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第42話◉死ぬ死ぬ男◉

間違った命懸け

「ありがとうございました」

ボーイのサトシは店のドアの所まで見送りをした後にカウンターのグラスを片付け始めた。

オーナーママであるリリーはタバコに火をつけてスマホをチェックしていた。

「今からの予約は美香ちゃんかしら?」

リリーがスマホの画面を見たまま言った。

「そうです。
どうかされましたでしょうか?」

サトシはカウンターを拭いていた手を止めて訊ねた。

リリーはスマホを置いて答える。

「彼と揉めてたから10分遅れるってこっちに連絡来てたわ」

「かしこまりました。
お手数おかけしました」

サトシは真顔で言った後に手を動かした。

カウンターを拭き終えて

「まだ揉めてるんですね」

呟く様に言った。

リリーはタバコの煙がユラユラと昇っていく様子を見ながら口を開いた。

「そうみたいだね。
彼ももうどうして良いか分からなくてなってるんだよ」

サトシは冴えない表情をして厨房へ片付けに入った。

リリーはタバコを吸いながら目を瞑る。

今から来る美香の荒ぶる感情のうごめきを感じながらその先を視ていた。

そこへ凄まじい勢いで美香が店に飛び込んで来た。

「いらっしゃいませ」

厨房からサトシが大きくて爽やかな声で言いながら出て来た。

美香は走って来たのかゼイゼイ言いながら

「遅くなりました。
すみません…
あいつのせいでマジ腹立ちます…」

言った後にリリーの前の席に座った。

リリーは笑顔で

「10分って言ってたわりには早かったわね。怒るのもエネルギー使うから大変ね。
美香ちゃん、ビールでいいのかしら?」

灰皿を美香に出しながら言った。

美香は鞄からタバコケースを出しながら答える。

「はい。
ビールでお願いします。
リリーさんのと2つ」

美香はサトシに軽く会釈した。

「かしこまりました」

サトシは笑顔で厨房へ入って行った。

リリーは美香のタバコに火をつけながら訊ねた。

「落ち着いたの?彼は…」

美香は息が上がってる状態で大きくタバコを吸い込んで一気に煙を吐いた後に答えた。

「知らないです。
もう、本当に勘弁して欲しいです。
限界を超えてます」

美香から怒りの感情がビシッバシッと伝わる。

リリーは自分のタバコを消しながら

「また自殺未遂してたの?」

淡々と聞いた。

美香はタバコを連続で吸って煙を吐きながら

「どの自殺未遂までをお話してるのかさえも分かりません。
風呂場で手首まででしょうか?」

右目を煙たそうに軽く瞑って言った。

「その後にタオルで首を吊ろうとしたわよね?」

リリーが質問に答えている間にサトシが2人の前にビールを置いた。

美香が

「とにかく乾杯。
私、もう別れます。
何としてでも別れます。
その乾杯です。カンパーイ」

早口で言ってグラスを軽く上げ、一気にビールをゴクゴク呑んだ。

リリーもグラスを軽く上げ、ビールを呑んでから口を開いた。

「美香ちゃん、今回は本気みたいね」

美香はタバコの灰を落としながら

「本当にうんざりなんです。
家に帰って部屋に入ると死にかけの彼がいる。何度話しても『死ぬ死ぬ』って言って私を追い詰める。
いつから彼はそんなになってしまったのかも分かりません…」

怒りから悔しさに感情が変化している。

美香は続けた。

「私は一生懸命に仕事をしてるだけなのに、忙しい私を疑って…」

美香の目から大粒の涙が溢れてきた。

サトシは黙ってティシュの箱を美香の前に差し出した。

美香は震えた声で続けた。

「自分が浮気してたのに私を疑うなんておかしいですよね?
自分がやましいことしていたから私もしてるって思い込むだけでも気分悪いのに…
別れたいって言う度に自殺未遂なんて…
自分の男を見る目の無さに嫌気がさします」

「彼は何も見えてないのよね。
あなたを引き止めることだけを考えてるけど、逆効果よね。
愛されたいのに心底嫌われる行動を取ってしまう。
虚しいわね」

リリーは優しい瞳で美香を見つめながら言った。

美香はティッシュで鼻をかんで

「さっきも家に帰ったら彼が手首切って血塗れで倒れてて…
嫌な予感がしてたから彼の友達でもある同僚に家まで付いて来てもらってて…
息してるのを確認してもらって救急車呼んで、私は耐えられなくて頼んで出て来ました。
今頃、病院だと思います」

そう言った後にスマホを確認した。

「連絡くれることになってるの?」

リリーが端的に聞いた。

「はい。
着替えも持って出て来たので私はあの部屋にはもう帰りません」

美香は涙声でも力強く答えた。

「そう。
結局ここまで来ちゃったわね。
もっとお互いが傷付く前に別れられたら良かったのに…
彼はそれほどあなたが好きなのよ」

と切なく言った後にリリーは新しいタバコに火をつけた。

「私たちは綺麗に別れられない間柄だったと思うしかないです。
本当は共通の友人も多いし、別れた後も皆んなで逢えるくらいでいれたらって勝手に思ってました。
本当に残念です」

美香が話してる途中に美香のスマホが震えた。

リリーは黙って待つ。

美香がスマホを確認して口を開いた。

「無事に手当てしてもらったみたいです。
救急の先生からクリニックへ紹介状を出されたみたいです」

「そうね。
1度クリニックで診てもらうのが良いわね」

「そうですね。
私はもう彼と逢わずに別れようと思ってます。無理ですかね?」

美香は潤んだ目でリリーを真っ直ぐに見つめた。

「出来れば逢わなくて済むのが1番だけど、少し落ち着いてから逢うことになると思うわよ。その覚悟だけ持っててね」

リリーは優しいトーンで答えた。

「はい…私、負けません。
自分の人生を後悔なく生きたいから覚悟決めて彼とは別れます。
私たち一緒にいるとお互いにダメになると思うんです。
だから、私は負けません。
いつか笑って話せる日が来ると信じて…」

美香の顔は凛々しく輝いて見えた。

・・・

生きているからこそ笑いあえる日が来るその日まで…

・・・

今宵はココまで…

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