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aquarium.

最近私はついていない。

仕事は初歩的なミスばかりにつまずいて、しばらく残業続き。

結婚まで考えていた社内恋愛の彼氏にも「真面目すぎるし、俺がいる必要性がわからない」とばっさり切られ、破局。

今朝、他の部署のふわふわした雰囲気の年下らしい女の子と仲睦まじそうに話していたのを見かけた。


疲労で体の至る所から悲鳴が聞こえる。


高校の友達の結婚報告や、母親の愛犬自慢のLINEは未読状態。

帰り道で道端のちょっとした段差にもつまずくようになってしまった。

人生踏んだり蹴ったりすぎる。


大田久美。27歳。

大学を卒業して、不安と希望を抱えて入社したのは5年前の話だ。
仕事にもすっかり慣れ、すごく出来るわけではないが、それなりのキャリアは培ってきたと思う。

だが、最近はどうしてだろうか。
度重なるミスで残業し、やっと家についても寝付きが悪く、
翌朝、寝不足で頭も体も働いていない。
そのせいでミスを繰り返す、という負のループが出来上がった。

「先輩、最近大丈夫ですか?なにかありました?」

「あー...ごめんごめん!最近寝付きが悪くってさ、新しいマットレスでも買おうかな〜」

「いやいや、先輩そんな年寄り臭いこと言わないでくださいよ〜」

そう言って2人で笑う。

本当は自分がフォローに回ってあげないといけない後輩達にも心配かけてしまった。

いかんいかん。立て直さなくては。


そんなことを思っていた矢先、

ついに大きめなミスをやらかしてしまった。

なんとか上司が丸く収めてくれて「最近どうしたの?」と気を遣ってくれるが
それがかえって申し訳なくなく、やるせなくなった。


自暴自棄になってレジ袋いっぱいに入ったお酒の缶を自宅のテーブルへ叩き置く。
ちょうど今日は金曜日。
明日は休みだし、このまま飲み明かしてやる。


本当は外へ飲みに行きたかったのだが、
仲のいい同期や友達は結婚していて子供もいる。

それにぐずぐずに悪酔いしているアラサー女は見るに耐えないだろうし、時間をさいてもらうのも申し訳ない。


飲みながら悶々と考える。

なんでこうなってるんだろう。
黒いもやもやしたものが心の中を侵食する。

私だって近い未来に結婚して、いつか子供を産んで幸せな家族を作るんだって思っていた。

しかし現実は、何もできずに突っ立って、周りにどんどん置いてけぼりにされて、
焦って歩き出そうともがいて、いざ歩き出したと思うと、ずっと迂回ばっかりしているようでならない。


もういいや、考えるのは悲しくなってくる。
今日は気が済むまで飲み明かしてやるんだから。


そうしてお酒を浴びるように飲みまくり
倒れるように眠った。





気づけば私は水族館にいた。

狭い水槽の中で、魚たちが色鮮やかな体をくねらせて泳いでいる。



綺麗...。
この場所、どこか見たことあるな。


記憶を順々に辿っていく。



「大田」

急に名前を呼ばれ、思わず振り返る。

そこに立っていたのは、制服姿の
さっぱりとした顔立ちの青年だった。

「柳瀬くん」


高2のとき、私の初めてできた彼氏だ。

顔立ちに似たさっぱりとした性格で、大人しくてあまり笑わないが、とても優しくて温かい人だった。
私の都内への受験や、環境のすれ違いでいつしか別れてしまったのだが。


そしてここは、彼と夏休みに一緒にきた地元の水族館だった。

真夏のじりじりとした日差しを浴びながら、お金がないからと2人で自転車を走らせて来た思い出の場所だ。


「柳瀬くんよくわかったね。私もうすっかりアラサーのおばさんになっちゃったのに」

「何言ってんだよ、いつもの大田じゃん」

「えっ!そんなこと...」


驚いて確認すると、水槽に映っているのは制服を着た、高校時代の私の姿だった。


「たしかに、いつもより疲れてますって顔してるけど」

「...そうだね。ちょっと疲れちゃったかも」

「そんなこと言うなんて珍しいじゃん。どうしたの」


「なんかさ、やる事なす事全部うまく行かなくて、挽回しなきゃ!って頑張っても空回りして、皆はそんな私を置いてスイスイ前に進んでいるようで、焦ってまた失敗してって...私、何やってるんだかね」

馬鹿だよね、と困ったような笑みを柳瀬くんに向ける。
夢の中だとしても元彼に、しかも年下に愚痴を溢すなんてどうかしてる。



「大田ってちゃんとしてます!って感じだけど、意外と不器用だもんな」

はははっと珍しく声を出して笑う。


「大田は普段ちゃんとしてるって雰囲気だから、学校で先生にも他の生徒にも色々任されてたじゃん。だから最初はしっかりした人なんだな〜って
印象だったんだけどさ

2年で同じクラスになって、同じ委員会に入ったときに、意外とおっちょこちょいで、不器用で、失敗するときもあるんだけど、頼まれた仕事はきちんと終わらせてて。

こんなとこもあるんだなって親しみも持ったし、可愛いなって思った。同時にこういう人だからみんなに頼られるんだなって尊敬した。

まあ、そんな感じでどんどん好きになってった訳だけど...」

水族館の青い光に照らされた顔が、お互い少し赤みを帯びた。

「だからさ、うまく言えないけど、
大田は大丈夫だよ。
今は嫌になってると思うけど、俺は絶対大丈夫って思ってる」

「あと、もう少し周りを頼れ。
頑張り屋で責任感が強いのはいいけど、1人でなんでもこなそうとするな。
周りだってもっと頼ってほしいって思ってるはずだから」

俺も含めてな、と優しくにこっと笑った。


「ありがとう...」

言葉と同時に涙が溢れ、止まらなくなった。
嗚咽を漏らしながら泣く私の頭をぽんぽんと撫でてくれる。

水族館の館内に私の泣き声だけが響いた。






夢から覚めると朝になっていた。
頬に冷たい跡がある。泣きながら寝ていたようだ。

スマホをタップして時間を見ると朝の5時。

いつもよりだいぶ早起きだが、体を起こして窓のカーテンを開けてみる。

まだひっそりとした都会の街を、柔らかい日差しが包んでいる。

『大田は大丈夫だよ』

夢の中での彼の言葉を思い出す。

何か解決した訳ではないが、なぜだかうまく行くような気がした。




おしまい

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