黄昏
吾輩はサビ柄の猫である。
名前はまだにゃい。
日本人なら誰もが知っているこのフレーズを言いたかっただけで、名前は行く先々でたくさんある。
にゃいのは住家の方で、帰る家はまだにゃい。
吾輩には生き別れになった双子の兄弟猫がいる。
幼子の頃はいつも二人?二猫で遊んでいたのだが、ある日突然、吾輩の前から姿を消した。
もしかしたら、どこかの家に引き取られたのかもしれにゃい。
そうであってほしかった。
吾輩というのもただ言いたかっただけなので、この先はワシと呼ぶようにする。
以来ワシは一人、一匹で行動している。
少し前まではまだ過ごしやすかったのだが、今は日中の気温が35度を越えるほどの猛暑で、ワシは少しでも涼しく過ごせる場所を渡り歩いていた。
夕方になると駅前通りの居酒屋の主人がワシにごはんを作ってくれた。
鍋をカンカン叩く音がワシを呼ぶ合図で、行くといつも焼魚の骨や鰹節を混ぜた猫まんまが置いてあった。
本当は向かいの床屋に住んでいる飼い猫と同じ袋詰めの餌が食べたかったが、贅沢は言えにゃいのでありがたく頂いた。
夜になると近所の家の庭に地域の猫達が集まり、野良猫の集会が開かれた。
この家の物置の下は茶白の先輩猫のお気に入りで、一度足を踏み入れたら強烈な猫パンチをお見舞いされたことがある。
猫の世界も甘くにゃい。
居酒屋の主人はよく勝手口の前でワシと遊んでくれたので一日中そこにいることもあったが、ワシに飽きたのか最近はたまにしか餌をくれにゃくなった。
勝手に首輪まで付けといてそりゃにゃいぜと思ったが、仕方なくワシは別の場所を探すことにした。
居酒屋の川を挟んだ向かいに二階建ての小さなアパートがあった。
そこの階段の下なら日差しを避けられるし、人目にも付かなくていいかもしれにゃい。
不安と期待を胸にワシは歩を進めた。
階段の下には住人のものと思われるスクーターが停まっており、その足下がワシの新しい居場所ににゃった。
川辺から時々涼しい風が吹いてきて、それもお気に入りのポイントだった。
アパートの二階には初老の夫婦が住んでいて、ワシのために冷えた水を置いてくれていた。
主がスクーターに乗る時はワシが退かなければにゃらなかったが、夜中になるとスクーターの足下に猫用の餌を少しくれた。
ワシは初めて袋詰めの餌の味を知った。
兄弟猫にも食べさせてあげたかった。
昔のことを思い出してワシは寂しくなった。
にゃった。。
カンカンカンカン!!
鍋を叩く音が鳴った。
今日はごはんにありつけるようだ。
居酒屋に向かうワシの足取りは軽い。
吾輩はサビ柄の猫である。
猫生は以外に厳しい。
それでも生きられるだけ生きてみようと思う。
いつか黄昏になる日まで。
完。にゃん。
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