イヤホンがなくてカレーが食いたいという話


イヤホンがない。ワイヤレスのタイプとか特に
無くしがちで、しぶしぶ新しいものを購入するムーブをこれまでの人生で何度も重ねてきた。物はやっぱり大切にしたい。小さいころ、大人からそう習った気がする。戦時中など貧しい時代を経ての教訓でもあるんだろうなと受け取っていたし、たしかに物に愛着を持つという行為は大事だなと思って生きてきたので、その教えは未だに僕の中に残ってる。でも生きてるとそうも言ってられないことだってあり、部屋に堆積した物たちを断捨離するときなんかは、かなり心が痛い。命がない物たちに対する殺生を感じてしまうという矛盾。んでも日本社会の経済の観点から見たらどんどん新しいものを買って経済回してくべきなのかな(ちりつもの偉大さを信じている)と思ったりする。かといってゴミばっか出しても環境も良くないよなとか、小さくてよわっちい人間のくせに大きなスケールで物事を考えてしまう。結局どこに重きを置くかなんだろうけど、ひとつの事象だけに重きを置いてそれだけを大切にするっていうのもあまりに視野が狭い生き方だなと辟易する。大きな社会を小さな自分として上手いこと生きていくのはそれなりに難しい。こんなことを1人の夜道なんかはうだうだと考える。今夜は何を食べようかしら^^みたいなことを考えたらいいのに。でも人生に大きな影響を与えないようなことに脳の容量を使いたくもねえなと、たいして脳の容量を取っておくべき事柄もないのに思う。でも今晩の献立とか、今日はこれが食べたいな〜みたいなことを考えるのって楽しい。なんか、人間として真っ当な営みを生きている実感がある。健康で文化的な最低限度の生活を担保しつつも、己の枠から逸脱していかないと、それなりにダイナミックな人生というのは歩めないのもわかってるんだけど。社会の中において自分が何処に位置しているかなんてのを、もっと思考しないといけない。スーパーに着いたので、とりあえず書くの終わり。今日はカレーが食いたい。

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