17:23の定食屋にて、母を想う
17:23
なぜこの時間の定食屋さんにいるのかというと、1時間半の慣れない運転で少し疲れていたために、家に帰るために曲がらなければいけない道を曲がりそびれてしまったから。
「あ、どうしよう」という気持ちと、さっきからチラついていた「お腹空いた」「今日の夕飯何にしよう」という気持ちが、前方に見えた「定食」の看板へとハンドルを向かわせた。
駐車場でUターンして家に帰ってもよかったけど、どうせなら食べて帰ってしまえ、と思い、車を降りて引き戸を引いた。
まだ夕飯には少し早い時間だから、お客さんは誰もいなかった。
奥の方からおかみさんが「はーい」と小走りで出てくる。
適当な席に座って、脇に置かれたメニューに手を伸ばす。
角のよれた厚紙に、色あせた文字で店名が書かれている。
背表紙はガムテープで補強されている。
おかみさんが急須に入った熱いお茶を持ってきてくれた。月末でお金がないから、定食の中でも一番安い「揚げ出し豆腐定食」を頼んだ。おかみさんが厨房の奥に向かって「揚げ出し定〜」と声をかける。
店内は静かだった。
そういえばお昼はカフェで食べたスコーンひとつだけだった。光が射して暖かくて、ゆるやかに洋楽が流れるカフェ。ハーブティを頼んだら、「スコーンに合いますよ」と、カモミールとペパーミントをブレントしてくれた。あとアイブライトも。目に良いらしい。
最近、目が疲れてる。
店内の青々とした蛍光灯が眩しく感じて、目を閉じる。
厨房からパチパチと油を揚げる音が聞こえてきた。
カチャカチャと食器を動かしたり、水を流す音も。
音楽も、他のお客さんの声も、騒々しいものは何もない。
厨房の旦那さんとおかみさんの二人が出す音と、外を走る車の音が小さく聞こえるだけ。
やけに落ち着く音だった。
実家にいた頃、疲れて学校から帰ってきた日は、リビングにカバンを放り投げて、頬杖をついて食卓に座った。すぐ横のキッチンで料理するお母さんにグチグチと話しかけ、そうこうしているうちに兄たちも帰ってきて、食卓のおかずも揃ってみんなで食べ始める。そんな日もあったかもしれない。
そんなことを思い出してふと目を開けると、当然そこは実家ではなく寂しげな店内で、厨房から出てきたおかみさんはお母さんではない。お盆にのった揚げ出し豆腐定食が運ばれてきて、「ご飯少なめでって言うの忘れてた」と思いつつ、つやつやしたお米をみたら、まあいいか、という気持ちになった。
熱いお味噌汁の香りが広がる。
揚げ出し豆腐の上には、かつおぶしとネギと明太子が。
小鉢には酢の物とたくあん。
こういうの、久々に食べる。
一人暮らしだとお米もなかなか減らなくて、去年からずっとある古くなったご飯はもうあんまり美味しくない。
久々に食べた美味しいお米と出汁のきいたおかずは「おふくろの味」とはちょっと違っていた。忙しいお母さんのごはんはもっと簡単なものだった。それでも、一日も欠かすことなく、健康に気を遣った献立で。
550円で、お腹が満たされた。
おかみさんに「ごちそうさまでした」と伝えると、「また来てね」と。
私と入れ違いで一人の女性が店内に入っていった。
外はもう暗くなっていて、空気はひんやりとしていた。
たった550円分の「ごちそうさま」と感謝を、私は母に伝えられていただろうか。
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