「僕もヒーローになりたい」 1型糖尿病患者・本間太希さんが挑戦する“日本一周自転車の旅”
「え、糖尿病?まさか、痩せているのに。しかも“1型”って何なんだ?でもどうやらこの先、生涯にわたってインスリン注射が欠かせなくなったようだ…」
生活習慣病のイメージで知られる糖尿病(=2型糖尿病)と同じ名前でありながら、発症のメカニズムが異なり、主に免疫の異常で、それまで健康に過ごしていた人でも、突然症状が現れることがある「1型糖尿病」。
去年この病気になり、ショックで一時はうつ状態に陥った男性が、孤独のなかでよりどころにしたのは「SNSでの発信」だった。
弱い自分もありのままさらけ出して語る――
その姿は、次第に多くの人の心を動かすようになっていき、また彼自身も、SNSでの反応を通して大勢の人に支えられていることに気付く。
いつしかこうしたつながりが、かけがえのないものになり、彼は「ある大きな挑戦」について思いを巡らすようになった。
それは、約5か月間にわたる「日本一周・自転車一人旅」だ。
「応援してくれる仲間と実際に会ってつながりを作りたい」
「1型糖尿病以外の人にもこの病気を正しく知ってもらいたい」
こうした思いを胸に、SNSで集まった大きな応援を追い風にして、全国各地の出会いに向けてペダルを漕ぎ始める。
新潟市に住む本間太希さん(26)。
6月初め、この自転車旅に出発する予定だ。
まず、地元の新潟をスタートしてまっすぐ北上。日本海側のルートを進み、東北を通って北海道に向かう。
その後は太平洋側を南下して、関東、関西、四国や九州などを経由。そして10月末に新潟市に戻る計画だ。
かなりの走行距離になる。梅雨時期も夏場もある。
しかも本間さんは、この旅を始める1年3か月前に、1型糖尿病を発症したばかりだ。
この病気になると、生きていくために必須のホルモン「インスリン」が体内で分泌されなくなってしまう。
それを補うため、血糖値を下げるための注射を1日に何度も打ちながら生活を送っている。
適切に血糖値をコントロールするためには、定期的な通院と厳密な治療が必要で、このインスリンの補充は1日たりとも欠かすことはできない。
そのため、長期の自転車旅を実現させるためには、いくつものハードルをクリアしなければならない。
まず彼は、主治医に相談して全国各地の病院に紹介状を書いてもらい、1か月に1回通院してインスリンを処方してもらうことにした。
また緊急時に備え、24時間連絡がとれる相談口も確保するなど、これまで入念な準備を進めてきた。
旅費については切り詰めた金額を設定し、自己資金に加えてクラウドファンディングなどで資金調達も実施。
旅の間は、普段は自分で制作しているSNS動画を外注することに決めており、もし目標額を超えたら、その分、配信数を増やす予定だ。
この旅の目的は、第一に、この病気を1人で抱えて苦しんでいる各地の患者たちと交流し、SNSにとどまらずリアルの世界でも互いにつながりを持てるようにすること。
第二に、1型糖尿病ではない人たちにも、過食や運動不足といった生活習慣とは関係なく発症する糖尿病があるのだと正しく知ってもらうこと。
そのために、この自転車旅に挑戦する自分の姿を、エンターテイメント感のあるドキュメンタリーとしてYouTubeなどで発信し続け、人々に関心を持ってもらおうという考えだ。
今からさかのぼること6か月――
かねてから彼のSNSでの発信力の高さに注目していた私は、その活動の原点について詳しく話を聞かせてもらおうと取材を申し込み、去年12月に新潟市を訪ねた。
本間さんがこの自転車の旅を計画し始めた頃だ。
「はじめまして、本間です!」と、よく通る声で待ち合わせの場所に現れた青年は、見た目には健康そのもの。
スポーツ選手のような雰囲気も感じさせ、私には彼が病気であるとは思えないほどだった。
――1型糖尿病は見た目ではわからないのだ。
「どうやって生きていけばいんだろう」
本間さんは病気が判明して半年が経った頃、YouTubeに1本の動画を公開した。
医師から病名を告げられてショックで頭の中が真っ白になったこと、人生が嫌になったこと、その後、ある心境の変化が訪れたことを語っている。
患者目線の率直な気持ちを語るこの動画は話題になった。
YouTubeでの配信を始めて間もない時期にもかかわらず、公開後2週間で再生回数は100万回を超え、登録者数もチャンネルを立ち上げてわずか1か月で1万人以上になった。
「1日に何回注射を打つか」をテーマにしたこのTikTok動画も、これまでに500万回以上再生された。
コメント欄には「周りに同じ病気の人がいないので勇気づけられました」「ほかの方の気持ちを知ることはすごく励みになります」「この病気のことを発信してくれてありがとう」といった、他の患者や家族からの言葉がたくさん並んだ。
また患者以外の人たちからも「壁を乗り越えて明るく話せていて勇気をもらえます」「心の強さを尊敬します」というコメントに加え、
「1型糖尿病のことを初めて知りました」という声も寄せられた。
あまり知られていない病気
国内での患者数はおよそ10万人から14万人。
人口のおよそ1000人に1人といわれており、1型の患者が糖尿病全体に占める割合は数%とされている。
人数が少ないことに加え、1型糖尿病は主に“免疫の異常”が原因で発症する病気であるにも関わらず、 糖尿病という病名により、過食や運動不足といった生活習慣病のイメージで見られることを心配し、周囲に病気のことを言えずに過ごしている患者も多い。
国内での認知は低いのが現状だ。
1日数回の注射が欠かせない
1型糖尿病は、子供を中心にどの年代でも発症する可能性があるが、なぜそうした免疫異常が起きるのかはわかっていない。
発症するとどんな生活になるのか――
この病気になると、生きるために必須のホルモン「インスリン」を作っている膵臓内の細胞が破壊されてしまい、ほとんど、あるいは全く分泌されなくなってしまう。
インスリンには食事などで取り込んだ血液中の糖(=エネルギー源)を細胞に送り込む役割があるが、このホルモンが分泌されなくなると、栄養をエネルギーとして使えなくなり、また血管の中には糖があふれて「高血糖」になってしまう。
この状態が続くと、将来的には、神経障害や網膜症による失明、また腎不全などの合併症が起きるおそれがある。
研究は進められているが、現在の医療では、膵臓や膵島(膵臓内のインスリンを分泌する組織)の移植以外には、根治する方法はないとされている。
そのため1型糖尿病の基本的な治療では、2型糖尿病での食事療法や運動療法とは異なり、注射などで1日に何度もインスリンを補って、生涯にわたって血糖値をコントロールし続ける必要がある。
この病気の患者たちは、飲食するたびに、針で体に取り付けたセンサーや指先から血を採って測定する機器で血糖値を確認したうえで、これから食べるものなどの糖質量に応じたインスリンの量を計算して注射などで補充する。
またこれとは別に、1日程度効果が続くタイプのインスリンも補う。
もしこのインスリンの量が多すぎた時や、その後の運動量の計算が合わなかった時などは、突然「低血糖」状態に陥り、手足の震えや頭痛が起きたり、ひどい場合には意識を失ったりけいれんを起こすなど、命の危険にもつながる。
また何らかの事情でインスリンの補充ができなくなると、血液は酸性に傾き、その状態が悪化すると呼吸困難や昏睡に陥るなど、この場合もまた命に関わる状態になる。
血糖値を適切に保つことができれば、1型糖尿病になっても通常と変わらない生活を送ることができる。
社会では医師や看護師、プロスポーツ選手など、幅広い分野で活躍する人たちがいる。
その一方で、血糖値のコントロールにあたっては厳密な治療が必要で、患者は学校でも職場でも、それがたとえ災害などの非常時であっても、1日たりともインスリンの補充を欠かすことはできないのだ。
“コントロールが難しい”
本間さんは、緊急入院してから2週間後に退院したが、サポートがない日々に突入し、一日中何をするのも不安だったという。
入院していた時とは違い、日常生活で食事の内容やタイミングなどさまざまな条件も変わったことで、血糖値を安定させることが「極めて」難しかったという。
血糖値は、ストレスやその日の体調に加え、歩行などを含む日常的な行動によっても影響も受けるため、できる限り正常に近い値を長期間維持するには困難を伴う。
経営していた店を閉めることに
当時彼は、新潟市の中心部でカフェのオーナーとして働いていたが、復帰した職場でも何度も低血糖に陥った。
大学在学中に努力して立ち上げ、卒業してからも経営を続けていた店だったが、悩んだ末に、続けることを諦めた。
このカフェの経営をきっかけに仕事の面白さに目覚め、これからもっと活躍の場の幅を広げていきたいと、希望を抱いた矢先の出来事だった。
仕事を辞めて泣き続けた日々
こうして自宅で血糖コントロールに専念する生活に切り替えたものの、それでも思うように数値を安定させることができない。毎日毎日、試行錯誤を繰り返す。
そうしたなか、徐々に周囲の人たちから「みんな大変だけど頑張っているのに」とか「そんなことでは社会で通用しない」と言われるようになった。
こうした言葉を聞くうちに、本間さんは次第に人と話すのが怖くなった。家に籠もって泣き続ける日々が続き、ついにうつ状態に陥ったという。
久しぶりの外出と“太陽の光”
苦しい状況で、もがき続ける日々。
しかしある日、本間さんの様子を知った友人が「自転車を貸してあげるから外に出てみないか」と誘ってきた。
思い切って外に出て、自転車で走った本間さん。
久しぶりに浴びた太陽の光は気持ちよく、走り進んで自然の中に入った時、不思議といつもの動悸が和らぐ感覚があったという。
この時をきっかけに少しずつ外に出られるようになり、動悸から来るストレスが減ったことも関係したのか、一時よりは血糖値も安定するようになっていった。
“届きはじめた患者たちの声”
そしてこの時期に届いたあるメッセージが、本間さんの心を大きく動かした。
それはある母親からの『注射を打つのが嫌いだった小学生の息子が、太希さんの動画で打つことに前向きになってくれました』という言葉だった。
この時をきっかけに、本間さんは本格的にSNSで自らの経験を発信していこうと決意する。
「等身大の自分を見せる」
本間さんは、YouTubeやTikTok、インスタグラム、ツイッターといくつものSNSを使っている。
テンポの良い動画に明るい音楽や笑いを盛り込み、この病気を知らない人にも楽しく見てもらえるよう工夫を凝らしている。ライブ配信では、視聴者からの質問を時間いっぱい受け付ける。
こうした発信で心がけているのは「等身大の自分を見せること」。
「病気になった人の新しい働き方を」
私が1型糖尿病の取材を進めるなかで、いつも気になっていることを本間さんに尋ねてみた。
SNSでよく交わされる「一生かかり続ける医療費が不安」という点について、どう思っているのだろうか。
本間さんの場合、現在の月々の医療費はおよそ1万5000円から2万円で、生涯医療費は1500万円くらいになるのではないかと心配している。
現在の国の制度では、1型糖尿病の患者が医療費の支援を受けられるのは「小児慢性特定疾病」が適用される20歳未満までで、その後はこれにかわる特別な公的助成制度はなくなり、通常の3割の自己負担になる。
また1型糖尿病は、医療費の助成が受けられる「指定難病」の対象にはなっていない。
しかし、インスリン治療に関わる費用は生涯にわたってかかり続けるため、患者たちからは、大きな負担を強いられることへの不安の声が多く上がっている。
研究者による調査でも、多くの患者が「生涯にわたる公的補助」を求めているという結果が示されている。
本間さんはこの病気になって仕事を失ったが、SNSを見た人たちから少しずつ新たな仕事の依頼が入るようになった。
現在はウェブデザインや動画編集などの業務をフリーランスとして手掛けており、また少しでも将来の医療費の不安を解消したいとの思いから、YouTubeでの動画再生・配信で収益が得られる仕組みも利用して、生計を立てている。
「実際に会いたい、つながりを作りたい!」
来月から日本一周の旅に出発する本間さん。
冬にインタビューをした頃から、その思いを口にしていた。
そういう時でも、この気持ちは同じ病気の人たちであれば絶対分かり合えるだろう、きっとみんなもそう思っているはずだと、本間さんは確信している。
この旅はハードルが高く、たくさんの困難があったとしても、もし本当に成し遂げることができたら、この病気になってもできないことはないと示せるのではないかと、力強く語る。
1年前、たった1人、部屋で毎日泣き続けていた青年は、今では自分のなかにある大きな力を信じている。
悩みながら、立ち止まりながら――
それでももっともっと力をつけて、みんなのためにできることを増やしたい。そう話す本間さんの表情は、私にはいっそう輝いて見えた。
「やっぱり男の子なら、一度はヒーローになりたい。“できないことはないんだよ”って、誰かに夢を与える存在になりたいんです」
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