バレンタインジンクス

ワシには好きな男の子がいるのだが、ずっと想いを伝えられずにいた。
ワシの一番の友人である、加藤ブランダオ友梨奈ちゃんにだけは、そのことを相談していた。
告白することを決断できずにいたワシの背中を、ブランダオは押してくれた。
「このまま想いを伝えないまま、レイ君が他の誰かと付き合ったらば、きっと後悔しか残らないのではなかろうか。であるならば、結果がどうあれ、告白をした方がコスパが良かろうものを」
「うん…そうだね。そうだよね。ワシ、今度のバレンタインデーに告白する!」
「賢明な判断かと。力添へできることがあれば何なりと!」
「ありがとうと言いたい!」
ワシは久しぶりに前向きな気持ちになれた。

アンドレイ君に渡すべきは手作りチョコか、それともおしゃれなチョコを買うか。
「ねえ、ブランダオ。どんなチョコを渡したらいいかな?やっぱり手作りかな?」
「ここは手作りチョコでいこう。私、お菓子作るのけっこう得意だから協力するよ!」
「ブランダオ…。本当にありがとうと言いたい!」
「造作もないよ!」

ワシは、ブランダオを家に招き、一緒にチョコケーキを作った。
ブランダオは本当に上手で、すごく美味しそうなケーキができた。
あとは想いを伝えるだけだ。
告白前夜、ワシはソワソワして眠れなかったが、必死に瞼を閉じた。

ワシは朝早く学校に行き、アンドレイ君の靴箱に手紙を入れた。
放課後に、校舎裏に来て欲しいと書いた。
そこにある桜の木の下で告白すると成功するというジンクスがあるのだ。
ワシはもはや授業どころではなかったので、午前中の授業の記憶はほとんどなく、数学教師が「サイン、コサイン!知覚過敏!」と叫びながらポケットからカキ氷を取り出して齧り付いたところを校長が低空タックルで取り押さえた場面だけ辛うじて覚えている。

そんなこんなで、とりあえず昼休みになった。
ワシがお弁当を取り出そうとカバンを開けたら、なんとバレンタインチョコがなくなっていた。
焦りで立ち尽くしていると、騒がしい声が聞こえて来た。
「うわあ!うちのポチがなんかチョコ食べてる!」
見ると、クラスの田中君がいつも連れて来ている犬が、ワシのチョコを見つけて食べてしまったのだ。
ワシはその場で泣き崩れた。
すると、田中君がワシを怒鳴りつけた。
「犬にとってチョコは危険なんだぞ!どう落とし前つけてくれんねや!おいよ!?」
ワシは土下座しながらさらに泣き崩れた。
すると、そこにブランダオが来てくれた。
「ねえ、これあげる」
それは一つのチロルチョコだった。
えっ?とワシが見上げると、ブランダオは言った。
「しっかり想いを伝えれば、大丈夫。一番重要なのはチョコの立派さじゃないよ」
ワシはブランダオを抱きしめて泣いた。
その間もずっと田中君はワシにキレていた。

放課後、ワシは待ち合わせ場所で待っていた。
そして、ついにアンドレイ君がやって来た。
「あ、あの、アンドレイ君、来てくれてありがとうと言いたい…」
「造作もない。どうしたの?」
「ずっと好きでした。ワシと付き合ってください!」
ワシはチロルチョコに祈りを込めて差し出した。
「いいよ」
「…え!?」
「いいよ、付き合おう」
「ま、まじか!やった…!チロルチョコ一個でもいけた…!これはでかい…!チロルチョコでもいけるんだ…!」
こうしてワシはアンドレイ君と付き合うことになった。
ワシは人生で最も嬉しい気持ちのひとつになった。

翌朝、弾むような気持ちで登校していると、ワシは目を疑った。
ブランダオとアンドレイが、手を繋ぎながら何とも仲睦まじく歩いていたのだ。
思わず駆け寄ると、二人の会話が聞こえて来た。
「やっぱ、チョコのクオリティのみで完全に惚れたよ。チョコだけが決め手だった」
「うふふ、良かった!」
ワシは一気にドン底に叩き落とされた。
家を出た時は最高の笑顔だったのに、結局、死んだような顔で登校した。

教室に着くと、田中君がやって来た。
「おい、お前のせいでうちのポチが何だか調子悪いような気がするぞ!動物病院に連れて行ったら、特に異常はないとのことだったけど、食べ物の管理に気をつけろと医者に叱られたぞ!お前のせいでポチが死の淵をさまよいかねない感じになったのに、俺が叱られた!どう落とし前つけてくれんねん!なあ、ポチ!?本当に体調は大丈夫か!?」
「うーん、体調が悪い気がしないでもないかな」
ポチも体調面に不安がないでもないとのことだった。
ワシはブランダオの裏切りとポチへの罪悪感で、何も考えられなくなっていた。
唯一、社会科の教師が極左的な思想を語り始めたところで校長の低空タックルにて取り押さえられた場面の記憶だけが残った。

学校が終わり、とぼとぼと帰宅していると、後ろから何かが駆け寄って来た。
ポチだった。
「あの、一連のこと、正直ほんますまんかった」
ワシは犬を責めても仕方ないと思い、許した。
「うん、いいよ」
「ありがとうな、許してくれて。優しいんやな。ちなみにバレンタインチョコやけど、ちょっとだけ甘さがしつこいように感じたわ。何かすまんな。そしたら」
そう言ってポチは走り去って行った。
ワシは、アオーーーーーーーーーン!!!と遠吠えをした。 

ワシのことを超一流であり続けさせてくださる読者の皆様に、いつも心からありがとうと言いたいです。