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らんの一番長く、そしてあっという間に過ぎ去ったバレンタインデー(うちの子SS-6)

 このSSはファンタシースターオンライン2(©SEGA)の舞台での出来事ではありますが、特に今回は事前知識なしでも楽しめます。

 ――とうとうこの日が来てしまった。バレンタインデーだ。

 宇宙で最も強い男の娘であるはずの「らん」は、年頃の少年のようにマイルームで頭を悩ませていた。
 チョコは貰える。間違いなく。
 問題は、貰うときに彼女たちが――特に小凪葉まゆが、何をしでかすかである。
 彼女は腐れ縁だ。出会えばいたずらしてくるし、隙あらば手段を選ばずグイグイ来る。
 例えば一昨年は薬を仕込まれた。後で瓶を見せてもらったが、フォトンを愛情に変換するとかなんとかいう錠剤だった。ぼくはフォトンが多いために効果を表さなかったとはいえ、この事件で毒物耐性付与プログラムが組まれた。
 去年はルームに入ってくるやいなや、「私がプレゼント!」と言いながら、上着を脱ぎ捨て、リボンのようなウェアで抱きついてきた。このときは、数十秒遅れてルームに入ってきたピュリファイアさんが強烈な平手打ちで制裁してくれた。

 要は、愛が重いのだ。
 ……重いのに。それでも、嫌いになれない自分が不思議だった。

 ピロリン、とドアホンが鳴る。
 ついに来たか、とドアを開ける。

 「バレンタインデー、らん様」
 予想に反し、ピュリファイアさんだった。
 緑に縁取った、翼をモチーフとしたウェアを着ている。スレンダーで、どちらかというと美しい女性だ。
 「ありがとう、ピュリファイアさん」
 チョコを両手で受け取ろうとする。
 しかし、その手は空を切った。
 「ドアを開けたとき、僅かながら落胆の気を感じました。らん様……きっと、何か迷っておられますね?」
 「迷う……?」
 「少しからかいたくなってきましたわ。心理テストをしましょう」
 彼女はルールを説明する。
 まず、至近距離でお互いに目を合わせる。
 次に、ピュリファイアが知人の名前を読み上げる。
 これだけ。
 これだけで、ピュリファイアには何かがわかるらしい。
 「……じゃあ、お願いしようかな」
 「ふふ、もう隠し事はできませんよ」
 そう言って、かがみ込み、目を見つめる。
 「マヤーレ・インフリア……ではなさそうですね。九十九堂冷泉分胤……はありえないですね。スキップ博士……も違う。ピュリファイア……でもない」
 彼女はとても楽しそうに名前を読み上げている。
 その度に、フォトンを撫でられるような感覚を得る。
 「ユアンスウ肆式、カワイイスパイス……は少し遠いですね」
 心ごと読まれている。……ような気がする。
 「黑入鹿いおど……は友情の方ですか。だとすれば……」
 「小凪葉まゆ」
 とうとう、目が逸れた。
 彼女はため息をつく。
 「やはり、まゆのことを考えてらしたのですね。それも、他人に読まれたくない感情を抱えておられる」
 心臓が、跳ねる。
 「らん様。結局私に読ませては頂けませんでしたが……」
 一呼吸。
 「恐らく、その感情は恋ですわ」
 「……恋」
 「ふふ、自覚して、それから彼女のことを考えてご覧なさい」

 ――きっと、恋の炎は消せないくらいに燃え盛るはずですわ。

 ピュリファイアは、そう耳元で囁いてから、チョコを置いて出ていった。

 ◆◆

 恋が炎だとすれば、ピュリファイアの言葉は火種であった。
 ピュリファイアさんが出ていって、すぐに小凪葉さんのことで頭がいっぱいになって。
 すぐにあの声を聞きたくて、すぐに顔を見たくて。
 考えるのをやめようとしても、考えは止まらないどころか、次々と彼女の行為の意味がわかるようになってきてしまって。
 一分一秒が、何十倍にも引き伸ばされるように感じられて。
 当然、ベッドに入って眠ろうとしても、目が冴えて眠るどころじゃない。
 読書すらも手につかない。

 苦しかった。

 小凪葉さんはいつもこんな炎に焼かれていたのだろうと思うと、ぼくは何も分かってなかったんだって気づいてしまった。

 「……ぼくから会いに行こう」
 そう決意し、ベッドから起き上がったところで、またドアホンが鳴った。

 ◆◆

 「らんくん、居る?」
 小凪葉まゆは、訝しんだ。
 ぱっと見ていつもどおりのドアだ。
 だが、直感的に何かがおかしいと感じた。
 具体的には「このドアが開けば、もう後戻りはできないぞ」とでもいうような重圧だろうか。
 小凪葉まゆは、直感を受け入れ、懸念を振り払う。
 「だってらんだもの。悪いことにはならないはず」
 そう言って、ドアを開こうとしたら、向こうから開いた。
 らんは俯いていた。
 「ハッピーバレンタイン、らん!」
 雰囲気を明るくしようと、元気に振る舞う。
 少しの沈黙。
 「……ありがとう」
 らんは言葉少なに、私を招き入れる。
 ――やっぱり、様子がおかしい。
 「ねえ、小凪葉さん」
 「……らん?」
 らんは、距離を詰めてくる。
 私は、気づかないうちに何か悪いことをしてしまっただろうか。
 そのただならぬ様子に、あとずさる。
 らんは、歩みを止めない。
 あとずさる。

 そのうち、私の背中に何かが当たる。
 その衝撃で、手からチョコレートの箱が滑り落ちる。
 壁だった。もう、逃げられない。

 「小凪葉さん」
 改めて呼びかけられる。
 「なに? らん」
 平静を保つように努力する。
 「……今まで逃げててごめん」
 らんは、涙ぐんでいた。
 涙ぐみながら、右手で私の頭を押さえ、うつむかせる。
 そうして、彼は背伸びをし、顔を近づける。

 ――ああ、そうか。
 今、らんは苦しんでいて。
 しかも、私のせいか。

 だったら、その苦しみを受け入れようと、そう思った。

 ……私が立ってたら、届かない。
 腰を曲げる。
 らんの頬に両手を当て、涙に濡れたまつげを、目を、見据える。
 そして、お互いに唇を合わせようとして――

 「おやおや」

 凍りつく。

 入口に目をやると、スキップ博士が立っていた。

 「いやー、すまないね。覗くつもりはなかったんだが、ロックが掛かってなくてね。私はこれから九十九堂のとこに行くから、よしなにやっといてくれ。チョコは置いておく! アッハッハッハ!」

 ドアが閉まる。
 らんともども、床に崩れ落ちる。

 ◆◆

 張り詰めた雰囲気はどこかに行ってしまった。
 「こんなのってないよ……」
 「わかる」
 二人で壁を背にして座る。
 「意外だったな。らんの方からアタックしてくるなんて」
 「それはほら……」
 自覚、しちゃったから。と気まずく呟く。
 「まあでも、これでようやく私たちは恋人! そうでしょ?」
 「……うん」
 控えめにうなずく。実感がないって顔をしてる。
 「うーん、そうね……」
 恋人、か。恋人のやりそうなことで連想する。
 「じゃあ、私のことはこれから“まゆ”って呼んでね」
 「……分かった、まゆ」
 「ありがと。じゃあ、暫くこうしていよう」

 二人は、指を組み合わせ、手を握りあい、ただ座っている。
 それだけでも、尊く感じられた。

〈完〉

編集後記:http://liruk.livedoor.blog/archives/8698548.html

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