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【エンタメ小説】東海道五拾三次OLスキー珍道中 第3話 川崎

川崎

 品川から川崎へは、多摩川を渡る。
 かつて六郷《ろくごう》の渡しと呼ばれたところに掛かる橋を越えて、二人は川崎に入った。
「そろそろ、お昼にしたいわね」
「美味しいものでも、食べたいわ」

 さっきのお化け屋敷のショックが残っている二人。
 川崎名物でも食べて、回復したい。

 多摩川を渡ったところ、今のJR川崎駅の南側の辺りが、川崎宿の中心。
 かつてはここに万年屋《まんねんや》という店があり、旅人に奈良茶飯《ならちゃめし》を提供していたという。

 奈良茶飯とは、もともと奈良の東大寺や興福寺で食べられていた精進料理。
 栗、大豆、アワ、小豆などを混ぜた米を、お茶で炊いたものだ。
 十返舎一九の『東海道中膝栗毛』で、弥次喜多も食べた、川崎宿の名物である。
 万年屋はもうなくなってしまったが、ここのお茶屋では、名物の奈良茶飯を再現したものを、食することができた。

 シジミの味噌汁と奈良漬けと一緒に味わう。
「おいしくて、ほっこりするわ」
「私たち、江戸時代の人と同じものを食べているのね」
 と、ミケタマの二人も、しばし往時の旅人に思いを馳せる。

 腹ごしらえが済んだ二人は、旅を再開。
 さっきのお化け屋敷のショックも完全に癒えた。
 八丁畷《はっちょうなわて》の駅を越えれば、そこはもう横浜市内。

「横浜に入ったわよ。なんか、中華の匂いがしてきたわね」と、食いしん坊なミケコが言った。
「海風の匂いの間違いじゃないの?」とタマコは冷静である。
「海風に乗って、中華街の香りが運ばれてきたのよ」
「中国から海を渡ってきたのだわ」

 快調にスキーを飛ばして、生麦事件のあった辺りへと差し掛かる。
 生麦事件とは、江戸末期、この地で起きた殺傷事件。
 薩摩藩主の父、島津久光の行列に入り込んだイギリス人を、薩摩藩士が殺傷した出来事だ。

 その事件を、ロボットを使って再現したアトラクションが用意されていた。
 だが、史実とは違って、揉め事が起ころうとしたときに、川崎大師から弘法大師がやってきて、仲裁して、みんなで仲良く茶飯を食べるという筋書きになっている。

「せっかくだから、見ていかない?」
「そうね」
 もちろん、弥次喜多グループの社員である二人は、筋書きを知っているのだが、旅のついでに見ていってもいいかと思った。
 だが、ここにも一茶の策謀があったのである……!

 ミケタマが現場に着くと同時に、上演が始まった。
 街道を行く島津久光の一行。
 そこに前から馬に乗った四人のイギリス人。
 馬をおりるように命令する薩摩藩士だが、日本語のわからないイギリス人たちは、行列の中を突っ切っていこうとする。

 怒った薩摩藩士たちは、イギリス人を取り囲むと、一斉に刀を抜いた。
 予定では、ここで弘法大師が登場するはずなのだが。
「あれ、なんか様子がおかしくない?」と、ミケコ。
 薩摩藩士たちは、ミケタマの二人に刀を向けている。
「おかしいわね。バグったのかしら?」と、タマコ。

 そこにイギリス人四人も、ピストルを出して、二人に銃口を向けた。
「そこのおなご二人、覚悟せい!」と、ロボット薩摩藩士が二人に向かって怒鳴った。
「おなご二人って、私たちのこと!?」
「いったいどうしちゃったっていうの!?」
「問答無用、チェストー!」
「きゃああ!」
 一斉に二人に襲いかかるロボットたち。

 そうなのだ。
 これも一茶の策略なのである。
 お化け屋敷では失敗した彼は、ミケタマがゆっくり奈良茶飯を食べている間に先回りして待っていた。

「むほほ、坊っちゃん。その格好、似合いますな」と、鱒之助。「そのまま本物の僧侶として生きていけそうですぞ」
 一茶はスキーウェアから着替えて、弘法大師に扮していた。
「何を言うか、爺よ。僕はこれからミケタマの二人を嫁にするのだ。僧侶などやっていられるか」

「最近のお坊さんは、結婚もすれば肉も食べまするぞ」
「ふん、そんな生臭坊主は、僕は認めん。今から、僧侶の見本を見せてくれよう」
 意外とノリノリの一茶である。
 筋書きでは、ここで弘法大師に扮した一茶が登場して、ミケタマの二人を助け出す。
 窮地を救ってもらった二人は、一茶に恋に落ちる。
 とまあ、こんな具合であった。

 が、しかし……。
「お嬢さん方、今、私が助けて進ぜます!」と、陰に隠れて様子を伺っていた一茶が出て行こうとした、そのとき。
 シュパパパパッ!
 モワモワモワ〜!
 何かが飛んできて、ロボットたちに突き刺さった。

 倒れる薩摩藩士とイギリス人。
 と、同時に、モクモクと白い煙が辺りに立ち込めた。
「何なの、一体!?」とミケコ。
「早く逃げましょう!」とタマコ。
 何が起きたのか良く分からないが、とにかくこの期乗じて脱出する二人。
 スキーのエンジンを全開にしたのであった。

 後に残された現場では。
「ケホッ、ケホッ。な、なんなんだ、これは!」と、一茶がむせこんでいた。
「周りが見えませぬ!坊っちゃん、ご無事であらせられますか?」鱒之助も、ケホケホとむせてしまう。

 白い煙に包まれて、周りは良く見えない。
「くうう、いずれにせよ、またしても計画は失敗したらしいな」と悔しがる一茶の脇を、黒い影がサササッと駆けて行ったのだが、彼は気づかなかった……。

「あー、びっくりした」
「きっとバグが起きたんだわ」
 と、猛スピードで川崎を離れつつあるミケタマの二人。
 皆さんご存知のように、バグではなく、一茶の陰謀なのだが、二人はバグだと思い込んだ。

 しかし、この思い込みが、新たな陰謀を引き寄せるのだが、このときの二人は、まだそれを知らない。
 何事もなかったかのように、次の神奈川宿へと、スキーを滑らせるのであった。

 一方で一茶は、倒れたロボットに刺さっていたものを発見する。
「む、これは…!」
 鉄でできた、十字型のもの。はてさて。

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