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煙に巻かれる

「俺も今年で異動になると思う」

胸の奥の方がきゅっとなった。

未だ私はこの人への未練が、憧れが、捨てきれていないんだと身を持って知った。



私は高校受験を終え、第1志望だった、地元に少し離れた学校に無事に入学が決まっていた。
何となく、新しい地で、新しい人間関係を築きたくなった。

その年は、例年よりも市立高校の倍率がぐんっと上がり、必死に机にへばりついて勝ち取った場所だった。

短い春休みはそんな学校への入学準備と、当時好きだった人(別記事『時効です』参照)とのデートであっという間に過ぎた。


ちゃんと友達できるかな

変なクラスだったらどうしよう

部活動ってどんな雰囲気なんだろう

そんな不安9割を胸に入学式。

始まる前に誰かに話しかける勇気もなく、内容なんて緊張でよく覚えていない。

この日、軽く顔合わせなども済ましているはずなのに、(しかも1番前の席だったのに)それすら覚えていない。

ただどっと疲れたことだけは記憶に刻まれている、そんな1日だった。


古い記憶で1番覚えているのは、学校内説明のようなもので、図書室に行ったときの事。

既に仲良くできそうなグループが何となく出来始め、喋りながら図書室を回る。
早めに回ってきた他のクラスも混じり、がやがやと騒がしい。

私は同じようなタイプの6人グループに入れてもらい、喋りながら図書室を見回る。

うちの3人くらいは、大して本に興味がなく、「先に教室帰ろうよ」「抜けちゃおう」としばらくしたら裏の出口から早々に出ていってしまった。

残りの3人、喋りながら各々好きなところで本を眺めていると、後ろからふいに声がする。

「あれ、残りのやつらはどこ行ったの」

小柄で、さっぱりした顔と声の担任の先生(以降Y先生と呼びます)に声をかけられた。

「もう飽きちゃったらしいですよ、多分教室に戻ってます」

「行かなくていいの?」

「別にいいかなって。本好きですし」

別のところを見ていた友達から声をかけられ、その子も合流する。

それから何か話したような話していないような、それからの記憶は曖昧で、
でも、この初めてのやり取りは何故かちゃんと覚えていた。

最初の印象は『若そう』と『歳の割にしっかりしてそう』だった。

当時いい感じだった好きな人と歳はあまり変わらなそうだな、と見た感じでわかった。
新卒か、2年目といったあたりかな。初めての担任だって言ってたし。

後に判明するが、当時好きだった人よりも2個上で、私とは9歳差、前の年に新卒でこの高校に入って副担任を務め、私達の代で初めての担任を持つことになったらしい。

それにしてもしっかりしているというか、人間ができている。

私は現在、今年であの頃のY先生と同じくらいの歳になるが、『高校生を教育してください』って言われたら到底無理だし、あの貫禄を出せるとは思えない。
好きだった人と比べても、かなり大人っぽくて、全然タイプが違うなと思ったことを覚えている。



私はこの時、つゆとも思っていなかった。


これからの高校生活の2年近く
この人に片想いすることを。



つづく


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