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ありきたりで特別な物語を君に捧ぐ

職業、『売れない』シンガーソングライター。
昼間はバイトして、夜は生麦駅を出てすぐのところでひたすら弾き語る。それが私の毎日。


メジャーデビューなんて夢のまた夢だけど、諦めがつかなくて、バイトと時々入る歌の仕事でなんとか食いつないでいる。

今の時代、SNSで拡散する手段はたくさんあるけど、直に聞いてくれる人の聴き入ってくれてる顔が見れたり、嬉しい言葉をかけてくれる人がいるから、私は毎日路上ライブに繰り出していた。



あのとき話しかけてくれたのは君だった。


『おねえさん!めっちゃ歌うまいね!!』


低くてザラッとした声があのミュージシャンそっくりだよ、なんて熱弁して笑っていた。


あのときの酔いと興奮で赤くなった頬をこれでもかと上げる笑顔はとても可愛かった。


その日は話題の女性ミュージシャンの歌を弾き語っていた。


ありがとうと返して、それから好きなミュージシャンの話になって、私達はとても盛り上がった。
話足りないから、と家に誘われた。


コンビニでお酒を買って、帰り道にアイスを食べた。
弾き語りを披露したり、YouTubeでお互いが好きなMVを観た。
煙草の煙を顔にかけたらゲホゲホって咽せて、何してるのって笑ってた。
やることもやった。


『シてるときの声は可愛いんだね』
って上から降ってきた言葉は少しキモかったけど、その時にはそれすら愛おしくなってたんだよ。


それから君の家に帰ることが日常になってた。


夜にコンビニまで歩いたり、ギター片手に公園に行って一緒に歌ったり、そんな何気ないデートが好きだった。
お金がなくてもあれはたしかに幸せだった。

狭くてボロいワンルームで一緒にご飯を食べた。タオルだけかけて昼寝した。

もうありきたりで綺麗な思い出しか思い出せない。


あの部屋に戻ることはきっとないけど、私は時々君のことを思い出して泣いてしまう。


私はあの夏から時が止まったままだ。



「お姉さん、綺麗な声っすね」



おしまい

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