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裸の王様の娘(1)

「いいかい、アン。明日のパレードの様子をしっかり見ておくんだよ」

そう父はにっこりと微笑み、私の頭を優しく撫でた。

翌日のパレードは混沌カオス だった。父は王冠と縦縞のパンツだけを身につけ、堂々と人々の前を歩いたのだ。最初こそ、作り笑いを浮かべた大人達によって静粛さが保たれていたが、5歳ぐらいの少年の「王様は裸だ」というたった一言で魔法が解けたように、皆、口々に「王様は裸だ」と言い始めた。発狂、嘲笑、落胆、興奮ー。神のように崇めていたものを、床に叩きつけ、皆が皆、何を拠り所にしてその場に立っていたらいいか、わからない様子だった。父はそれでも歩き続けた。膨よかなお腹を突き出し、周囲の声など耳に入らぬ様子で、姿勢を正し、悠然と歩き続けた。数分後、我に返った側近たちが駆け寄り、父を取り押さえる形で、パレードは中止となった。「精神的な病のためパレードは中止」というアナウンスがされたが、小さな子供たちでさえも、本当のことを知っていた。しかし、これ以上の混沌に耐えられなかったのか、誰1人、私の前ではパレードの事には触れず、何事もなかったかのように振る舞った。翌日、父は睡眠薬を大量に飲み、自殺した。王妃である母はパレードの最中に卒倒し、病に伏して引きこもり、その後、笑顔を見せることはなかった。

13歳の誕生日を迎えたばかりの私は、大人がするあらゆる「哀れみ」の表情を学んだ。「あなたはかわいそうな子」と言われなくとも、「憐憫とは何か」を理解した。方向性を失った鳥のように皆が慌てふためく中、私1人が取り残されるように静寂の中で立ち尽くしていた。

1週間後。ケビンと名乗る男が家庭教師として私の元にきた。どこか浮世離れした雰囲気を身にまとい、ただにっこりと微笑んで、ずっと側にいた。私に気を遣って、美辞麗句を言う大人とは違い、ただただ、何も言わず私の側にいた。しばらくして、私の方が痺れを切らし、話しかけた。

「生前、あなたのお父上に、『自分がこの世を去ったら、アンの側に行って欲しい』と頼まれたからです」

ケビンはそれから自分のことを話し始めた。私より8歳年上で、様々な書物を読んできたこと。色々な国へ旅をし、多様な価値観を学んだこと、珍しい建築物や食べ物、文化などを学んだりしたが、命の危険を感じる出来事もたくさんあったこと。どれもこれも私の好奇心を刺激する面白い話だったが、父がパレードで着る衣装を仕立てた直後、護衛の目を盗んで酒場に繰り出し、酒場にいたケビンと意気投合して、私の子守を頼んだ、という話だけは、なかなか信じがたかった。

全ての感情を失って亡霊のように立ち尽くしていた私は、やがてケビンが勧める、ありとあらゆるジャンルの本を読むことに夢中になった。哲学や心理、化学、数学、文学など何かに偏ることはなく、どんなものでも読んだ。本を読んでその感想を伝えると、ケビンは私の意見を「素晴らしいものだ」と賞賛し、「でも、こんな見方もありますよ」と付け加えた。褒められるのが嬉しく、そしてケビンの考えが見たことのない美しい国のようで、高揚した。また違う本を勧められては、寝る間を惜しんで読み、感じたことをケビンに話す、というのを繰り返した。

3年の月日が流れた。

私がケビンから女の悦びも学んだのは、ごく自然な流れだった。


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