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ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表土井香苗さんインタビュー「声を上げれば、難民は守れる」

日本に住んでいると、難民問題を“どこか遠い国の話”として捉えてしまうという人は、多いかもしれません。では、今の日本に、難民を苦しめる “強制収容所”があると知ったらいかがでしょう?

正式には「入国者収容所入国管理センター」というこの施設は、在留資格をもらえない外国人などを、裁判所の関与のないまま法務省入国管理局の内部決定によって期限なく収容するところです。難民申請者がこの施設に強制的に入れられることも少なくなく、空港で難民申請をした人のほとんどが、そのまま収容されるというのが現状です。自殺者や自殺未遂者が後を絶たず、また十分に医療が受けられず死亡する人が多いこと、ハンガーストライキも行われていることなどの報道から、施設の過酷な状況は想像できるのではないでしょうか。

命からがら逃れた何の罪もない人を収容するというのは、人権としてあってはならないことのはず……。ヒューマン・ライツ・ウォッチ(以下、HRW)日本代表の土井香苗さんは、このような思いで、日本での難民に対する人権侵害に立ち向かってきた人です。9.11同時多発テロから間もない、 2001年10月。タリバンと何かつながりがあるかも知れないと疑われ、難民申請中の9人のアフガン人が突然収容されたときは、アフガン難民弁護団のひとりとして解放に向け必死に働きかけました。そんな土井さんに、法律を武器に難民が暮らしやすい世界をつくるためのヒントを伺いました。

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土井香苗:HRW日本代表。東京大学法学部卒。在学中に、当時最年少で司法試験に合格して弁護士に。2006年にHRWニューヨーク本部のフェロー、2008年9月から現職。紛争地や独裁国家の人権侵害を調査し知らせるとともに、日本を人権大国にするため活動を続ける。HRW公式HPはこちら

■声を上げない限り、よい社会はできない

――世界の難民、また日本に住む難民が抱える困難を解決するため、現在、HRWはどのような活動をされていますか?

HRWの活動は大きく分けると、①リサーチ(調査)、②アドボカシー(政策ロビイング活動)、③資金調達となります。難民問題に関しては、「難民が発生しない状況を作る」と「難民を受け入れてもらう」の両方面から、国連や各国政府、各地域の自治体などにアプローチしています。シリアをはじめとする中東やアフリカ地域で難民の数が増える一方で、ヨーロッパは受け入れを制限し始めている。このような現状を強く問題視しています。

日本は、いまだに先進国のなかでは難民の受け入れが厳しい国です。HRWは毎年その状況を発表すると共に、難民受け入れの制度をそもそも変えるべきだと政府にうったえています。また特に今年は、中国による国家安全維持法の制定関連でも政府への働きかけを強めています。というのは、今後、香港から逃れる人も多くなるでしょう。イギリスはじめ世界各国が香港市民の受け入れ拡充を発表する一方で、日本政府の大きな動きはありません。日本に逃れたい人もいると思うので、日本も避難所となるように各所に働きかけているのです。

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先進国難民受け入れ比較 出典:UNHCR Global Trends 2018から作成

――日本では難民を含む外国人などの権利が侵害されていて、特に制度面ではかなり遅れていると主張されています。

外国人の人権の面から見ると、日本には、難民を含む外国ルーツの人を“長年日本に住む人”として受け入れる制度がほとんどありません。例えば、諸外国だと、「人種を理由に(たとえばアフリカ系だからといって)学校や職場で差別してはいけません」という法律と制度がきちんと定められているし、差別があったときに駆けこめる機関もあります。しかし、日本は、そもそも人種による差別を禁止する法がないのです。2017年公表の法務省調査では、外国人であることを理由に就職を断られた人が25%、入居を断られた人が約4割もいました。多くの先進国と同様に、一刻も早く、日本も「人種差別禁止法」を制定する必要があると考えます。

実は、日本は人種や民族に対してだけでなく、女性やセクシャル・マイノリティーなど、様々なカテゴリーの人への差別をなくすための制度が遅れています。そもそも、差別を禁止する法律を推進する役所や監視する機関もないし、「人権委員会」「コミッショナー」「オンブズマン」といった違反があれば調停するといった執行のメカニズムもありません。これは、世界的にも珍しいことです。

――なぜ、日本では差別に対する法整備が進まなかったのでしょうか?

1990年から2000年にかけて、人権委員会を立ち上げようという世界的なムーヴメントがあり、多くの国で人種差別や性差別、障がい者差別などを禁止する制度ができました。日本にもその動きに乗る流れがあり、法務省が人権委員会を設立する法律案まで作成したのですが、国会内などの反対があって実現しませんでした。報道機関による人権侵害が対象の規制も盛り込まれていたため、メディアが反発した経緯もありました。

いまだに成立に至っていないというのは色々な理由があると思いますが、日本の人たちがあまり声を上げないというのもひとつだと考えます。「声を上げない限りよい社会はできない。みんなで権利を勝ち取ろう!」というようなメンタリティが、日本の人たちにはあまりないのではないでしょうか。

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アフガニスタンの少数民族ハザラ人の難民たちとともに支援をうったえる土井さん

―― 「専門家ではない一般人が声を上げても、どうせ法律は変えられない」という意識があるのかもしれませんね。一般人が声を上げることは、制度改正に対して意義があるとお考えですか? 

もちろんです! 民主主義である限り、人々が声を上げれば制度は変わります。ここ最近、特に若い方は、「社会をより良くしよう」「困っている人を助けよう」という思いが強く、ボランティア活動に参加したり環境に良いものを買ったりと、様々なアクションを起こしています。そこに希望を感じつつも、「自分の力で国の制度を変えよう」というマインドの人はまだまだ少ないように思います。民主主義を“選挙で1票”で終わらせるのではなく、もっともっと体感してほしいですね。路上でデモ活動をするとなると敷居が高いかもしれませんが、SNSで声を上げることはそんなに抵抗なくできるのではないでしょうか。

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学生時代に、アフリカのエリトリアにて。1年間、法務省で法律づくりを手伝いました

■初期投資だと思って、日本語支援を

――深刻な人手不足を解消するためにも、日本は外国ルーツの人など様々な労働力に頼らざるをえなくなると言われています。そんななか、彼らを守る法律を一刻も早くつくる必要がありますね。

労働力としてだけ使っておいて、権利は保障しない。そんな搾取のようなことをするのは、人権的にもちろん許せません。加えて、そのような差別が横行すると、社会に大きな亀裂が生まれ、日本社会にとって大きなマイナスになると思います。正当な競争の結果ならば、生まれた差を人間はある程度受け入れられるものです。でも、人種や国籍など、自分の実力や努力とは関係ないところでの格差を、人は不当だと感じ、差別をする人に憤りを感じるものです。そして一方で、移民を快く思わない人も増えるという悪循環が生まれ、社会に亀裂が生まれるのです。移民排斥を訴える排他主義団体が政治的に台頭している欧州諸国の、轍を踏むべきではありません。今、日本で生活している人がこの先も安全に暮らすためにも、難民や外国ルーツの人の権利を守る制度を整えた方が良いと思います。

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HWRは、毎年ファンドレイジングパーティを開催しています

――最後に、Living in Peaceの難民プロジェクトと、応援くださっている人たちへメッセージをお願いします。

難民に語学習得支援を行うべきだと思っていますので、今回のファンドレイジングには強く賛同します! 言葉の支援は不可欠なものであり、日本語を習得することで、難民が日本の社会に貢献しやすくなる。初期投資だと思って、どんどんサポートしていただきたいですね。何倍にもなって還元される可能性が高いと思います。

10年前と比べれば、生活の場でも職場でも外国ルーツの人と会う機会は増えたと思います。そうした人々とどのように接するか。ひとりひとりが日々の生活で接し方を見直すことで、共生する道は開けると思います。たとえば、言葉と共にその背景にある日本の社会というものを教えてあげる。日本の人たちも、難民が暮らしていた国のことを知ってみる。そうやって、お互いに学び合うことも大切ではないでしょうか。そして、ぜひ次世代を担う子どもたちに、国籍や人種で差別してはならないことをきちんと伝えてほしいです。

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ビデオ取材で思いを語って下さいました!

ーお知らせー

認定NPOの法人Living in Peace難民プロジェクトは、日本に住む難民の方々へ日本語学習の機会を提供するためのクラウドファンディングに挑戦中です!

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interview & text: Kyoko Takahashi

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