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Day 25. 将来が見えなくても、それなりに生きる練習

この連載、「おべんきょう 25日チャレンジ」は約2ヶ月前、5月3日に始まった。もともと"Living in the Environment"** **(19th edition, 2017, G. Tyler Miller, Scott Spoolman) という環境に関するテキストの読解と数学のお勉強を25日間で頑張って仕上げるために始めたものだそうだ。だそうだっていうのは、最近めっきり更新していなかったから記憶が曖昧になっていたもので。

「おべんきょう」を始めた理由は、5月末に数学と環境に関する問題が出題される大学院の入試に合格するためだった。毎日3、4時間ほど机に向かい、オンラインで数学の方程式や関数を解き、ebook版の環境のテキストを読みながらコツコツと勉強した。学生時代キライでたまらなかった数学よりも、環境に関する勉強は容易いんではないかと高を括っていた。でも、生物のこと、森林のこと、水のことなどなど、わかっていたつもりのことがちゃんとわかっていなくて、苦手な数学よりもむしろ環境学の方が知らないことの連続だった。学びの記録は、過去ログをのぞいてみてください。

オランダの大学院に合格はしたけれど

しばらく更新を怠っていたけど、最終日を締めくくるべく久しぶりに筆をとった。おべんきょうの甲斐あって、5月末のテストには無事合格して、今年9月からのオランダの大学院入学のチケットを手に入れることができた。だけど、まだまだ気持ちは晴れないままでいる。

理由はいくつかある。その一、大学経由の居住許可申請が進んでいないから。その二、そもそもこんな時期に渡欧できるかわからないから。その三、留学にまつわるあれこれの情報が不足していてなんだか不安だから。

大学に再三催促のメールを送ったり、留学予定の人にSNSを通じて連絡してみたりしながら、心の奥からじわじわ湧いてくる不安をなだめている。だけど、自分の力でどうにもならないことをあんまり心配しすぎてもしょうがない。そんなことはわかっている。心をざわつかせて何もしないで生きているよりも、今できる他のことを精一杯やる方がいいと思う。

徒然と過ごすことが苦手なひと

5月のはじめに会社勤めをやめてから今まで、ちょうど2ヶ月が経つ。「社会人」以降、初めてのロングバケーションに、正直なところ戸惑っている。何すっぺかな。

英語の勉強もテスト勉強もひと段落したし、何かわかりやすい目指すべき学びの指標はない。もちろん、英語も環境の勉強も継続したらいいんだけど、どうにもまとまった時間をつくって机に向かう気にはなれない。会社勤めを辞めてからも、ありがたいことに書き物やお店のお手伝いなどでいくつかお仕事はさせてもらっているけれど、それにしたって自由な時間が増えた。

私は「何もしない」ことが苦手だ。週末も何かしら予定を立ててあちこち駆け回りたいし、読書や芸術鑑賞にも何かしらの意味や収穫を求めてしまう。ベッドの上でゴロゴロしたり意味もなくFacebookに流れてくる動画を見続けてしまうあの時間を、後から悔やみがちだ。だから、「今日は休日だから何もしない。最高でしょ」なんていう風に、ちゃんと休み方を知っている人を見ると羨ましいなと思ったりする。やっていることは同じでも、それにどんな評価を下すかによってハッピーかアンハッピーか決まるなんて少し不思議な気がする。後悔するくらいだったら楽観的に考えたいと思うけど、性根はそう簡単に変わるものでもない。

今できることを享受して集中すべし

ともかく、今の私は定職もなく自由な時間を持て余しているわけだ。毎日忙しく働き、時には自らを急き立てるように休みなく朝から晩まで仕事をしていた時の私からすると、今の状況はまるで想像できないだろうなと思う。火曜日の昼下がり、美味しいスコーンを食べながらつらつら書き物をしているんだもの。

毎日何かしら手を動かしているし将来に関するモヤッとした不安はあるけど、顧客からの催促や終わらないタスクに心のHPが削られているわけではない。前と比べてずいぶんと楽をしているようだけど、別に今だって自責の念にかられるようなことをしているわけでもない。夢中で働いていた時にはそれだけ得られるものがあったけど、今だって時間があるからこそできることがたくさんある。ただ前まではこうした生き方に価値があることを知らなかったし、あえて選んでいなかった。

社会通念的には働き盛りの人が一所懸命毎日働いていた方がいい感じはするけど、視野の狭い固定概念で「これがいい、これはよくない」と振り分けるのもかっこ悪い気がする。相変わらず何もしないことが苦手な私だけど、自由な時間がある今だからこそできることをもっと評価していきたいなと思う。将来が見えなくてモヤモヤしながらも、今をそれなりに楽しんで生きる練習をしているわけだ。

徳島県は上勝町に来ています

まあ、せっかくの自由な身分なので、時間をたっぷり使う贅沢を満喫することにした。そんなわけで今、徳島県の勝浦郡上勝町に来ている。上勝町は四国のなかでもっとも人口が少なく、少子高齢化が着々と進んでいる小さな町だ。「葉っぱビジネス」や「ゼロ・ウェイスト宣言」をはじめ、地方創生の文脈で注目を浴びているところでもある。以前から上勝町のごみへの取り組みが気になっていた私は、今がチャンスとばかりにしばらくこの町に身を置くことにした。

上勝に来て今日で4日目になる。青々とした山に囲まれ「ほーほけきょ」と朝から暮れまで叫び続ける鳥の声を聴きながら、のんびりと日々を過ごしている。とはいえ、せっかくこの地に来るんだったらいろいろ学びたい。と言うことで、"INOW"というプログラムに参加することにした。

INOWとは「いのう」、この地域の方言で「家に帰ろう」を意味することばだ。プログラムの概要はこんな感じでまとめられている。

INOWのコンセプトはシンプルです。「地元の住人のような体験をする」。住民としてゼロ・ウェイストな方法でごみを分別しなければいけないのはどんな感じなのか?ゼロ・ウェイスト認証を受けたビジネスは日々どうやって運営されているのか?どんな風に自分の手で地元の旬の食べ物をこしらえるのか?そして、私たちが田舎の恩恵を無視して都市部にしかチャンスがないと信じ込んでいるその時、忘れているものは何なのか?

プログラムでは上勝町の有名な「ごみの45種類分別」を体験したり、地元のオーガニック農を営んでいる人のところでお手伝いしたり、地元で作った作物を使った家庭料理を作ったり、名産の上勝晩茶の茶摘みができたりする。じっさい、そのうちいくつかはすでに体験することができた。まだ整理し切れていないけど、ちょっとずつnoteで紹介できたらいいなと思う。

ひとまず、上勝はいいところだ。なんでもかんでも短期的な意味と収穫を求めがちな自分をたしなめつつ、のんびり暮らすことで見えてくるものを愛でていきたいなと思っている。

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