見出し画像

Only thing I can control

留学のはじめごろ、画面越しで展開される高次元の授業についていくのに、たくさんの課題をこなすのに、とにかく必死で、くるしかった。

心の奥底からにじみ出てくる不安、劣等感、恐怖をひと時でも忘れさせてくれたのが、趣味の時間だった。絵を描くこと。エクササイズすること。極めつけは、料理をすること。料理は、目の前のことに集中させてくれて、さらには自分のお腹まで満たすことができる行為だ。つらさに耐えきれなくなりそうな時や気分転換をしたい時、わたしはキッチンに吸い寄せられた。

茄子は火が通るのにけっこう時間がかかるとか、パスタはアルデンテすぎると硬くてイマイチとか、オランダの豆腐は炒め物に向いているとか、少しずつ学んでいった。ベジタリアン・ビーガンのレシピを再現してみたり、うまくできた料理を友だちにふるまったりすることが楽しかった。そしていつの間にか、すっかり"料理好き"、なんなら"料理が得意"になっているわたしがいた。

海外暮らしももう少しで3年目に入ろうとしている。前ほど料理に凝らなくなったものの、家にあるもので一通りのものは作れるようになった。一時は切実なまでに求めていた料理という行為はいま、自然に日常に溶け込んでいる。

趣味を充実させることでくるしさを紛らわせる、あの差し迫った日々を忘れかけてた今日この頃、こんな言葉に出合って、胸をえぐられる気もちがした。

No, it's fun. It's reallly fun. 'Cause this is the only thing I can control these days.

Cho Nam-Joo, Kim Jiyoung, born 1982 (Translated by Jamie Chang)

数学の才能がある女性が、彼女の子どもの算数の問題を解くことについて言った言葉だ。背景には、キャリアを捨てて子どもの世話に専念せざるを得なくなった女性の生きづらさが描かれている。思うままにならないことだらけの日常のなかで、算数の問題を解くという行為は唯一、彼女の思うままにできることだったのだ。

ああ、この気もち。コンテクストは全然ちがうけれど(わたしの場合は自責だから 笑)、「わたしも知っている」、と思った。何にもうまくいかない時に、心のよりどころになってくれるもの。それにひたすら打ち込んだところで根本の原因が解決することはなくとも、風前のともしびみたいな自尊心をあたためてくれるもの。

しかしふと考えてみると、人生においてコントロールできるものなんてそうそうない。今も昔も、絶えず不安をたずさえて生きていくことになるんだろう。そういうものなんだ。そうだとして、つらい時、また前を向いて生きていくためのよすがみたいなものを、いつも携えていたいと思うのでした。

サポートありがとうございます。お金を使ったり体を張ったりする取材の費用に使わせてもらいます☺