WKB53(AT限定)vol.6
S字クランクの魔物
いよいよ、第一段階のラスボスという噂の
「S字/クランク」まで来た。
いつも教習車でその日の先生を待つあいだ、教科書を見ている。
勉強熱心なのではない。
技能が毎回不安でたまらないから、ぼんやり待っているのも辛くて、せめて、今日やることくらいはざっと頭に入れておこうという気休めだ
(あんまり役に立ったことはないけど)。
けど、今日はどんなに教科書の絵とか説明を見てもわからない。
このヒラヒラした暖簾みたいな棒は、ぶつけるためにあるとしか思えないよ。
担当は、白手袋がお似合いの、上品ドライバーって感じのE先生。
まずは先生のお手本を見せてもらい、交代。
「わからない所ありましたか?」
「もう、ぶつかる気しかしません」
「まあまあ。まずはやってみましょうか」
で、S字→クランクと。
「と・に・か・く、絶対にブレーキしか使わないから」
「狭く見えるけど実際はね、車の幅の倍はあるから。スピードさえ間違えなければ絶対ぶつからないんです」
「ゆっくり、ゆっくり、止まる寸前で。
まずい!と思ったらすぐにブレーキ踏めば大丈夫」
先生の的確な指導のおかげで、悪魔の触手のようなヒラヒラ棒に捕まることなく、なんとノーミス。
さらに何度か通過し、僅かながらコツみたいなものを掴んだ気がする。
「いいじゃないですか!それで慣れたらね、このくらいのスピードを維持して通れると、ひじょうにかっこいいですよね」
初めて褒められた。
その後も先生の言葉を思い出しつつ、
毎回、じりじり…じりじり…と呟きながら
幾度となくS字クランクを制覇することになる。
後から自己分析するに。
それまで習った「走りながら何かをする」という運転の基本のきは、マルチタスク能力が絶望的な私には無理ゲーすぎる。
こんなふうに、とにかく止まってもいい!ゆっくり!と没入する作業のほうがまだ向いているのだと思う。
それか、何か良いほうの魔物がいたのか。
あのヒラヒラ棒を制するやつが。
そのくらい、最大の謎である。
他が出来なさすぎるからよけいに。
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