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アントゥリオ・エチェヴァリア、前田祐司・訳『軍事戦略入門』

創元社「シリーズ 戦争学入門」の一書。

たしかに入門書らしく「軍事戦略」の要諦をきわめて簡潔に(訳者曰く「荒技」というほどの圧縮率で)語り切っている。戦争学上の諸概念、実際の実践、その具体例など、学ぶべきポイントを的確におさえてくれるので、この本から独習を深めていくことも容易なはず。

ただ、これも訳者が指摘していることだけれども、ここまで圧縮した結果として、論理の組み上げ方を通して逆に筆者の戦争観や戦略観がはっきりと浮かび上がってくるわけで、たとえば(「サイバー戦闘」は現実に行われているとしても)「サイバー戦争」という概念にやや懐疑的な姿勢を崩さないところなども、半世代くらい前の戦略思想なんじゃないかなと思ったり(筆者は長く戦史研究をされてきたらしいから、まあ当たり前と言えば当たり前か)。

とまれ、入門書としては分量的にも(2,3時間で読めてしまう)、内容的にも(系統だった記述で最後まで枝葉の議論に深入りしない)、文体的にも(こなれた訳文でやや読みやすすぎるくらい)、速習によいと思う。



「戦略の失敗」について、以下引用しておく。
どのような緻密で強力な戦略も、常に失敗の可能性に晒されてしまうのはたしかに「不確実性」のせいではあるが、その不確実性のなかでも最たるものを、筆者は最後に指摘している。

なぜ失敗したかを説明する精緻な理論や長ったらしいリストを専門家らは差し出すだろうが、軍事戦略の失敗する最大の理由は、抵抗を続けることが明らかに自己破滅的であるにもかかわらず、相手方が譲歩を拒むことにあるのである。抵抗を継続することにより、期待される利益を上回るまで紛争のコストを上昇させて敵内部に政治的分裂や幻滅を生じさせ、ことによると結局は敵の決意を削りきってしまうこともある。よって成功の鍵となる変数は相手方の抵抗の意志と、その意志の強さと、そしてその理由である。問題は、自らの長期的利益を台無しにすることなく、利用可能な資源と行動方針を持って、その意志を挫くか、あるいは説き伏せることができるかということである。時として、それは達成不可能である。

アントゥリオ・エチェヴァリア、前田祐司・訳『軍事戦略入門』p.146

「時として、それは達成不可能である」、これは戦史研究によって得られた経験則のようなものだろう。実際、いま世界で進行中の紛争も、この不可能性のはてに行われている。


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