短編⑫

 ふわふわと書き始めてふわふわで終わりました。なんか自分でもよく分からないけど、書き終わったので投稿します。なんだこれは。

 約4000字、いわゆる王道ファンタジーの知識があると読みやすいかもしれません。一人称、深くは語らない感じ。推理モノっぽくてそうじゃない感じ。色々と曖昧です。

* * *

 勇者様、魔道士様、エルフ様、僧侶様。
 そして一般人の小汚いボク。

 勇者様は強すぎる故に日常生活が困難だ。だからボクが身の回りの世話をする。

 魔道士様は頭が良すぎる故に日常会話が困難だ。だから人の顔色を伺うことに長けたボクが間を取り持つ。

 エルフ様は美貌が過ぎる故に直視出来ない。だからボクの一般的な顔で中和するのだそうだ。そこは正直に醜いと言って欲しいけど。

 僧侶様は整頓が好き過ぎる故に身の回りを綺麗にしすぎてしまう。だからボクが程々に崩している。そうでもしないと必要な時に必要なものががんじがらめに紐で括られていることがあるのだ。一度それで窮地に立たされてからはずっとボクの仕事だ。

 そうやって、そんなつまらない小話みたいな仕事をずっと続けている。新たな国に着く旅に、小汚い平民では案内役は務まらないと言われて、美貌の姫や屈強な兵士が共に付けられるけれど。
 大抵が旅の過酷さに音を上げて、そうならなかった人たちも勇者様方の内情に付き合いきれないと手を引いて、それらを乗り越えたほんの一握りの人たちも、道中の魔物に殺されてしまう。

 ボクは一般人だから被保護者として勇者ご一行様方が守ってくださるけれど。供として付いてこられた方々、そして一握り残る方々は大抵、戦闘する能力を持っている。持ってしまっている。
 だから、徐々に強くなっていく魔物たちに次々と命を刈り取られてしまうのだ。
 それを、ボクは傍から何もできないで見ているしかない。
 不思議と決まってそういう時は勇者様方はそれぞれの行動によって手が離せず、彼らは命を落としてしまうのだ。
 今はそれを、そういう定めなのだろうとして受け入れる他ない。
 だって、ボクは一般人だ。だから、一々気にしていては心が裂けてしまうのだ。
 勇者様方のように、平然と切り捨てることなんて、出来やしないんだ。

 だから、勇者様方のお供はずっとボクで。最期までボクただ一人だった。

 その結果が。

「ヒュー!死ぬな!おい!聞こえているのか!?聞こえていたら返事をしろ!」
「ゆ、勇者様。おやめください。そう揺すっては血が全て流れてしまいまする」

 勇者様がこれまでになく悲愴な声でボクの間抜けな名前を呼んでいる。それを宥める僧侶様の声が聞こえた。……何故だろうか。何故そうまでして悲しむのだろう。魔王はもう倒せたはずだ。
 あの強大な魔王が、たかが1人の、それもただの役立たずの命を捧げるだけで倒せるのなら。安いものだ。

 もうすでにほとんど感覚のない手先をぎゅっと握られた感触がした。これは、魔道士様だろうか。

「…生きろ、ヒュー。頼む、逝かないで、くれ、頼む」

 そう、とぎれとぎれに聞こえるのは、始めて聞こえる声だった。それは、もしかして魔道士様が?
 おめでとうございます。そう言いたくて。けれど出たのは血の塊だった。ごぼり、と音を立ててそれは。丁度その時にしゃくりあげるような声が聞こえた。

「なんでだ。なんでだよぅ。お前が、ヒューが死ぬ必要なんかなかったはずだ。なんで…」

 いつもなら涼やかに耳朶を打つはずのそれは、今日は酷く濁って聞こえた。きっと耳にも血が流れ込んでいるのだろう。そうでなければ。そんなはずが。

 ふと気付けば、ボクはボクを見下ろしていた。ああ、これが。
 そしてやっぱり。

 ボクは死んだのだ。

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 この度のボクは。一番うまくやったに違いない。
 薄暗い部屋でむくりと起き上がったボクは、落書きだらけの壁にサムズアップのいたずら書きをした。

 ふと振り返って巨大な筒の中に浮かぶ蠢く何かを見上げる。
 それはずっとそこにあって。今日も変わらずそこにある。
 これが何なのかは、よく分からない。
 けれどひとつだけ、分かることがある。

 ボクはこの塊から産み落とされて。
 そしてまた生を成して行くのだと。

 前回も______終われなかった。
 今回は_________どうやったら終われるのだろう?

 ボクは巨大な筒の中に浮かぶ、蠢く何かを見上げた。
 法則性の欠片も無い動きのそれは、今日も筒の中で元気に、あるいはいつものように、蠢いていた。

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「お、おい!ヒュー!ヒューなんだろう!?」

 そう言って追いかけて来る声に、私は振り向いた。
 それは、ああ、懐かしきエルフ様。しかし私はこう答えた。

「…人違いでは?私の名はキントスですが」
「……え?あ、あぁ、済まない。知り合いに、似ていたから…」
「貴方様ほど長命であらせられるならば、そのようなこともありましょう」
「済まない。本当に似ていて……本当にヒューではないのか?」

 エルフ様は。相も変わらず美貌の持ち主で。しかし確実に時がその御身体を蝕んでいた。私はあのヒューから数えて27番目。実に1000年の時が過ぎている。
 しかし、そうだな。

「……それほど御知り合いに似ているのであれば、少々その御話をお聞かせ願えないでしょうか。興味が湧いて参りまして」
「あ、あぁ。うん。いいよ」

 エルフ様は二つ返事で承諾して下さった。あの頃と変わりなく。

 私たちは最も近場の酒屋へ向かい、そこに相対して着席した。

「キミは何を飲むんだい?」
「エールを」
「…そうか」

 ヒューだった頃の私は、酒を飲まなかった。理由は至極単純で、勇者様の給仕でそれどころではなかったからだ。酒など飲んでいてはあの大食らい様を満足させることは出来なかっただろう。
 だからいつも水か果実水だったというわけだ。
 今はその枷もないためにエールだが。少なくともこの私、キントスはそうしている。

 私はエールを、エルフ様はジンの水割りを臓腑へと流し込む。
 …かつてのエルフ様は蜂蜜酒を好んでいたはずだったが。ここ千年で味覚が変わったのだろうか。

「さて、ヒューの話だったね。彼と出会ったのは。そう、千年と少し前の話さ」

 そう言ってエルフ様は語りを始めた。

 その話は脈絡と伝わる勇者御一行様の話で。しかし。
 それはエルフ様とその側仕えヒューの物語であった。

 内容を要約すると、こうだ。
 エルフ様は小汚い平民と共に旅をしていたが、彼は存外肝が太く、直ぐに二人は仲良くなった。その美貌で同性からは煙たがられていたエルフの初めての友人は人間の平民だったのだ。
 2人はめくるめく人間という種の存亡を懸けた冒険を繰り広げ、最後には諸悪の根源である魔王を打ち倒した。しかし、その戦いの最中、心の友であったヒューが致命傷を負ってしまう。
 勇者に向けられた魔王の致命の一撃をヒューが身を呈して庇ったのだ。そうして彼は命を落とし、対して人間という種は守られた。
 だが、ヒューを要石としていた勇者御一行はその後に空中分解し、凱旋もしないままに散り散りになったのだそうだ。そうして、エルフ様は失意のままにあてどなくヒューの痕跡を探し始めた。

 私は要石などという大層なものであった自覚など無いが、とにかくそういうことになっている。

「しかしだ。驚くほどに何も出てこないのだ。たかが平民、されど平民。私は片端から人間の領主を尋ねて回った」

 そして、その半分ほど、いやそれ以上に創作が入り混じった冒険譚に内心呆れつつも、エルフ様を好ましく思った。元々嫌ってなどいなかったが、親友、ましてや心の友とまで思って頂けていたとは思いもしなかった。
 ……確かに、初めての同性の友であったというのなら、関係の断絶を恐れて下手なことは言及されなかったのだろうが。
 それにしても、なるほど。

「それはそれは、さぞや大変でしたでしょう?人間の数はエルフ様方の比ではありませんから」
「そうだね。確かに100年は費やしたかな。だけど、全くだ。全く無かった。一度もだ。おかしいと思わないか?」
「どうでしょう。先ほども申し上げましたが人間は多い。そして領主殿もそれほど真面目ではないのですよ」
「う、そ、それはそうだが」
「おや、どうやらエルフ様方にもそのような方がおられる……おっと失礼しました。そのようなことは無いでしょうが」
「いいや、キミの言うとおりだ。目を背けていたのだ、私は」

 そう仰ったエルフ様はその切れ長の瞳を伏せ、ぐっと瞼を強く閉じられた。

 それからはエルフ様が話される後悔を淡々と聞くだけとなった。
 曰く、もっと話をしておけばよかった。曰く、好意を伝えておけばよかった。
 曰く、無事であったならばその後も旅を続けたかった。

 それを聞く度に、私は……。わたし?とは?

 これは、なんということだろう。
 眼下に私とエルフ様が見えた。これは。しかし、どうして。

 私は死んでしまったようだ。

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 ふと、目が覚める。
 そこは薄暗い部屋の中。
 そして振り向けばそこには……?

 そこには古びた棚があるだけだった。
 私はここに何があると思っていたのだったか。
 そうだ。日誌だ。私は船乗りで…?なぜ船乗りが潮の匂いもしない、細波の音も聞こえない陸に居るのだ?

 どうも、記憶が混濁している。
 私は旅人で、料理人で、掃除夫で、勇者御一行の召使で…?
 記憶の奔流が私の脳裏を駆け抜けて、そして私が残った。

 私は、私でいいのか。
 そうか、ならばそうしよう。

 私は……漸く私になれたのかもしれない。
 ただの、ただの何の変哲もない人間に。

終わり

* * *

後書き

 ぱっと思いついて何となくで書き進めると筆が乗って、ふわっと軟着陸しました。深いようで深くないかも。少なくとも僕は何も考えていません。

 けれどたぶん、ご想像の通りです。僕はそれを否定しません。

 それも一つの正解なのでしょう。そして願わくは、それぞれの正解があって欲しいものです。これを読まれた方々にはそう在って欲しいと願います。

 ではまた機会があれば。

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