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昭和の夏休み 〜駅の売店の冷凍みかん

小さいころの夏休みといえば、祖父母の家に行くのが一番のイベントだった。

住んでいた北関東から東京の祖父母宅まで、家族みんなで車で往復したものだが、4つ離れた弟が小学校に上がったころからは、こどもふたりで電車で行くこともあった。

記念すべき最初のこども旅は、最寄りの常磐線駅の駅のホームまで母が送ってくれ、祖父が上野駅まで来て到着ホームで待っていてくれる、という冒険でもなんでもない2時間足らずの旅だったが、それなりに記憶に残っている。

上野からの山手線は常磐線とは全く違うレールの音がして、これから始まる夏休みにワクワクしたものだ。
その後、大学入学から8年間、東京で暮らすことになるが、山手線の音はいつも親密にそばにあった。

さて、祖父母宅で2週間ほど過ごし、家に帰るときがくると、私はいつも悲しい気分になるのだった。父の仕事で移り住んだ町にどこか馴染めないでいたせいかもしれない。

祖父は上野からの特急電車の指定席を予約してくれていた。
当時のホームの売店には必ずあった「なぜか格段においしい冷凍みかん」や「殻をむくとすでに塩味の不思議なゆで卵」などを買ってもらい、いそいそと電車に乗り込んだ。

電車が出発するとまもなく車掌さんが検札にやってくる。
切符を握りしめてすかさず出すと、「きょうだいで乗っているんですね。お姉ちゃんえらいね」などと言われ、ちょっと誇らしい。

弟も私も冷凍みかんが気になっているものの、なんとなくタイミングがわからない。
乗ってすぐに食べるというのも面白みにかける気がして、しばらくは窓の外の風景に緑が増してくるのを見ながら最後の旅気分に浸っていた。

さて、だんだん景色の変化がなくなって飽きてきたころ、「そろそろ食べる?」と袋から冷凍みかんを取り出した。
いよいよ電車の旅のクライマックスである。

と、そこで車内アナウンスが入った。
非情にも、降りる駅が次に迫っていた。
各駅停車に比べると約半分の時間で着いてしまうのだった。

「冷凍みかんは電車の中で食べるのからおいしいのだ」ということを知った夏になった。

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