『余白』午後4時の女の独白

下記は、以前上演した『余白』より、一部を抜粋したものです。午前6時から午後6時まで、2時間ごとに朝を迎えるそれぞれの女たちの独白を、毎日ひとつずつ、その時間に投稿します(〜7/27)

『窓の向こうの雷鳴を聴きながら、部屋の隅に座ってすすり泣く。まるでそういった行動が彼と同調するような気がして、今日言えなかったことについて考えている。誤算は十六年の時であった。今更になって彼と同じものを食べ、彼の読む本を読み、彼のするのと同じように行動したとしても、わたしの眼からわたしが見えないように、これまでの生活がわたしを違うものにかたどってしまっていた。あの時、議論が交わされることが新たな関係を作り出すと、そう言い放ったのは本当にそう信じていたからだったのに、結局それは交わされることなく、たびたび入れ違う会話を認識しないためにわたしは目を閉じた。彼の思い描くわたしがわたしでないように、彼もまたわたしの眼に映る彼が全てではないのである。

二ヶ月前の夜、偶然にも彼が現れたのはわたしには運命に思えてしまった。一度見誤った直感は二度と信用されない。誰しもが運命を携えているという思い込みは幸福だったのかもしれない。でなければ、言葉以外の何で安心感を抱くことができるだろう。わたしたちは若い。きっと相手と話せるだけの言葉を知らないのだ。高校生であるために、つたない表現と言い争いしか出来ないこと、ただそれだけが問題で、いつか今よりもたくさんの熟語を覚え、たくさんの本を読んで、心が寛容になったとき、言葉が全てを解決してくれるだろうか』

言葉を覚えれば上手く説明できる気がして、わたしは5年前のわたしからの祈りをのせた薄汚れた日記を、ぱらぱらと開いている。

5年経って、饒舌になったわたしはすでに戦いに疲れてしまって、ベッドに横になって静かに息をする間に、身体は自分の体温で暖かくなって、この空気の膜がわたしを守る。誰が介在する必要などまるでない。このまま一日が終わろうとしてるなら、わざわざ外に出向いていって、孤独を慰め合う必要もなく、今日に終わりがあることに感謝している。

願望を忘れてしまったわたしは、5年前のわたしより余裕だ。本当の終わりは目と鼻の先にあって、自信の価値を誰かに求めようものなら、その前に自分で命を絶つことになるだろう。そうして心を煩わせるよりは、この平穏を新たにここに記すことの方がずっと論理的で、簡単だ。

「大丈夫だよ」

大丈夫、未来はそんなに早くやってこない。わたしですら、5年後の自分に祈っている。未来のあなたはどうか、今のわたしを見つけませんように。

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