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かたはね Ⅷ

光の中 氷河脱出 

ここでは行動記録は取れなかったし、15歳ほどの水晶のような存在は間違いなく存在しながらも実態がつかめないまま言葉を話さずに意識だけで動いているようだった。
その意識に誘われて僕は光の穴へ落ちていった。

同時に僕は僕であることと重なっていった。私は私であり僕であった。
あるいは目の前に感じる光は僕の影かもしれなかった。

「ルル る る」
相変わらず穴へ落ちていく途中でも言葉にならない言語は語られている。
その意味はわからないままでよかった。ただ堕ちていく光の中で僕はとても安らかな気持ちになっていった。

しばらく落ちていくと辺りは氷河の真っ白い世界になった。ここは夜が訪れなくて日も過ぎてゆかないのだと思った。流氷の森があった。
局所的に降る雨の柱は相変わらず虹色の糸を生み出し布を織っている。僕は流氷の国の大きな氷の上に立ち着いた。全体、アイスブルーの海にぽかりぽかりと浮いていた。大きな流氷の山ほどの影はうすむらさき色を奏でて美しい。その世界は静寂でありながら陽の気が満ちていた。
また違う山の向こうがわでは木肌の柱が立って森を作っていた。それは遠くてよく見えないままも、木肌だけをすごく近くに感じてそう思った。
辺りは白い光で包まれてとても柔らかかった。

「僕たちここから脱出しなけりゃ」
僕は付き添って落ちてきた光のそいつに呼びかけた。
姿はぼやけているが澄んだ視線だけはしっかりと感じていた。

脱出するにはおそらく翅が必要なんだ。そう思った。

翅を作る材料は大きな淡い虹色の光る貝の内側に付いている膜を剥がし
それに散らばって降ってくる光の粒を敷き詰めて作るものだと光の影が意識的に話しかけてきた。僕はそのようにした。一粒一粒光の粒を拾って膜にくっつけていく作業は根が必要だったが、それをつけていくたびに言語となって記号的に光るので大変面白かった。粒は言葉の粒子であった。
そこには何か理解できない設計図のようなものが浮き上がってきて、翅脈が現れる。それを一本また一本と作っていくのに長い時間が経った気がした。
それらはくっつけると一度ノリのようにとろりと溶けて、それから光の信号が行き交い脈となっていく。その過程は誰もつくり方を知らなくてもきっと元からあったものだったのだと思った。

延々とその作業を続けていくことに心労はなく、ただただ楽しかった。これから見る世界を想像しながらその翅の基礎ができるまでどれほどもの時間が経っていた。

光の影のそいつは今や視線は澄んで僕を見つめている。しかし輪郭はまだない。翅の基礎にも輪郭が存在しなかったので僕たちは次に輪郭を探しに行かなければなかった。
果たして輪郭とはどこにあるのかと思っていたところ、そいつは僕の肌を指でなぞり始めた。
全然関係のないところで僕は喫茶店のマスターを思った。あの人の姿も見えなかった。もしかして僕以外はみんな独自の輪郭を持って互いに認識試合っているのかもしれなかった。
光の影のそいつは言葉にならない言葉を発していたけれど、そいつの指らしい感触が当たるに従って僕は言葉を意識的にもっと理解できていた。
輪郭をなぞり終わったと同時に翅の形を現したその翅の基礎は僕たちのまわりにふんわりと浮いた。
「翅だ!やった。これで僕たち脱出できる」僕は思わず言葉が口から出た。
そしてそれと同時に光の影も喜んだように感じた。

僕たちの翅は二人で一対だった。

「僕たち」
「ルル り り」
その一言あれば十分な意思疎通だった。
「行かなけりゃならない」
「そうね。私たち」
光の影の言葉がよく見えて来る。

翅についた細かな光の粒は電気信号のようにある言語を浮かび上がらせ
僕たちは浮上した。




この世界は幾つかの層でできたものだと、物語一話くらい読んだ時間くらい浮上してから確認できた。
浮上してゆくと氷河がだんだん小さくなってそれはインフィニティの形の大陸だったのだと知らしめた。そしてそれはゆっくりと回転している。
局所的な雨は相変わらず局所的に降って虹色の糸を織っている。
空はアイスブルーで海と少しだけ違う色をしていて乳白にぼんやりと光が散乱していた。僕たちは進んだ。



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