【時事】緊急事態条項 情報整理
今年は憲法に関して、重要な節目になる年だと思っています。岸田総理は就任当初から幾度も憲法改正に言及しており、憲法審査会も定例化、過去最多の審査会を開催しています。そこで今回は、デマがあまりに跋扈している「緊急事態条項」について書いていきたいと思います。
2023年の年末に出たニュースがこちら。2024年は岸田総理の任期満了の時期なので、いよいよ動きがあると思われます。
デマ画像もネットでは蔓延しています。主に反ワクチンの方々と、憲法改正に反対する方々が流しておられるようですね。
まあ、上記の画像はあまりに現実と乖離していますし「過剰に煽りたがる扇動家」らしさが満載なので、そんなに引っかかる人がいるとは考えにくいのですが…。まあ、一定数いるんですよね…。
では、検証をしていきましょう。ただし、これは弁護士さんや憲法学者の間でも意見が分かれる話なので、私の記事以外も幅広く情報収集して、皆さんの個人個人の「正解」を見つけて、ご判断いただければと思います。
よって、今回の記事は、いつもの「事実の羅列」ではなく私見が多く含まれるものとお考え下さい。また、例のごとく誤字脱字、事実誤認や解釈の誤りなどのご指摘は歓迎いたします。
01. 緊急事態条項の内容確認
01-1. そもそも緊急事態条項とは?
戦争・恐慌・大規模な災害、近年ならパンデミックといった緊急に対策を打たなければいけない事態において、政府などの国家権力に与えられる平時の憲法の枠組みを超える権限を「国家緊急権」といいます。国家緊急権に関する憲法上の規定が掲題の「緊急事態条項」です。
一時的に「権力分立や一定の人権を制限しながら、迅速に非常事態の収拾を図る」という規定なので、ファシズム的な「国家権力が個人の自由を奪う」をイメージする方が多いんだと思います。
01-2. 大日本帝国憲法から日本国憲法へ
かつては日本にも緊急事態条項があったのです。大日本帝国憲法時代ですが、議会閉会中に緊急の必要がある場合に天皇が法律に代わるものとして命令を出す緊急勅令、行政権や司法権の一部を軍隊に移す戒厳、戦争や事変の際に天皇が国民の権利を制限できるとした非常大権などがありました。
緊急事態条項が功を奏した例。
大正時代、関東大震災で東京は様々な機能が壊滅し、議会を招集することが困難でした。が、そのときに役に立ったのが緊急勅令と緊急財政処分です。当時の内閣は、被災者の食糧援助、物価高騰の抑制、債権の支払い猶予、一時的な課税の免除、臨時物資供給のための特別の会計など、様々な緊急措置を緊急命令と緊急財政処分によって次々と実施させました。人々の生活や経済を立て直すために、待ったなしで遂行できるプランを即実行したのです。今年は元日から能登半島で地震があり、南海トラフ地震もいつ起きるかわからない状況なので、イメージはしやすいと思います。なお、これらの命令は後日、ちゃんと帝国議会で承認されています。
緊急事態条項がマイナスに働いた例。
昭和初期、国会に「治安維持法」の改正案が提出され、審議未了で廃案となったのですが、当時の内閣は「緊急勅令」を使ってこれを強引に成立させました。最高刑が死刑に引き上げられたほか、規制対象も広がり、言論の自由や思想信条の自由などを弾圧する強力な手段として使われるようになりました。
緊急事態条項が廃止されたのは日本の敗戦後。連合国総司令部(GHQ)指令によって廃止になり、そこで生まれたのが現在の日本国憲法です。
01-3. 外国は緊急事態条項あるの?
これは「国立国会図書館調査及び立法考査局 諸外国の憲法における 緊急事態条項」のPDFから抜粋。まあ、白黒で分かりづらかったのでExcel出力してカラーリングしました。2023年9月時点の書類です。
2013年時点で、世界の93.2%の国は「緊急事態条項がある」という資料があります。(衆議院「緊急事態」等に関する論点説明資料)また、昨年4月にも新藤義孝議員がFNN Primeでこんな発言をしておられます。
G7(日本、米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ)の中で憲法に緊急事態条項を定めているのは、実は少なかったりします。
G7で緊急事態条項がある国:ドイツ、フランス、イタリア
G7で緊急事態条項がない国:日本、米国、英国、カナダ
なお、フランス、ドイツ、アメリカの詳細については、国立国会図書館調査及び立法考査局の資料「米国・フランス・ドイツ各国憲法の軍関係規定及び緊急事態条項」に詳しい記載がありますので、興味のある方はご一読を。
02. 現行法で対応可能か?(災害・疫病等)
憲法改正反対派のリーフレットなどで必ずといっていいほど出てくるのが「緊急事態条項などなくても、現行法規で対応可能だから不必要」という論調です。本当にそうなのか確認していきましょう。
02-1. 災害対策基本法
これを述べておられるサイトは多いです。が、必ず緊急事態条項反対派の方々の広報には「大事なことはいざという時に備えておくことです」という形の文章が記載されています。災害対策基本法は「予防・防災」「応急」「復興」という形でフェーズごとに細かく規定がありますが「予防・防災」がいかに万全を期していても、必ずイレギュラーが起きる。災害が起きるたびに「あのとき、こうすればよかった」「この要素が救助を妨げた」「想定外の事が起きて対応できなかった」といった教訓が毎回生じます。これを生かして、災害対策基本法は「毎年改定されている」のが実情です。
上記が今回話題になった「特定非常災害指定」と「激甚災害指定」と思われます。これは「行政手続きを緩和してくれる」と「経済援助を国がやってくれる」ですが、例えば人の移動や車の移動を制限したり、医療関連のヘルプを出したりなどは網羅できてないように思います。「特定非常災害指定」と「激甚災害指定」につきましては、私の前回の記事参照。
昭和53年制定の大規模地震対策特別措置法についても記載がありますが、これは「大規模地震」を想定したもので、その他の災害(豪雨、土砂災害、津波など)に適用できるものではないのでは?
個人的には「地震以外の場合は、その特措法で災害処理を円滑に進めることは出来ない」と考えます。その場合は、結局法整備が必要。急を要す事態が生じた場合に対応できないと思います。
02-2. 新型インフルエンザ等対策特別措置法
これは元々はコロナではなく、平成24年のMARS流行の際にできた特措法です。あの時も国全体が恐怖におののいてましたね。私も風邪ひいてお医者さんにかかったのですが、海外渡航歴や直近の行動などを事細かに聞かれた記憶があります。
ここで、不勉強な私が少し調べたのが「インフルエンザってそもそも何なの?」って事。NID国立感染症研究所の記載によると「インフルエンザウイルスを病原とする気道感染症」との事。
これはパンデミック全般に対する法整備じゃないのだろうと解釈。例えば梅毒のような性感染症はインフルエンザとは別物。ノロウイルスや大腸菌などの食中毒もあります。呼吸器系以外のこれでは他の病気の蔓延そのものを食い止めることは出来ないのではないでしょうか?
緊急事態条項で対応するレベルの感染症が今後どのくらいの確率で起きるのかは未知数ですが、特措法だと遅い事態も想定されますよね。
02-3. 衆議院の任期満了時に緊急事態が起きた場合
これは読売新聞の記事が非常にわかりやすかったです。
POINTのみ抜粋します。70日間って結構あっという間ですよね。
02-4. 選挙への余波
小選挙区の場合は「当該被災地」以外の選挙に影響は出ません。が、比例区はどうでしょうか?比例区は選挙制度が成り立たない。これは衆院憲法審査会長を務めた保岡興治元法相(2019年没)が調べたものです。
盲点でした。こんな想定した事もなかったんですが、言われてみれば確かにそうですね。両議院、任期満了は憲法で定められている訳なので、ここの道筋を決めておかないと国会は機能不全に陥ると考えます。
02-5. 過去の事例から
これを見たら「遅い」ってなりますよね?「緊急事態条項は要らない」という方が多数派だと、ここは改善されないのです。特措法で応急処置的に対応じゃなく「意思決定の速度を上げて、比較的強引に物事を推し進める必要」はあると私は考えます。
03. 現行法で対応可能か?(テロ・戦争)
※基本的に自民党の緊急事態条項は災害想定です。が、おそらくここも懸念されていると思うので、少し調べてみましたが、この章は、ぶっちゃけ「読み飛ばして頂いても全然問題ない」です。
テロや有事対策の関連法案いくつか検証。一部は「そもそも関係ないやん」ですが、国内テロや有事に対応できそうなイメージの法案名なので「いざという時に対応できるような法案じゃないんだよ」という意味を含めて、誤解が生じないよう念のため掲載しました。(というか思いつくまま調べた)
03-1. テロ等準備罪
テロ等準備罪は安倍政権下で成立した法案で、皆さんも比較的記憶に新しいところかと思います。❶組織的犯罪集団が❷重大な犯罪を計画し❸その計画を実行するために準備行為をした場合「テロ等準備罪」に該当します。実際に犯罪が実行される前に検挙することが可能なので、被害の発生を未然に防止することができる法案ですね。「居酒屋で冗談で犯罪の話をしただけで捕まる危険な法案だ!」とか騒いでいたメンツが多かったですよね。摘発が難しい法案ですし、なおかつ「現在進行形のテロ」対象ではないです。
03-2. 事態対処法
事態対処法は、正式には「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」と言います。有事法制全体の基本的な枠組みを示した法律です。一定程度有効とは思いますが、実は落とし穴があります。まず、これは我が国が存立危機事態なった場合を想定されております。存立危機事態とは「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」です。我が国に対する直接侵略および間接侵略が発生していない場合でも防衛出動による対処が可能。どこからどこまでが存立危機に該当するのかはよくわかりませんでした。ですが、これは政府が対処方針を策定する理由を明示することが義務付けられることになっています。1分1秒を争うような事態だと機能するのでしょうか?
03-3. 平和安全法制
これもみなさんの記憶に新しいところではないでしょうか?安倍政権時、官邸前で毎週のようにデモが行われたり、SEALDsが騒いでたりしていましたね。個人的には、近年の日本で最も人権侵害を受けた人が安倍元総理だと考えています。あんなの恐怖でしかないですよね…。閑話休題、これはどういった法案なのか?を確認。
平和安全法制概要
❶ 国連PKOや、その他国際的な平和協力活動への幅広い参加が可能
❷ 我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態や、国際社会の平和及び安全を脅かす事態において、他国軍隊に対する支援活動が可能
❸ 我が国による武力の行使が容認されるのは「新三要件」(下記に記載)という厳格な要件が満たされる場合に限られる。
新三要件
❶ 我が国に対する武力攻撃が発生、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある
❷脅威を排除し、日本の存立を全うし、国民を守るために他に手段がない
❸必要最小限度の実力行使にとどまる
これに関しては官邸サイトに詳しく記載があります。
これが合憲か違憲かでかなり紛糾していましたよね。9条に抵触しないか、平和憲法なのにこれを盛り込んでいいのか、等。この問題は弁護士連などは今でも違憲だとWEBに掲載されていますし、そういう解釈だと思います。実際の有事の際に発動した場合、一刻を争う事態の最中に、間違いなくこの問題は蒸し返されます。
自国を守る法案に対して「合憲か違憲か」もめるのも馬鹿らしくないですか?緊急事態条項があれば合憲になるんです。
03-4. 国民保護法
正式には「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」といいます。武力攻撃等で、国民の生命、身体及び財産を保護し、国民生活等に及ぼす影響を最小にするためのもの。国・地方公共団体等の責務、避難・救援・武力攻撃災害への対処等の措置が規定されています。
国民保護法はシークエンスごとに色んなソリューションが記載されています。6項目ありますので、まずは確認。
❶ 警報の発令、避難の指示、避難住民の救援、消防等に関する措置
❷ 施設及び設備の応急の復旧に関する措置
❸ 保健衛生の確保及び社会秩序の維持に関する措置
❹ 運送及び通信に関する措置
❺ 国民の生活の安定に関する措置
❻ 被害の復旧に関する措置
三菱総研のコラムに、わかりやすい文章があったので引用します。ここに解決すべき課題が記載されています。
民間の船舶や車や航空機などは(当然、国の所有ではないので)強制的に運航を指示することは不可能です。ここは「避難遅れ」の人数に直結します。
個人的には「一定の強制力がある国が指示命令」は、緊急時においては有用だと考えます。
04. 与野党の緊急事態条項案
では、自民党はどのような形で緊急事態条項を策定しようとしているのかを確認してみましょう。
04-1. 岸田政権は過去の総理より改憲に前向き
就任当初から「任期満了までに改憲を」と発言しておられます。つい最近もニュースになっていましたね。過去にここまで具体的に期限を区切って改憲に言及した総理がいたでしょうか。
過去最多の憲法審査会を開催している現総理は、私が知りうる限り「最も具体的なスケジューリングとプランニングをしている」総理です。
04-2.自民党の緊急事態条項案
上記で少し触れましたが、テロや戦争などの有事ではなく「災害を想定したもの」ではあります。今現在、ブラッシュアップした最終稿が策定されているものと思います。今現在分かる範囲で、2022年の5月に出ている資料から抜粋します。
あと、これは18歳選挙権の特設サイトですけど、「18歳選挙 国に届け!」ってところの記載。ここにも緊急事態条項の条文イメージとして記載がありました。やはり大地震想定ですね。
順調に条文起草が進むことを期待しています。
おそらく、自民党の目標は「改憲を成功させる」を主軸にプランニングしているので、基本的に「かなり絞った案」です。後述の維新+国民民主+有志の会(無所属)の方が、実際はカバーするレンジが広い。また、期日の期限は入れた方がよい気もします。
04-3. 国民民主党・日本維新の会・有志の会
実はこちらの国民民主+日本維新の案の方が、自民党の災害対策草案より幅広いレンジで緊急時の国民保護を記載しています。災害のみならず、戦時想定までされていますからね。以下抜粋です。
こちらの取りまとめは「緊急事態の期間は最大6カ月で、延長を可能とする」とあります。
LGBT法案の時のように、自民+維新+国民民主+有志の会(無所属)でいい着地点を目指せれば最高かなと個人的には考えています。
04-4. 参政党
参政党が自民案に反対しているのは、おそらく「パンデミック時にワクチンを強制的に打たされたら」という点。反ワクチンならではというか…。
そして「自主憲法の制定」を掲げている点からですね。参政党は旧「日本のこころ」の自主憲法草案を叩き台にして、参政党の憲法草案を作ると言っておられた気がしますが。
進んでいるんでしょうか?自民の議席で70年以上、一文も変えられないのに、創憲はさらにハードル高いのですが…。
ちなみにこの叩き台の「日本のこころ」の草案には緊急事態条項はあるんですけどね。
05. メディアによる世論調査(2023上期)
発議がなされても、その後には「国民投票」が待っています。もし、国民投票で否決されてしまったら、改憲へのハードルは今以上に高くなってしまいます。慎重にタイミングを見極める必要があります。
下記の世論調査結果は「緊急事態条項」のみならず、9条や自衛隊明記なども含む調査なので「これで緊急事態条項は通る」という確信には至りませんが、参考までに。
共同通信社、読売新聞社、朝日新聞社、毎日新聞社、いずれも「改正する必要がある」の回答が上回っています。
06. 改憲に関して誤解が多い箇所
これは緊急事態条項のみならず、9条のデマも含めて少し紹介しておきますね。まあ、デマが本当に多いので。
06-1. 基本的人権が無くなる?
97条の削除が騒がれていますが、これは11条との重複を解消するためです。
自民党はこれに関して「現行憲法第11条と内容的に重複していると考えたため削除したものであり『人権が生まれながらにして当然に有するものである』ことを否定したものではありません」と回答。
また、自民党が出している、前述の「君に届け」に下記のような記載があります。大原則の「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」は変えない路線ですね。一時的に制限ってのは避難誘導やその際行動制限などを想定ですよね。
「処刑や拷問が可能になる」なんてのは論外なのでスキップします。今のところ、そんな条文ありません。出てきたら国民投票で賛同を得られるわけないですし。
06-2. 徴兵制が可能になる?
これも「そんな議論、全くなされていない」です。過去の草案にも微塵も出てきません。平和主義は継続されますし、被害妄想ではないかと。もし徴兵制を導入したい場合は、緊急事態条項とは別個で法案提出がなされるはずです。まあ、ありえないでしょうけどね。
また、徴兵制が違憲である根拠として第18条が挙げられます。
06-3. 選挙が永遠になくなり、独裁体制になる?
これも「そんな議論、全くなされていない」です。過去の草案にも微塵も出てきません。災害対策をテーマにしている訳なので、それに関連しない法体系は現状のまま維持されますよね。例えば、復興費用の捻出のために消費税率をあげる、なんてのは上記の草案からは考えにくい。
06-4. 侵略戦争が出来るようになる?
侵略戦争を禁止する憲法9条第1項は維持されます。第2項はいずれ議論の俎上に上がってくるものと思われます。
07. まとめ
私見も大いに含みます。ご了承ください。
・自民党は「現実的な落としどころに着地させる」政党です。
・人権や平和主義にはメスを入れないで、現状維持になる。
・日本国憲法は現在、平時を前提とした憲法。有事想定ではない。
・戦争、大規模災害、疫病等の際には現行憲法では不足がある
・草案が国民に告知されたら、国民投票。酷いものは通らない。
・徴兵制はデマ、独裁が可能になるのもデマ、侵略戦争もデマ。
・創憲は非現実的な夢物語。
・世論調査によると、改憲に賛成する人は意外と多い。
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