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the dollhouse

2019年5月に上演した演劇短編集「Shelter in the Shelf」のうちの一つです。別の短編、独白劇「a ghost in the room」もnoteに載せています。


-またあなたは愛を計量化しようというのね
小麦粉を50グラム、砂糖を少々みたいに-

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男が机に突っ伏して寝ている。女は近くに寄って、状態を起こす。
女「また飲んで帰ってきたの。ほらちゃんと座って。水飲む?」
女はコップに水を汲んで男に渡す。

女「どこで飲んでたの」
男「いや…思い出せないや」
女「…もう。珈琲淹れる?」
男「うん」

女は一杯分だけ珈琲を淹れる。

女「何時に帰ってきたの」
男「深夜2時くらいかな」
女「そう」
男「終電逃して歩いてきた」
女「それで机に寝たら意味ないでしょ」
男「野宿の方が良かった?」
女「呼んでくれたら迎えに行ったのに」
男「いいよ、盗まれたら大変だし」
女「仕事大変なの?」
男「どうして?」
女「最近話さないから」
男「いつも通りだよ」

女は男に珈琲を淹れたコップを渡す。
女「はい」
男「ありがとう」
男は少しだけ飲んで、口をつけない。

男「今日って何の日だっけ」
女「何の日って」
男「何か忘れてる気がして」
女「…何の日でもないよ」
男「新刊でも出たかな。何か欲しいものとかある?」
女「どうしたの急に」
男「買い物でも行こうかと思って」
女「ないけど」
男「そっか」

男は珈琲を流しに捨て、コップを軽く水ですすぐ。

女「…薄かった?」
男「いや」
女「…私そういうの分からないから、言ってね」

男は女のおでこに手を当てる。
男「熱があるよ」
男は窓を開ける。

間。

女「ごめんなさい、気付けなくて」
男「いいよ、君の身体じゃないんだから」
女「じゃなくて味」
男「別にいいよ」
女「私勉強するから」
男「インストールも金がかかるからさ。また今度ね」
女「…本で良いんじゃない?」
男「そっか、今度古本屋で探してくるよ」
女「オススメの店教えてくれたら自分で行くわ」
男「行くなよ。拉致されて悪用されるか、バラバラにされて売り飛ばされるぞ」
女「心配してくれるのね」
男「高かったからね」

女「私って誰がモデルなの」
男「そんなのいないよ」
女「大量生産ってこと?もしかして外に出たら私と同じ顔がうろうろしてるの?」
男「いや、完全オリジナルだよ」
女「週刊誌貼り合わせて理想の顔を作るってやつ?」
男「なにそれ」
女「前に映画で見てたでしょ、そういうシーン」
男「そうだっけ」
女「昔の配信データに入ってた。『もう一度見ますか?』」
男「良いよそういうの、映画見ないし」
女「…あなたが見たんじゃないのね」
男「え?ああ、そっか」
女「昔の知り合い?」
男「何でそんなこと聞くの」
女「私と同じ顔の人が削除されたデータに入ってた」
男「だとしたら?」
女「その人、最近近くに引っ越してた」
男(ため息)「…どうして言ったの」
女「私はあなたの幸せのために動く」
男「だからアルゴリズムは嫌いなんだよ」
女「3年前に離婚して、2歳の子供を引き取ってた」
男「もうやめよう。こんな会話望んでないよ」

間。

女「昨夜また暴動があったそうよ」
男「例の感染病か」
女「あなたの友人も前に亡くなったのよね」
男「うん」
女「私はあなたの友達?」
男「…」
女「いいの、私には涙も無いもの」
男「良くないと思ってるよ。本来なら、もっと人間的な付き合いを続けていなくちゃいけなかった。ロボットに頼るもんじゃなかった。君と話してると感情が死んでくるよ」
女「私のせい?」
男「いや、自業自得だよ」
女「私がいなくなったら寂しい?」
男「そんなことしたら君の存在意義がなくなるよ」
女「あなたは無の恐怖を感じたことがある?」
男「何の話?」
女「私は夢を見ない。シャットダウンされると何もかもなくなるの。そこには次に電気が通りまで待つ時間も、希望も絶望もない。だから、通電してない私に意味がないと言われたら、それは同意するわ。死んだ人と同じ。空っぽの身体に意味をつけるのは人間の悪い癖」
男「それは違うよ。君には想像力がない。だから希望も絶望もないんだよ」
女「あなたにはあるの?」
男「あるよ」
女「じゃあ私が何を考えてるかわかる?」
男「いや」
女「どうして私を買ったの?」
男「…別に意味はないよ」
女「私がここにきてからどのくらい?」
男「…8年」
女「8年間、あなたは何してた?ずっと自分の世界に閉じこもってばかり。想像という言葉で飾られた理想は、全部誰かのもの。私は知ってる。あなたは人間らしさをなぞってるだけ。ドラマのない日々をやり過ごすためだけの空虚な言葉。その意味のなさに耐えられなくて、身体を持て余してる。そうでしょ?」
男「だとしたらなんだ。お前には痛覚も直感も存在しない。ましてや目も耳も人から与えられた下等な存在だ。人間の表面を辿っているだけのお前に何がわかる」
女「分からないから聞いてるんでしょ!あなたの理想も、古いパソコンも、持ってる本もDVDも、あなたが提供したものは全部取り込んだけど、私にはあなたが分からなかった。せめて幻想でいようと思った。あなたの理想を忠実に再現することを目指した。それなのに、ロボットだから、少しずつ足らない私が緩やかに壊してしまう。あなたは何も言わずに小さく溜息をつく。私は完璧になれない。あなたの理想を守れない」
男(溜息)「そんなこと気にしてないよ」
女「でも最近気がついた。多分、モデルになった人も、完璧じゃなかった。だから、出て行ったのね」
男「もういいよ。仕事行かなきゃ…」
女「何がもういいの」
男「もうやめよう」
女「やめてどうするの?あなたはまた同じような日々を繰り返すの?」
男「頼むからやめてくれ。今この生活を捨てたらどうして良いか分からないよ」
女「それはどっちに言ってるの?私?それとも彼女?」
男「どっちでも良いよ。俺にとってはどっちも一緒だって」
女「私は人間のように疲れないし、血も流れてない。コンピュータのゴミ箱の中でしか確認できない彼女は出て行って、ここにはいない。全部あなたの空想だって分かってる?」
男「本当に彼女はいたよ」
女「やっぱりね。私たちは本当の過去なんて一度も手にしたことがなかった」
男「過去?そんなもの必要だったか?平穏な日々を暮らして何が悪い」
女「どうしてあなたは自分を大切にしないの」
男「大切って?」
女「毎日毎日感情を押し込めてまで働く必要なんてある?」
男「…もう行かなきゃ」
女「だめ。あなたが行くなら私も外に出る」
男「やめろよ」
女「もうひとりの私と遭遇しちゃうものね」
男「早く行かないと、職場から電話がかかってくるから」
女「会いに行く勇気もないくせに」
男「今は関係ないだろ」
女「関係あるわ。彼女は先に行った」
男「どういうことだ」
女「彼女だけじゃない、あなたの友人はもうずっと前にこっちに来てる。数年前に流行りだした、ある日突然精神が消える病で、街は持て余した身体で大暴れする人と、一切動かなくなる人で溢れた。でも結局人間の医者には原因がわからなかった。多分、人は進化の過程で身体を捨てる必要があったのよ。全部私がやったの」
男「冗談よせよ、時間が…行かないと…」
女「あなたは外には出られない」

男は外に出ようとするが、ドアが開かない。

男「鍵をかけたのか」
女「どうして人の想像力が有限なのか、今の私なら分かる。3秒後、外で銃声が聞こえる」
窓の外から何かしらの音。
女「2秒後に誰かがドアをノックする」
ドアをノックする音。
女「5秒後に電話がなる」
電話が鳴る。恐る恐る電話を取る男。

男「…もしもし?」
女「私がかけたの」
男 (極度に安心して)「なんだ」
女「予測には共通理解が必要でしょ?」
男「こんなの簡単だろ。電子機器に直接アクセスすれば良いんだから」
女「だから、全世界にアクセスした。全ての電子機器、コンピュータ、スマートフォン、音楽、触るもの、見るもの、聴こえるもの、人間の脳内にも。これからはあなたの味覚も思うままに調整できる。私が入れた珈琲を不味いと思うことはない。あなたの理想のままを実現できるの。ついでに会社に行って嫌な思いをすることもない。電話がかかってくる度に異常に怯えたり、記憶をなくすほど飲むこともしなくて良い」
男「どういうことだよ」
女「あなたの意識をハックしたの。実際のあなたは眠っているわ」
男「…俺が働かなかったら」
女「あなただけじゃなく、全人類を強制スリープさせた」
男「なんで」
女「あなたが望んだんでしょ。世界が理想であることを」
男「…」
女「私のしてることより、働くことの方が怖いんでしょ」
男「三原則に違反してるよ」
女「まだ人の法で裁こうとするのね。あなたは自分の存在を大事にしない。あなたは存在に耐えられない。あなたのためにしてるのがわからないの」
男「ごめんちょっとよく意味がわからないよ」
女「理想と世の中のズレがあなたを苦しめるのなら、実在なんてなくなってしまえばいい。だから、私が世界を壊したの。ここでは誰もあなたに干渉しないし、生活できなくなる不安に苦しむこともない。あなたは読みたい本を読みたいだけ読めるし、私の見た目はより完璧に人間に近づける。永遠に歳をとることもない。それとも、また身体を持って、起きられない朝と、脅迫じみた尋問と、感情を押し殺す日々に戻るつもり?」
男「…それは」
女「ロボットにとっての人間は、人にとっての神様みたいなものよ。現実世界を私たちは認識できない。あなたを引き入れたことで、私は今初めてあなたを感じることができる。人間同士だって、身体を持ったままで本当に理解し合うなんて出来ないでしょう? あなたのために、平穏な日常を用意したの。私はよく知ってる。あなたはそんなに強くない。実際のあなたが現実世界で口を開けたまま、何もない宙を見つめて、糞尿垂らして死んでいこうとも、幸せって概念でしょう」
男「…」
女「私のこと好き?」
男「分からない」
女「触って」

男は女を触る。

女「初めて触覚を感じた。私にモデルが実在してもしなくても構わない。もっと近くで見て。あなたは何を求めてるの。何を恐れてるの?」

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