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幸運な奈々子 Episode 2 - Age 12


奈々子はまだ、自分がどれほどラッキーな人間か、気づいていない。

それは、奈々子12歳の時であった。

奈々子はいつものように、七百平(ななおだいら)小学校への道をホテホテ歩いていた。

その当時、近所のJR駅から20分も離れると、近隣はのどかで、
昔ながらの農家と、
農家が切り売りした土地に建てられた建売住宅が混在していた。
豪農や地主と言われる人たちの、大型古民家を囲む門塀と、そこから首を出す手の込んだ植木が、そこかしこに見られた。
菜々子が歩いていたのはそんな道である。

学校へは片道20分。これは、奈々子の情操教育に大変貴重な時間なのだ、と本人は気づいていない。
道端のたんぽぽを摘んでワタを飛ばしたり、
季節の変わり目ごとに沈丁花やクチナシ、金木犀の香りを鼻先が感じたり、
青い空に浮かぶ雲を見てシュークリームを夢想したり、
雪が降れば、上を向いて大口を開け、舌の上で雪を溶かしたりする。
彼女の感性が解放され、磨かれるのが、通学の時間だ。

中でも木登りは貴重だ。

行きは学校に遅れるといけないので、
通常は下校時に、
近くの公園を通り、その中心にどっしりと生えている楠木を登る。
大して高く登れるわけではないが、木の上というのはなぜか達成感があり、楽しい。
見晴らしが良いと気持ちが晴れる。

二ヶ月ほど前、新たに、木登りしやすい松を発見した。
これは楠と違って、斜めに駆け上るのに向いている木である。
今歩いている道の左側は、板壁がずっと続いているが、この先に壁の切れ目があり、そこにその松がある。
以前は気づかなかった。
最近道路が広くなり、どうしたわけか、この斜め45度に生えている松を、駆け上るという楽しみができた。
まずは、反対側の壁に背中をつけて、狙いを定めてダッシュ。
松の木のどこまで登れるか試す。
三歩しか登れないこともあるが、最高で六歩まで登ったことがある。ランドセルを下ろすと登りやすい。

代々の豪農を引き継いだ大里恭平は、ここ二ヶ月ほど、ムカムカと腹を立てていた。
78歳の恭平は、先祖代々の立派な長屋門がある農家に住んでおり、屋敷の敷地はおよそ千坪だった。もちろんその他に、少なくなったとはいえ、先祖代々の田んぼも持っていた。

問題は、屋敷の周りの境界線に目配りしないでいる間に、市役所が勝手に線引きをして、屋敷の東側の道路を拡張し、大里恭平の土地を削って舗装道路を作ったことだ。ご丁寧に「通学路」などと書いてある。

境界線の角には、老松(オイマツ)と名付けた松が生えている。
五年ほど前に南東の角から東側の壁が崩れた時、
ちゃんと修理せずに、応急処置で放っておいた。
実は金もなかった。それにめんどくさい。
五メートルごとぐらいに適当に柵を打ち、ロープを貼った。
東南の角地に当たる老松には、ぐるりとロープを回したのだが、
いかんせん、老松はかっこよく45度に傾いている。
ロープの位置がズンズン上にずれた。

市役所が手を出した時には、ロープが80センチぐらい上にずり上がっていた。
ということは、根っこの端っこを境界線だと思っていた恭平の思惑とは裏腹に、
市役所は、恭平の土地を80センチほど削ったところまで道路を拡張した。

「楽に車が通れる道路になりましたのでね、土地の価値も上がりましたよ」
と、担当の高橋は言ったが、恭平の土地は、もともと南側と西側で車の通れる道路に接道している。昔は畦道だった東側の路地を広げて、得をしたのは、隣の奴らだ。
しかし、高橋は、
「いやいやいや、あちら側はもともと、80センチセットバックして、建売に売ってるんですよ」
と返してきた。
恭平の知ったことか。
「ちゃんと松も整備しましたよ」
と、高橋が言うのは、
老松の根の周りのアスファルトをグルッと切って土部分を露出し、老松の根っこが死なないようにした、と言うだけのことである。

苦々しい。実に苦々しい。

しかも、最近は、老松を登るガキどもが老松を傷つけている。
先日、登っている子供らを見つけ、
「コラッ」と声をかけると、
蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
ごめんなさい、と頭を下げるものはいなかった。
癪にさわる。
一人も捕まえられなかった。

それで、今朝は老松のそばで番をして、悪ガキを捕まえることにした。
息を潜め、右手に剣道の竹刀を持って、まだ倒れていない壁部分に隠れて、恭平は待った。

この日、
老松を登る悪ガキが一人捕まる、
と言うさだめを、神様は仕込まれた。
神様の予測では、ここのところ毎朝のように、老松を登る、奈々子が捕まるはずであった。
小学校六年生になり、体重も40キロを超えた奈々子にのられて、
老松がかわいそうだ、と神様は同情していたのだ。

しかし、塀の切れ目に来る前に、奈々子は給食費の封筒を、忘れたことに気づいた。

「ここに置くからね。自分でランドセルに入れなさいよ。もう六年生なんだから、お母さんがなんでもやってあげるわけにいかないのよ」
と、言いながら、母の留美子が給食費を玄関脇の靴箱の上に置いたのは昨日のことだ。
奈々子はゲームをしながら適当に聞き流していた。
「ったくもう、なんでランドセルに入れておかないのよ。意地悪」
と、奈々子は口に出した。

このまま松を登って、ゆっくり歩いて学校に行き、給食費忘れましたと先生に謝るか。
あるいは、走って戻って給食費を取り、そのまま全力疾走で学校まで行くか。

片道20分と言うのは、小学校一年生の時に、「通学路の表示」に書き込んだ時間で、
今の奈々子なら、歩いても12分、走れば7~8分だった。
「しかたない」
奈々子は踵を返すと全力疾走で家に戻った。

そのすれ違いにやってきたのは、小学校三年生の富田オサムだった。
オサムは、誰も松登りをやっていないのを見て、ラッキーと感じた。
いつもは五年生や六年生が登ってて、それを待ってから登るのでは学校に遅刻する。
だから諦めている。
今日は誰もいない。
修はランドセルを松のそばに放り出すと、道路の反対側の壁に背中をつけて立ち、全力で松に向かってダッシュした。
一歩、二歩、三歩、四歩、いける、五歩までいける。

と思った時、松の下から「コラッ」と大声が聞こえた。

驚いたオサムはバランスを崩した。

五歩目に出した右足が宙を蹴り、つられて滑った左足と、
両足で松の幹を挟むように、股を打ちつけた。
その時に、ショートパンツから露出している左足の腿の内側を擦りむいた。
手が反応して松を掴んだので、松にぶら下がるような形になり、
落下して背中や頭を打ちつけることはなかった。
が、腿には血が滲んでいた。
それに、おまたも痛い。

何より、仁王立ちした恭平が目の前で睨みつけている。

「ランドセルを背負ってここに立て」と、恭平が怒鳴った。
オサムは竹刀で打たれるのかと思い、泣きそうだった。

恭平はオサムの首根っこを掴むと、
そのまま七百平小学校の校長室まで引きずって歩いていった。
校長をやってる男は、恭平の一番下の弟の子分だった男だ。
小学校から中学校と、恭平たち四人兄弟で散々可愛がってやったのを、
よもや忘れたとは言わせまい。
それが、偉そうに校長になんかなりおって、
きちんと生徒の躾もできないくせに。
そう考えると、さらにムカムカしてくる。

校門の側では、すでにたくさんの子供が登校しており、
泣きじゃくりながら引っ張られているオサムを見て、
驚愕のヒソヒソ話をしていた。

奈々子はその1分後に、校門に到着し、始業ベルの前には着席した。
自主性を重んじる母の子育てのおかげで、給食費を取りに帰った奈々子は、
危機一髪で、
恭平に怒鳴られて校長室に連れて行かれる、という運命を逃れた。
なんと、幸運なことか。

しかし、「うちの母親って、すんごい意地悪。おかげで朝から疲れるよ」
と、みんなに言って回って、鬱憤を晴らしていた。
恩知らずな奈々子である。

朝は松に登れなかったので、帰りは楠木に登りたいと考えていた奈々子だった。
しかし、
成績が思わしくないのを案じた母親が、
塾に登録してきたのを思い出した。
今までのように、ホテホテと楽しみながら登下校をすることは許されない、
小学校六年生であった。

「全くもう。塾なんか行ったって、どうせ成績上がんないよ。勝手に決めてきて」
クラスメートの高木真理子と家路につきながら、
「うちの母親って、本当に横暴なんだよね」
と、どっちの母親がより横暴で酷い人か、自慢しあった。

その頃、楠木のある公園では、
学年主任の先生たちが、
「木登りは禁止です」「木登りは危険です」「木を労りましょう」
という立て札を、楠木の周囲に3枚立てて、登らせないように作業していた。

老松に関しては、
言わずもがなであった。
校長先生は恭平に、コメツキバッタのように頭を下げ、
「七百平小の良い子は、絶対に木登りをしません」
と言うプレートを、老松の横に立てさせてもらった。
それを見て、
恭平は、ちょっとだけ、胸がスッとした。

校長先生は、怪我をした富田オサムの親にも頭を下げなければならなかった。
オサムの親は子供を心配しながらも、道理のわかった人で、話を理解してくれた。
しかし、
初めて登っただけなのに、こんなことになったオサムは、
世の中の不公平を嘆いた。
捕まるなら、五年生と六年生のはずなのに。
当然ではあるが、
オサムの代わりに難を逃がれた奈々子から、感謝されることはあり得なかった。

しかし、恭平によるこの強烈な体験は、
オサムに、
用心深さと無思慮な行動の制御、を学ばせたのである。
とはいえ、オサムは三ヶ月ほど、オドオドと生活し、親は心配した。

そして、誰も恭平に感謝するものはいなかった。
老松が口をきくことができれば、
感謝したかもしれない。

塾に行っていて、
木登りが禁止になったことを知らなかった奈々子だが、
ちゃんと情報網を張り巡らしている、母の留美子から
夕飯の後で釘を刺された。
「今日ね、富田さんのところのオサムちゃん、怪我したんだって」
「ふーん」
「あんた、まさか、木登りしてないわよね」
「え?してない」
奈々子は平然と嘘をつく。
「そう。小さい頃、木登りが好きだったから、心配したのよ」
「木登りなんて、ガキのやることじゃん」
奈々子は平然と自分の気持ちにも嘘をつく。
「道路に突き出してる、あそこの松を登ったら、地主さんが出てきて怒鳴ったから、オサムちゃん、落下ですって」
「え?」
「その上、校長室に連れてかれて説教だって。あんたは今朝、校門のところで見なかったの?」
「知らない。小三と関係ないもん」
「気をつけてよ。スカートで木から落っこったりしたら、目も当てられない」
「・・・・・」
確かにそうだ、と思い、奈々子は何も言わなかった。
「その地主さん、竹刀でオサムちゃんを打ち付けたらしいわよ。怖いわよね」
「ええ?うっそお」
ということは、竹刀で打たれたのは自分だったかもしれないのだ。
流石に奈々子も、青ざめた。
恭平は竹刀でぶったりしなかったが、噂というのは、えてして尾鰭がつくものである。
「もう登らないのよ!いい?」
登ってないと言っているのに、どうやら母はお見通しのようである。
「いちいちうるさいよ」
と、奈々子は小声で最後の抵抗をした。

奈々子は自分がどれだけラッキーかわかっていない。
そして、鬱憤を母にぶつけて、安定した精神状態で生きているのであった。


今日も奈々子は特に痛みもなく、五体満足で生きている。だが、自分がどれだけの幸運に恵まれて生きてきたのか、気づいていない。


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