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フィールド言語学集中講義@九大を行いました

2023年12月25日(月曜)〜28日(木曜)の4日間、フィールド言語学に関する集中講義を行いました。九大下地ゼミ主催で、私の大学院の授業を一般に公開した形です(科研費の研究会とのコラボ企画も併せて行なっています)。写真はその最終日の集合写真。画像使用の許可を明示的に得られた方だけ、顔出ししてます(ボカシ画像になってしまった皆さん、ごめん)


講義の内容

25日:基礎語彙調査と音素分析

  • なんのために基礎語彙調査をするのか

  • 音素分析の実際(伊良部島方言を例に)

  • 音節構造と音素分析(伊良部島方言を例に)

26日(午前):科研費コラボ企画「大学院生ゲストの研究発表」

(科研費基盤B 23H00634、基盤A 22H00007の補助を受けているもの)

  • 尹 熙洙氏(総合研究大学院大学)

  • モラリウス・ミッラ氏(大阪大学大学院)

  • 溝口玲奈氏(神戸松蔭女子学院大学大学院)

26日(午後):形態素分析

  • 基底から表層を導くプロセス(伊良部島方言を例に)

  • グロスをつけるまで(伊良部島方言を例に)

27日:調査テクニック

  • Elicitationの練習:対格助詞の形態音韻論(伊良部島方言を例に)

  • Elicitationの練習:ウチナーヤマトグチの「ニックネーム」命名の音韻論(ワークショップ)

  • 科研費コラボ企画:青森調査班の報告と動詞活用データの分析(ワークショップ)(科研費基盤B 23H00634、基盤A 22H00007の補助を受けているもの)

28日:データ管理とソフトウェアを使った分析あれこれ

  • 容認度判定データの収集と統計分析(下地理則)

  • ELANを使ったデータ管理法(加藤幹治氏の講義)

  • ELANデータの実践的運用と問題点(黒木邦彦氏の講義)

講義の狙いと特徴


この講義の最大の特徴は、ある方言の長期フィールドワークを想定し、語彙収集に始まる総合的記述の営み、特に記述文法を書いていくためのテクニックを実践的に解説していくというものです。そのために必要な記述テクニックの数々(語彙調査の仕方、音素分析の仕方、形態音韻規則のまとめかた、例文グロスの付け方、elicitationのやり方、談話の収集の仕方)と、データ管理テクニックの数々(ELANの使い方、統計ソフトの使い方)を、明示的にトレーニングしていきました。私(下地理則)が15年ほど記述している宮古語伊良部島方言の生のデータを使いながら記述テクニックをシェアしつつ、加藤幹治氏(国立情報学研究所/TUFS)によるELANワークショップも行いました。

講義とはいえ、多様なバックグラウンドを持つ参加者(プロの研究者12名、学生14名)それぞれのインプットによって講義を「一緒に作っていく」感じになり、私も同時に学ぶ機会に恵まれました。

ハイライト

その1:ウチナーヤマトグチ

今回、伊良部島方言の記述に加えて、私自身の母語であり、また講義参加者のうち2人の母語でもあるウチナーヤマトグチという言語の記述も行う機会がありました。この言語は、伝統的な沖縄語話者が標準語を獲得する過程で生じた言語であり、中間言語的とみる人もいれば、クレオロイドと見る人もいます。いずれにせよ、私(と上記の2名の講義参加者)にとっては歴とした母語であり、これを「伝統的な方言が崩れたもの」とか、記述するに値しないもの、と考えるべきではないと私は考えています。今回、この言語を取り上げ、この言語の魅力に気づいてもらうために、以下のような面白い現象を取り上げて、ワークショップ形式で記述を行なっていきました。それは・・・

ニックネームの音韻論です。ウチナーヤマトグチの話者であれば、以下のような名前の人について、決まった「型」のニックネームを作ることができます。

沙織 > さーおー、さおりー、(*さお、?おーりー)
真由美 > まーゆー、まゆみー、まーみー、etc.(*まゆ、*ゆみ、*まみ)
慎太郎 > しんたー、たーろー(*しんた、*たろー、*しんたろ)

この規則性(何が可能で、何が不可能かを予測する規則)をさぐるため、参加者が3班に分かれ、私を含む3人の母語話者に面接調査をする、という体験をしました。ものすごい盛り上がりようで、このテーマが音韻論の論文に昇華できるポテンシャルを秘めた、理論的にも重要なテーマであることを確認して終わりました。

その2:ELAN


授業では初日から何度もELAN (https://archive.mpi.nl/tla/elan)を使ったデモンストレーションがありました。例えば初日は以下のような語彙データの管理に関するもの。以下は私が語彙調査の際によくやる構成です。授業では、親族名称に関する語彙調査の録音データをELANに入れて、書き起こして、検索できるようにするまでを解説しました。以下のキャプチャでは、話者が「父」「母」「父母」などの語彙を教えてくださった録音データをそのまま編集せずに ELAN に流し込み、リアルタイムで「父」にあたる語彙を訳してくれた箇所に uja と注釈を入れ、次に「母」にあたる語彙を訳してくれた箇所に anna, mma(という 2 つの表現があると教えてくれた)と注釈を入れているのがわかります。注釈層は 4 つあり、text@SS は話者が語彙を教えてくれたタイミングでその伊良部島方言の語形を入れていく層(@ SS は話者の ID)、translation@SS はその和訳、note は特記事項、topic は(後で録音を聴き返さずとも「見出し」になるように)習っている語彙の大まかなカテゴリー(父母について習っているところなら「父と母」など)です。

図1. ELANによる基礎語彙調査データの書き起こしと管理

授業最終日には、国立情報学研究所の加藤幹治氏によるELANチュートリアルも行われ、神戸松蔭女子学院大学の黒木邦彦氏による実例の解説(串木野方言データの管理と注釈)によってさらに具体的な運用法も披露されました。これでELANのポテンシャルに気づいた受講生も多かったはず。私自身の授業で何度も強調したのは、フィールドデータの電子的な管理はもうELANだけで十分、ということ。XMLデータでエクスポートでき、praatのTextGridとの互換性もあるしで、現時点ではELANのみによるフィールドデータの管理(Exclusive Management of Field Data by ELAN、略してEMFiDELAN!)が一番効率的で混乱がないというものです。これは加藤氏・黒木氏も同じ意見でした。

講義の様子を知るためのサンプル


以下をクリックすると、講義の1日目(基礎語彙調査と音素分析)と3日目(elicitation、談話データの活用)のために用意した講義資料をダウンロードできます。

最後に:この講義は教科書になります!

上記の2つの講義資料は、私が現在執筆中の教科書『方言からはじめるフィールド言語学』(出版社は決まってます)の章2つ分をそのまま使いました。どちらも、従来の言語学・方言学の教科書で展開される「音韻論」や「動詞活用」とはかなり異なったものとなっているのがわかると思います。こういうノリの合計10章から12章からなる200ページ程度の教科書を、今作っています。この教科書は、以下の私のツイート(Xのポスト)を見てくださった出版社の方の「じゃあ作りましょう!」というありがたいご提案からスタートしたものです。

今回の集中講義、実はこの教科書を書き進めるために企画したものでした。講義資料として用意したものを教科書にしていくことで、受講生のフィードバックを取り入れて、より読者にとってわかりやすく、情報価値の高い教科書を作ろう、と思っています。

上記の集中講義に興味を持った教員の方がいたら、ご希望があったらパッケージにして集中講義に伺いますので、ご遠慮なくDM(smzATkyudai.jp)ください。


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