見出し画像

郵便局の駐車場に着くと、一人の女性が道路脇にうずくまっていた。

頻繁に車が出入りする駐車場の 入り口にだ。何台もの車がクラクションを鳴らし、その度にその女性は ビクッとしては 申し訳なさそうにお辞儀をして移動していた。しかし、また同じ場所に戻るのだ。
「何してんだ?あんな所で…」
健二は ATMでお金を引き出した後も その女性のことが気になっていた。

「あの〜、どうしたんですか? そこ危ないですよ。」
うずくまっていた女性は、突然の声かけに かなり驚いて健二を見上げた。
彼女の手は 側溝の砂にまみれ、黒のタイツの膝は白く汚れていた。そして、目に困惑と涙があふれてた。
「ここに…。」
彼女が指差した先は、鉄の柵の蓋がされた側溝だった。覗き込んでみたら、そこに 光るものが見えた。
「これ、落としちゃって…取れなくて…」

鉄の柵の蓋は、男の力でもビクともしない。「困ったな。」健二は、とりあえず郵便局の人に 何か挟むものはないか探してもらった。その間も彼女は 小枝を使ってそれを取ろうとしていた。そして、そんな彼女を通りすがりながらも 怪訝な目で見るだけの人が沢山いた。
「なんだよっ、みんな助けてやんないのかよ」と思いつつ、健二は自分の車中になにかないか探した。

しばらくして健二は女性のもとに駆け寄った。
「これ!これ使って 取れるかも!」
それは釣竿だった。つい先日、友達と釣りに行ったときの道具が まだ車に置いてあったのだ。
「これ、メバル用の針なんっすけど、これでひっかけて釣り上げましょうよ!」
「わあっ、取れるかもしれないです!ありがとうございます!」
女性は、新たなアイテムに 目を輝かせた。
柵の隙間から針とおもりの付いた釣り糸が、少しづつ 彼女の光るものに近づいていく…「もうすぐだ…」二人は その一瞬希望に満ち溢れてた。そのとき…

「おーい!これなんてどうだ?」

郵便局員が、何かを持ってきた。長い持ち手の先が細かいものを掴めるようになってる。一体それの本当の用途はなんだ?と思うほど想像つかない”そいつ”は、この状況には 最強の道具だと 健二と女性は瞬時に悟った。

”そいつ”は 期待を裏切らない働きっぷりで、するりと彼女の光るものを挟み上げた。
「ありがとうございます!」泣きそうな顔で女性が言うと、健二も郵便局員に「ありがとうございます!」とお礼を言ってしまった。

我に返った健二は、急にその場を立ち去りたくなった。
「本当に、いろいろありがとうございます。お礼をしたいので お名前と住所を…」
女性が その物の泥を拭いながら言った。それは 皮と金属でできたブレスレットだった。こんなに汚い泥にまみれてても、素手で綺麗にしようとするなんて、相当大切な物なんだろう。
それでも、健二は「いえいえ、本当にいいので。」と離れようとした。
なぜなら、スーツをまとい釣竿を持って、街の駐車場に居る自分があまりにも滑稽で、恥ずかしくなったのだ。
「本当に助かったので、せめてお礼をさせてください。」
もうだめだ、耐えられない。
「いや、本当に良かったですね!じゃ今度、誰か困ってたらあなたが助けてあげてください。それでいいです。」

車に走り戻って運転席に座った時、健二は自分のスーツパンツの膝が白くなってるのに気づいた。
「あははっ、おれも膝 真っ白じゃないか。」

手のひらで 膝を何度かはらい 健二は仕事に戻った。

#小説 #駐車場 #ショートストーリー #短編小説

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?