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書くことで救われている

先日、どうしようもない自分のことを書いた。

夜中、眠れなくて、思いをそのまま綴った。
書き始めたときは「こんなん書いてどうするんやろ」と思っていた。
着地をどこにするか決めずに書き始めたからだ。
でも、書かずにはいられなかった。

途中まで書いて、気持ちが落ち着いてくるのがわかった。
書く前は「どうしようもない自分を吐露してみよう」と思っていたのに、書き出すことで、自分を客観的に見ることができるようになった。

頭の中だけで考えていると、事実をゆがめてしまったり、自分の感情が先に来てしまって、どうも客観的に見れない。
けれど、事実をそのまま文章にしてアウトプットしていくと、「自分じゃない他の人の話」というように読めてくるのだ。

そうして、自分で書いた文章なのだが「なんだこの人、こんなに頑張ってるじゃないか。この人ならきっと大丈夫なんじゃない?」という気持ちになってきた。

この感覚は、昔にもあった。
学生時代、悶々と悩んだ時はとにかく書いていた。
思いのままにつらつら書いて、書いては自分で読み直していた。
「私、こんなこと考えてたんだ」と自分の気持ちが整理できてきたし、「この人にどんなアドバイスをしたらいいだろう?」と他者視点で見て、自分で自分を励ましていた。

忘れていた。私は書くことで、私を救ってきたんだ。


noteに書いているのは、「誰かに聞いてほしいな」という気持ちが大きい。
こういう場があって良かったなぁと思う。
コメントしてくださったり、「スキ」してくださったり。

うん、私はきっと大丈夫って思う。
これからも、書いていこう。

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