し、そこから何かを考えるか否かを判断します。”

ただ一つのボックスに並んでいる140字。そこに対して、どんどんジャッジして、読むか次に行くかを決めていく。

淡々と15分、20分とスクロールするけど、スマホを置いた後に「何が心に残った?」と自問自答すると、これと言って覚えていない。

それと比べて、noteはそれなりに長いのが前提。この記事だって、ここまで読んでくれているのは、それなりの時間がかかっている。

でも、だからこそ、読み終わった後に、何かが残る(といいな。)。コメントを残そうかなという気持ちになることもある。

この、一つ一つの記事の長さと、長いことに対する構え方の違いが、Twitterとnoteの大きな違いだと思う。

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みんなと仲良くなれるわけじゃない。それはSNSも同じ。

わたしはTwitterが合わなかっただけ。そのおかげでnoteの良さを再認識することができた。

これで、いいんだ。そう思って、今日も「投稿」ボタンを押す。

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