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「無」の魔王「第四話」

「ハクシュ」

 ムイカが珍しくくしゃみをしていたところをラリルが声をかけました。

「あら風邪かしら? 確かに夜中に空を飛んでいたら……」

 そんな心配するような声を出すラリルにムイカは否定した。

「いえ、風邪ではないので安心してください」

 ムイカの言葉を聞いたラリルは少し安心そうな声を零した。

「そっか、ならよかった」

 だがラリルが安心した理由は一般的に心配している人たちとは少し違う考えを持っていた。

(せっかく偶然手に入れた優良物件なんだから、体調不良だなんてとんだ事故物件に早変わりなんてごめんよ)

 そんなことを思っているとラリルが自分の領地がもう500mほどに差し掛かったところで身なりを整えてムイカの方に身体を向けた。

「もう一度確認するけれど本当にあの条件で私のところで働くのよね?」

 ラリルが言っている条件とは雇用体制や給与などに関係する雇用契約である。だがその契約には少しおかしなことが含まれている。

それは職務中は常に『私は勇者パーティーの置いてけぼりにさせました』という垂れ幕を首に掛けなければならないからです。

本来ならそのような屈辱的行為は即ストライキを起こされてもおかしくない行為だった。

しかしムイカは気にすることない様子で「大丈夫です」と二つ返事で了承した。

そのことを確認したラリルはすぐに身体を進行方向に向き直してニヤニヤしていた。

(フフ……これで私の雑用係を捕まえたわ。いつもは秘書の連中に丸投げするんだけど、どいつもこいつも根性なしだからすぐに辞めて行っちゃうのよね。でも今回は根を上げるなんてことをしない優良物件を手に入れたわ。頑張っていた彼には申し訳ないけど、出世の道筋を増やすと思えば悪いことはしてないわよね)

 ラリルがそんなことを考えているとすでに自分の城の真上にいた。

それにすぐに気づいたラリルはムイカに入口の方移動することを伝えるとムイカも言われるままにその方向に降りて行きました。

地上に足を付けるとラリルは再びムイカの方に向き、両手を大にしてムイカを歓迎の言葉を送った。

「ようこそ、紅蓮の魔王の領地である紅の街へ。貴方が新たな民になることを我、汝を感謝の意を表す」

 と声高らかに歓迎をした後、すぐにいつもの口調に戻った。

「……と言っても今は夜中で祝福する魔物たちはいないけど、とにかく私を心から貴方を歓迎するわ」

 ラリルが言い終えるとムイカは75度の角度のお辞儀をして感謝の言葉を伝えました。

「こちらこそ身寄りのない私目を貴方さまの領地で新たな生活が出来ることを心から感謝の極みでございます」

 ムイカの感謝の言葉を聞き終えたラリルはふとあることを思い出してムイカに質問しました。

「貴方のその言葉ってもしかして”神のお告げ”とか言わないわよね?」

 ラリルの質問にムイカは「はい」と即答で返事をしました。

それを知ったラリルは呆れたようにため息を付きました。

ラリルは続けて口を動かしました。

「まあ貴方がそんな人間だってことは分かったからいいわ。さっさと私の部屋に行って契約書を……」

 すると城の中から一体の魔物が出てきました。

「ラリル様! お戻りなりましたか!」

 こちらに走って来るのは紅蓮の魔王の近衛兵総長のスケルトンデュラハンのガラゴロという男性である。
ガラゴロは全魔物騎乗戦士の大会で第4位に位置するほどの実力者である。

そんな彼がどうして慌てているのかとりあえずラリルは理由を聞いてみることにした。

「どうしたのガラゴロ? そんなに慌てて走ってきて」

 その言葉にガラゴロはラリルの前に跪いて焦った声で話し始めた。

「じ、実は急な来訪者がラリル様をお待ちになっています」

  ラリルはガラゴロの報告に冷静になって口を開きました。

「誰よこんな時間にこの紅蓮の魔王も元に来る魔物は? 私はこれから忙しいのだけど……」

 するとガラゴロが来訪者について話そうすると後ろから重圧感ある声が聞こえた。

「我だ」

 その声を聞いたラリルは思わず全身の毛が逆立ってしまった。

そしてその場に勢いよく跪いてしまった。

その相手とはなんと紅蓮の魔王として君臨するラリルよりもさらに上の立場の大魔王だった。

大魔王とは最古の魔王とされており、自身は後ろで勇者の動向を予測し魔物たち全体に命令をする司令塔のような立ち位置の魔物だ。

その存在感に相応しいほどの歴史を感じられる高さが3mほどの鎧はを身に纏いこちらに近づいて来た。

そんな大魔王が後ろから来たことが分かったガラゴロも大魔王の方に向いた。

そして大魔王はラリルに向かって口を開いた。

「ラリルよ、忙しい中で夜中からの来訪を気分を害したことを謝罪しよう」

 大魔王の謝罪を聞いたラリルは早く口で弁明を始めた。

「い、いいえそんなことはありません! 大魔王様がいつ何時があろうとご来訪されることは至極歓迎の極みに存じます!」

 ラリルのそのような言葉を聞いた大魔王はここに来た要件を軽く話し始めた。

「実はこちらに秘書の任をしている者から報告が上がっている。過去何件もそのような報告を受け、何度も注意をしたと思うが……どうやら反省の色は見られないようだな」

 大魔王から発せられた言葉にラリルは見苦しく言い訳を始めた。

「ち、違います大魔王様! その件について報告をした秘書の虚言です」

 しかし大魔王はラリルの言い訳にまったく聞き入れてはくれず冷静に状況を伝えた。

「その言い分は後にじっくり聞くとする。それよりだ」

 その言葉の後に大魔王はゆっくりとムイカの方に視線を向ける。

その眼つきはまるで威圧に近い視線を向けていた。

しかしムイカはその視線を向けられたにも関わらず毅然と変わらずその場に棒立ちだった。

そんなムイカの姿勢を見たのか大魔王はラリルの方に顔を向けてムイカについて聞いた。

「ラリルよ、あの人間の男は一体何者だ?」

 ラリルは大魔王の問いに頭を上げ、説明を始めた。

「あ、あの男は私の所有する領土の森で見つけました。勇者パーティーの一員だったようですがどうやら置き去りにされたようです」

 その説明を聞いた大魔王は何か思い当たることがあったのかその事実に少し驚いていた。

そんな大魔王の気持ちを考えずにラリルは言葉を続ける。

「ですがこの男は非常に優秀な者だと判断したため私の配下としての契約を結ぶところで……」

 するとまだ説明途中だというの大魔王はムイカの方に近づき話しかけた。

「初めまして、我は六つの魔王を束ねる者、大魔王である。そなたの名は何と申す?」

 大魔王の挨拶が終えるとムイカも深くお辞儀をすると自分も挨拶を始めた。

「初めまして、私は勇者パーティーの荷物持ちをしていました。上家むいかと言います。今後から紅蓮の魔王のラリルさんのところでお世話になります。これからお付き合いがあると思いますのでよろしくお願いします」

 ムイカの丁寧な挨拶に大魔王は思わず呆気に取られていた。

そんな中ラリルは心の中でこんなことを考えていた。

(ナイス挨拶の神様!)

 そうムイカの丁寧な挨拶は神の加護がそのように命令したからである。

それを理解しているラリルはもしかするとお咎めを免れると下心を抱いていた。

(これなら秘書の件を水に流してくれるかも……)

 そんなことを考えていると大魔王はどこか納得の行かないような声で喋り始めた。

「ありえん……このような男を置き去りにするとは、一体勇者パーティーの実力はどれほどあるというのか」

 そんな大魔王の言葉を聞き取ったムイカは勇者パーティーの実力について説明を始めた。

「勇者であるカムイはこちらの紅蓮の魔王の新兵だけで結成された小規模の部隊なら呆気なく全滅させられるほどの実力があります」

 大魔王はまさか独り言で零した言葉にこと細かに説明するムイカの行動に驚くと同時に勇者パーティーの内情を知れる良いきっかけになると思っていた。

そんなことを大魔王が考えているとつゆ知れずムイカは説明を続けていた。

「一条さんは運が良ければ魔王を単騎で倒すことが可能にするほどの実力者です。中井さんは例え魔法を封じられたとしても身体の中に生得領域を作ることが可能なのでその中で付与魔法や防御魔法の自己防衛が出来ます。以上が現状私が知る勇者パーティーの実力です」

 ムイカが一通りの説明を終わると大魔王はまだ何か物足りないのか、ムイカに問いました。

「なあ何か足りないと思わないか?」

 ムイカはその質問に即答で「はい」と答えました。

しかし大魔王は納得出来てないのか直接疑問になっていること聞きました。

「いや足りないな。何故なら置いていかれたというのに一応勇者パーティーの一員であったお前の名が出てこない。これはおかしくはないか?」

 大魔王の質問を聞いてその場にいたラリルとガラゴロは納得したような表情をした。

「た、確かに彼も荷物持ちをされていたとはいえ彼も仲間の一人なのは変わりない。だから彼の情報がないのは明らかにおかしい……何か理由があるのかしら?」

 そんなことを考えているとムイカはまったく表情を変えることなくその理由を淡々を話し始めた。

「それは私が勇者パーティーの一員ではないからです」

 その発言を聞いた大魔王をその後ろにいる二人も訳の分からないという顔になった。

大魔王はそれについて追及してみることにした。

「……では何故君は勇者パーティーの一員ではないんだ? 君は勇者パーティーの仲間たちと同じように転生者なのだろ?」

 大魔王の質問についてムイカは懇切的寧に説明した。


 これは魔王討伐に出向く前日の話だった。

彼はは王からの話を終えて自分の部屋に戻る道中に声をかけられた。

その声の主の方へ顔を向けるとそこにはこの王国の第二王女マクヌ・シス・ログナロクがいた。

彼女はこれといったジョブを持っているわけではないがそれに劣らないほどの計算高さを持っていた。

その計算高さは食材の値切り交渉で定価の6割まで安く買うことに成功させるほどだった。

そんな彼女が彼の元に来たのには訳があった。

「引き止めて申し訳ありません。折り入ってお話があります」

 彼女は真剣な顔になり、彼にとんでもないことを伝えてきた。

「貴方さまはこの国を去ると同時に転生者としての立場を失うことが決定しております。それすなわち勇者パーティーの一員ではなくなるということです。当然この城に戻ってきた際には牢屋に入る事になります。そのことについてご確認をと進言させていただきます」

 そんな意味の分からないでっち上げの情報を、まず普通ならおかしいと異議申し立てをするはずです。

ですが彼はその普通に当てはまらないため、その情報を鵜呑みにしてしまった。

「分かりました」

 その一言を聞いたからか彼女は不敵な笑みを浮かべ、その場を後にした。

そして彼もそのまま自分の部屋に戻った。


「……と言ったことがありまして以下のことから私は勇者パーティーの一員ではない証明です」

 ムイカの事情を聞いたその場にいた魔物たちは思わずの唖然としてしまった。それもそのはずだろう。

何故なら一国の王女がそのような奇行を働いたのだから驚くのに無理はない。

そんな状況の中、ようやく疑問の種が除かれたがそれでも気になる部分があるためもう一度直接に聞いてみることにした。

「まあ、理由は重々理解した。なら今ここで問う。ムイカという人間よ、そなたの実力は一体どれほどのものなのだ?」

 その言葉と同時にラリルに衝撃が走り、その瞬間緊張の感情が膨れ上がった。

(それに関しては私も気になっていた。何故人間があの魔獣だらけの森に一人でいたというのに無傷のままで生きていたのか不思議だった)

 そんなラリルの疑問について考えているとムイカは口を開いた。

その瞬間その場にいた全員が身構えることになった。

だがしかし、ムイカの口から予想外の答えが返ってきた。

「申し訳ありません。それをお答えすることは出来ません」

 まさかの返答に一同はまた唖然としました。

するとすぐさま大魔王が冷静にその訳を聞き始めた。

「何故言えないのだ? 少なくともこの場にいるのは私と君を含めて一人と三体だ。何か問題があるのか?」

 大魔王の質問にムイカは変わることなく答えました。

するととんでもない真実を知ることになります。

「私の力は今管理をされているため正確な情報をお教えすることが出来ません。申し訳ありません」

 その衝撃発言を聞いたその場のいた魔物たちは今度は驚きで頭が混乱していました。

力を"管理"という意味の分からない単語を発言したムイカの存在に魔物たちは疑問の渦に飲み込まれた。

だが一人だけ取り乱すことがなく理解した。

その魔物は大魔王だった。そこで大魔王は衝撃な発言を口にした。

「なるほど理解した。では今のそなたの実力を我、自ら確かめてみせよう! どうだ我からの挑戦状を受ける気はないか? いやそなたの場合は”受けろ”と命令したら良かったか」

 その言葉を聞いた魔物たちはさらに混乱した。

何故なら”管理”という単語を平然とした顔でいうムイカにそのような発言をすれば何が起きる分かったものではない。

さらにムイカは自分で考えることが出来ないため返事の言葉なんて想像に難くない。

そしてムイカは想定通りの返答をした。

「分かりました。それとお願いすることに命令形である必要はありません」

 ムイカの発言を聞いて魔物たち、特にラリルは思っていた通りだったのかとてもでかいため息をつきました。

そうこうしていると大魔王はムイカの了承を言葉を聞いたあとすぐに感謝の言葉と対戦の形式を伝えました。

「理解してくれたようでありがとう。それでは対戦の形式についてだが、単純明快相手が倒れるまで、また相手が降参を宣言した時点で決着をつける。よいな?」

 大魔王の説明を聞いたムイカは「分かりました」と理解の意を伝えた。

そして大魔王の命令に従って対戦するための立ち位置まで誘導されました。

それから大魔王の自分の最初の立ち位置に移動を始めました。

するとムイカの元にラリルが駆け寄った。

「ね、ねぇ一応聞いておくんだけど全力でやるの?」

 その言葉を聞いたムイカは少し曖昧なことを言い始めた。

「それに関しては大魔王様から聞いてはいないので分かりません」

 それを聞いたラリルは頭の中ではてなマークが浮かぶような表情をしました。

なのでラリルはその訳を聞きました。

「その曖昧な理由は何なの? 何で自分の力を出すだけなのに躊躇うような姿勢を取るの?」

 ラリルの疑問に思う質問を聞いたムイカはその訳をスラスラと話し始めた。

「大魔王様は『挑戦状を受けて欲しい』と言われただけで私はどれほどの力を解放するかというお願いは受けていません」

 その理由を聞いたラリルは納得したのか右手をグーにして大きく広げた左手をゆっくりを添えるように落とした。

その動作は”ポン”と効果音が鳴りそうでした。

(なるほど! だから彼は力を出すことについての言葉に曖昧なっていたのね。確かに彼は命令がなければ行動すらしないからどんな風に動けばいいか分からないんだ)

 なんて考えているとムイカが余計な一言を付け加えた。

「……と『屁理屈の神』のお告げが下りました」

 その一言を聞いたラリルは思わずその場でガクッと体制を崩してしまった。

(そ、そういえば彼は神の加護があったわね)

 ラリルはそのことに思い出したことで苦笑いになった。

ですがその数秒後にラリルはとあることを思いつきました。

そこでラリルはその思いついたことをムイカに伝えることにしました。

「ねぇ、貴方は一切大魔王様に攻撃はしないで。その代わりに大魔王様の攻撃を避けてちょうだい」

 なんと大魔王にとっては真剣な決闘にムイカに制限を科して戦わせようとしているのだ。

本来ならそんな命令など聞き入れたいと思う人も魔物もいないだろう。

だがそんな一般的な考えをムイカに持っているわけが無かった。

「分かりました。ちなみに大魔王様の攻撃はどれほど回避していたら良いですか?」

 ムイカの素直で一瞬思考が放棄しそうになる質問にラリルはしっかり答えた。

「そうね……30回に1回は攻撃を受けて」

 ラリルの追加の命令を伝えるとまだ気になる部分があるのかさらに質問をしました。

「それは一度だけですか? それとも何度も行いますか?」

 ムイカの言わなくても分かりそうで、確かに聞いておかないと思えてしまう細かい質問にラリルは少し呆れたように答えました。

「えっと、何度もでお願い……」

 それを聞くとムイカは「分かりました」と返事をしました。

そうこうしている内に大魔王が自分の定位置に着いたのかラリルに声をかけた。

「おいラリルよ。戦いの邪魔になるから離れよ」

 ラリルは大魔王の言葉を聞いてすぐさまその場から離れた。

ラリルが離れた後大魔王は大きく息を吸い込み、声高らかに戦いの宣誓を始めた。

「今宵、この場に気高き戦士の戦いの狼煙を、そして己の誇りをかけた戦いを誓う!」

 その声はその場にいた者たちには緊張が走り、領地にいる民たちが全員が起きてしまいそうな雄叫びだった。

しかしそれほどの雄叫びだというのに民は一体たりとも騒ぎが起きない。

そんなことを思っていると大魔王は右腕をムイカの方に向けて魔法の詠唱を始めた。

「『雷帝の憤怒』」

 その瞬間、掌から魔法陣が展開した。

そしてそこから無数の雷がムイカの方に襲い掛かった。

その猛攻にムイカは最初は回避出来ていたが、先程の命令の影響か何度が攻撃を受けていた。

その攻撃を受けている姿はまるで本当に見えるはずのない骨の姿が見えてしまいそうだった。

そして電気の応酬が続く中、しばらくして雷が収まった。

ムイカは何度も食らったことから服は黒焦げになり髪には電量が流れたエフェクトのような現象が起きていた。

しかし大魔王はそんなムイカの姿に違和感と恐怖を感じていた。

(こ、この男……立っている! あの魔法を約千回ほどは食らったはずなのにまったく変わらない表情で立っている。それだけじゃない。奴の服は確かに黒焦げだが、下半身の衣服は焦げた跡はあれど上半身の衣服ほどの被害を受けていない。それに服が焦げたということは奴の身体には何一つ焦げた跡が一つない)

 そう普通なら雷を食らったらまず服も身体は全て丸焦げになり、死に至ってしまう。

先程の『雷帝の憤怒』は通常の雷の数千倍の威力している。

なので何度も食らって、身体が焦げることもなく平然として立っていられるムイカの姿に命令をした本人であるラリルはドン引きしていた。

しかし大魔王はそれに怯むことなく次の攻撃を始めようとしていた。

「『魔法球マジックスフィア』」

 その瞬間、また掌からサッカーボールと同じくらいの大きさの魔法の球が現れた。

魔法球とは一見魔力を丸い形にしただけのものだと思うだろう。

だがこの魔法は使用者の技量次第でちょこッと触れるだけでダイヤモンドや最大強度の魔力凝晶の防具すらも木っ端微塵にするほどの威力を引き出すことの出来る大変恐ろしい魔法なのだ。

大魔王は魔法球を三つも出現させ、一斉にムイカに攻撃した。

最初は三方向からの同時攻撃だったが、ムイカそれを難なく回避した。

そこから一球ずつからの連続攻撃を仕掛けた。

もちろん何度か回避を成功させたが、やはり命令通りに攻撃を受けています。

その間にも大魔王は何か違和感を持ち続けていた。

(我の魔法球をあれだけ当たっているというのに痛がる素振りすら見せない。あの男何かある?)

 そんなことを考えていた大魔王は魔法球を全て消し、次の攻撃の準備を始めました。

「『我が怒りの炎よ! 忌々しい記憶を再熱させ、この現世へ具現せよ!』」

 その詠唱の最中だというのに大魔王の周囲には炎の渦がまるで台風のように包み込みその場にいる者たちの命の灯が揺さ振られる気持ちにさせる。

すると先程まで大魔王を包み込むように燃え上がっていた炎の渦が大魔王の目の前に集約されていた。

「『憤怒の業火フューリー・バーン』」

 すると大きな火球になりムイカに放った。

その大きさは人間の平均身長の人間が縦に5人くらい入りそうなくらい大きさだった。

こんなものが飛んできてしまったら、おそらく逃げるか、降参を選んでしまう瞬間だった。

しかしムイカは違った。

ムイカ一旦しゃがみました。するとムイカは脚に魔力の流れを早め、血行の流れの流れも早くした。

なんと驚くことに力んでいる足元を確認すると、もうつま先も埋められてしまうほどの深さまで沈んでいた。

そして火球がもう目と鼻の先にまで近づいたところで先程から溜めていた力を一気に空の方へ飛びました。

それは火球が身体を振れるすれすれを回避して、取り過ぎたところで綺麗に着地した。

その後火球は城の壁に当たることなく鎮火した。

次はどんな攻撃を仕掛けるのかと思っていると、急にムイカに向かって盛大な拍手を送りました。

「いやー恐れ入った。まさかそなたに我の渾身の魔法をかわされてしまうとは予想だにしていなかった。見事な回避とジャンプはまるで剥製のようだった」

 大魔王はまさかの戦いの最中に相手を褒め始めたのだ。

ムイカはお褒めの言葉を受け取ったのか、戦いの最中だというのに「ありがとうございます」とお礼を言う始末である。

しかし大魔王はそれを自ら水を差すように会話の雰囲気を変えた。

「だがしかしそれゆえに我は納得出来ていないことがある!」

 そう言うと大魔王はムイカの人差し指を向けた。

そしてムイカ向かってこう言った。

「そなたは何故避けれるはずだった攻撃があったにも関わらず、わざと攻撃を受ける行為が数々見受けられた。そなたは何故そのような我の理解の出来ない行動をした? それどころか何故避けてばかりで我に攻撃を仕掛けようとしない?」

 すると大魔王が予想外のことが口走ったことでラリルは自らの身の危険を感じて冷や汗をかいていた。

(ま、まずい! もし彼が私が命令したということがバレてしまったら秘書の件も含めて怒られる!)

 そんなことをしている内にも大魔王はムイカに問い出していた。

「応えよ、そなたは何故相手を甘くみる行動をした!」

 皆さんならこの状況ならどう行動するだろう。

相手のことを考えて黙っていますか。それとも保身のために正直に話しますか。

ラリルはその言葉を聞いた後、こんなことを心で思っていた。

(お願いします! 神様! 仏様! どうか私目をお助けください!)

 しかしそんなラリルの思いとは裏腹にムイカはある意味予想通りの返答をした。

「それはラリルさんから『一切大魔王様に攻撃はしない』と『攻撃を避けて』と言われたので私はそれを行動に移しただけです」

 どうやらムイカは少し違うが後者の返答だった。

それを聞いてからかラリルは『お前何バラしてんだ!』という表情を手で隠しながらムイカの方を睨んでいた。

大魔王は真実知った後、すぐさまラリルの方を睨んだ。

するとラリルはそれに怖気づいてガラゴロの後ろに隠れてしまった。

それを確認すると大魔王はムイカの向き直した。

「そうか済まなかった。そのような事情も知らずに怒鳴ってしまった」

 そうして大魔王は深々と頭を下げた。するとムイカが軽くなだめ始めた。

「いえ私は気にしていないのでお気になさらず」

 その言葉を聞くと大魔王はお礼のついでにこんなことをムイカに質問した。

「それは有難い、それで謝罪した後で申し訳ないのだが、ラリルの言ったことを取り消すことは可能だろうか?」

 なんと大魔王はムイカの命令に関して第三者であるにも関わらず命令の取り消しをお願いしてきた。

だが本来ならありえないことである。

本来は当事者同士で合意した命令を第三者が反故にしていい合理がない。

そんなことを承知の上で大魔王はムイカに頼んでいた。

ムイカはその言葉を聞いた後、「分かりました」とあっさりした発言をした。

その発言に一同は唖然の空気になったのは言うまでもない。

するといち早く言葉を発したのは大魔王だった。

「それはありがとうなら我が代わりの命令を下そう」

 そして大魔王はラリルの命令の代わりになることを話そうとしていた。

しかしのその命令はその場にいる魔物たちを驚愕させるないようだった。

「今から我の身体に一発、パンチを全力で打ち込むといい!」

 その言葉にラリルは思わず反発の言葉を上げた。

「それはなりません!」

 ラリルの反発する声に大魔王は理由を尋ねた。

「ラリルよ。何故邪魔をする? 別にお前に攻撃しろと命令している訳ではなかろう」

 ラリルは先程の縮こまっていた態度とは打って変わってその理由について説明を始めた。

「それは先日、森の方から魔獣たちの悲鳴が鳴り響いたという情報を耳にしました。その数は種類問わず、およそ約200体ほどだと聞いています」

 そうあの森は中位から上位の魔獣たちが生息が確認がされていて、例え魔物であっても魔王軍の精鋭レベルでもなければ安全に進むことが出来なかった。

現に今だ出向に向かった部隊が森で生涯を終えた事例が後を絶たない。

それを聞いた大魔王は疑問に思うところがあったためラリルに質問した。

「ではこの男がその報告に上がった張本人ということか?」

 大魔王がラリルに聞くと、ラリルは早い動きで縦に頷きました。

その理由を聞くと大魔王は先程までの戦闘を思い出して納得する部分があった。

だが大魔王はその決断を覆ることはなかった。

「ならば、それ本当にこの男なのか、我が自ら調べてやろう!」

 そう意気込み大魔王を後目にムイカは疑問に思っていたことを口にした。

「申し訳ありませんが、全力というのは"どのくらい"の力を出せばですか?」

 ムイカの予想外の発言に大魔王は呆気に取られてしまった。

するとすぐに大きな高笑いを始めた。

「アハハ! まさか全力を出せと言ったのにどれほどの力を出せと聞くとは思いもしなかった。でもそうだな、この我を気絶させれるほどの威力を出してもらおう」

 その瞬間、ムイカの「分かりました」という一言と同時に拳が大魔王の方に向けられた。

本来なら少し心の準備というものをするものなのだが、ムイカは一切躊躇のなく振りかぶった。

その拳には何かが具現化されているようだった。

それはまるで猛獣だなんて生易しいものではない生き物なのかという恐怖の根源のように見えた。

それを見た大魔王は一瞬で委縮してしまい、体が動かなかった。

その光景に魔物たちも動けずにその場を見ることしか出来なかった。

しかしその間にもムイカの拳は止まることはない。

そしてムイカの拳は大魔王の鎧に触れた。

ムイカが鎧に触れるまでにわずか1秒も満たなかった。

全員が触れたことに意識が向こうした瞬間、鎧にひびが入った。

さらに次の瞬間にひびが鎧全体に広がった。

それと同時に大きな轟音と共に大魔王の後ろに向かって衝撃によって地表が割れ、宙を舞う。

そしてその勢いは城の壁を破壊するほどだった。

その光景を目の前で起きて魔物たちは混乱していた。

すると大魔王が付けていた鎧がポロポロと落ちた。

そして大魔王は口を開いた。

「いや~これは驚いた! まさか我の来訪用の鎧が破壊させるとは思わなかった」

 なんと大魔王の鎧の中身は少年だった。

いや少年のような見た目だと言っていいだろう。

この見た目なので先程砕けた鎧のことを考えると約6割ほど空洞があったまま動いていたことになる。

その事実を知ると魔物たちはさらに混乱して頭が痛がっていた。

そうこうしていると鎧が崩れたことで地上に降りた後、ムイカの方に歩み寄ってこんなことを話し始めた。

「そなた、『ギフター』か?」

 ギフターとは、神の加護・祝福、または継承を行った生物に該当する者に呼ばれる名称だ。

その説明を聞くとムイカは確かに神の加護と祝福を受けているため該当する。
なのでムイカの回答は決まり切っていた。

「はい」

 その一言は大魔王の思いに何か刺さったようだ。

すると大魔王は続けてこんな質問をした。

「ではそなたは我の保有する力を"全て"扱うことは可能か?」

 その質問にムイカは何の躊躇いもなく、「はい」と返事をした。

それを確認すると少し息を飲み込んだ後、すぐに高笑いをした。

「アハハ! これは恐れ入った! まさか500年生きて来た我をもう越してしまう者が現れてしまうとはな」

 そんな大魔王の笑う姿にその場いた魔物たちも終始状況を掴めずにいた。

すると大魔王はムイカの脚にポンポンと叩いた。

「こんな夜中にこのような申し出をして申し訳なかった。その謝罪を込めてこの城を借りてティータイムを楽しもう」

 そんな大魔王からの申し出にムイカは迷うことなく「はい」と返事した。

するとハッと現状の理解が出来たラリルは大魔王に声をかける。

「だ、大魔王様! なりませんそんな勝手をなさることは。それにこの城は私の所有しているものです。ですから……」

 すると先程まで穏やかな雰囲気で話していた大魔王が前までの貫禄のある口調でラリルに向かった話した。

「ラリルよ。そなたには後に秘書の件で話がある。それを忘れるな」

 その一言を聞くとラリルは「忘れてたー!」と心の中で言い、そう思わせる表情もした。

さらに大魔王は続けてこんなことを言った。

「それにお前にはこの後の処理を頼んだぞ」

 そんな訳の分からないことを言うと大魔王はムイカを引っ張って城の中へ入った。

すると城下町から大声が響いた。

「おい何だ今の音は!」

「こっちは気持ちよく寝てたのよ!」

「またいつもの研究かー!」

 と次々と苦情の嵐が飛び交った。

ラリルはその惨状を聞いてため息をついた。

そして急にラリルが叫んでしまった。

「これなら説教食らった方がマシじゃない!」

 そんなラリルの言葉は誰にも届くことはなかった。


 その間ラリルが後処理をしている中、大魔王とムイカは夜のティータイムを楽しんでいた。

大魔王はムイカのカップが無くなる度に紅茶を注いでいた。

それをムイカは何でも喉に通していた。

すると大魔王はこんなことを話し始めた。

「そういえばラリルから聞いた話についてだが、森で多くの魔獣たちを倒したのはそなたか?」

 その話をした大魔王はどこか楽しみにしているような表情をしていた。

そしてムイカはスラッ「はい」と答えた。

それを確認すると大魔王は次の質問をした。

「ではそなたはどうやってあの森たちの魔獣を撃退出来た?」

 大魔王が質問の聞いたムイカはあの時のことを詳しく説明し始めた。


 あれはムイカが『生きて!』と空耳かもしれない言葉を聞いた後のことだった。

彼は四方から迫りくる魔獣たちに囲まれていました。

すると彼の中にあった"力"が呼び起された。

「……ロック解除。オートアクションバトルをONにします」

 その言葉を言ったと同時に彼の周囲に多数の魔法が発動した。

炎魔法や風魔法、氷魔法などありとあらゆる魔法が魔獣たちを襲う。

魔獣たちは襲い掛かって来ようとしていたので咄嗟に動きを変えることは出来なかった。

その時の光景は魔獣たちが成す術なく魔法の攻撃を受けるしかなく、周囲からは魔獣たちの叫び声や肉や骨が裂け、砕けていた。

他には自身の発動した魔法の音のようなものばかりだった。

そして目に入る魔獣たちは全て片づけられた。

すると彼はさらに範囲を広げて周囲の魔物たちをも撃退した。

そして『制御の神』の加護により彼の力またロックが掛かった。

そしてしばしの沈黙が続いたことは言うまでもないだろう……


「……と言ったことがありました」

 こうしてムイカが森にいた時の話は終わった。

それを聞いた大魔王は少し背筋が震えた。

「いやーその力を我に向かなくて良かった」

 と軽い世間話のような雰囲気で楽しくしていた。

するとテンションが上がったのか大魔王は突然こんなことを言い出した。

「にしてもそんな力を持っていたらそなたの遺伝子を持った子はさぞ安泰な人生を送れるだろう」

 そんなことを言うとムイカは冷静にその仮説を否定した。

「申し訳ありませんが、私の子が生まれることはありません」

 その発言に大魔王は先程までのテンションがスッと変わった。

大魔王はそれについての理由を聞いた。

「何故そなたの子が生まれないと断言出来る?」

 それ聞くとムイカは何故か服をたくし上げとある呪文を唱えた。

「呪いよ、顕現せよ」

 すると身体から輝かしい光と共に魔法陣のような文字の羅列や円や三角形などの図形が数えるだけで400はあった。

それを見て大魔王は驚きの言葉を告げる。

「これは驚いた! まさか"神"の呪いを纏っている者がこの世界にまた存在するとは」

 そうムイカにはこの世界に転生する際に神から呪いを受けた。

その力はなんとありとあらゆる全ての力が集約されている。

それをじっと見た後大魔王はその呪いについて聞いた。

「もしかしてこれがそなたが子を作れん要因か?」

 それを聞くとムイカは「はい」とあっさりと答えた。

ムイカからの返答を聞いた大魔王はどこか安心したような雰囲気になり、ゆっくりと口を動かした。

「それが本当ならそなたに任せても良さそうだな」

 大魔王が意味深なことを口にした。

その言葉にムイカはまったく気づかずに紅茶を空にした。

すると大魔王は急にキリッと真面目な感じに立ち上がった。

そして大魔王はムイカにとんでもないことを言い始めた。

「そな……いや名はムイカと言ったな。ムイカよ我、大魔王が命ずる。汝に新たな魔王の任を与える! 光栄に思え!」

 なんと大魔王は先程まで戦っていた相手に新たな魔王の任命を表明した。

しかしムイカは魔物ではなく人間だ。

さらに言えばムイカはラリルの元で働くことを約束した身なのでそのお願いは本来なら迷うか、忠誠心を見せ断るか考えるだろう。

しかしムイカからの放った言葉は予想外なものだった。

「はい分かりました。今後とも新たな魔王と頑張りたいと思います。至らないところもあると思いますがよろしくお願いします」

 なんとその申し出を受け入れたのだ。

その言葉を聞いた大魔王はそれは大きな高笑いをしました。

するとそこに一人の女性の魔物が入ってきた。

「失礼します大魔王様」

 入ってきたのは大魔王の秘書をしているハフセフ・クワイエルだ。

ハフセフは先程の決闘の後片付けをしていた後だった。

そんなハフセフから大魔王が忘れていたことを話し始めた。

「大魔王様、___様にはラリル様の元にお仕えるという契約を結ぶと耳にしましたが」

 その言葉に大魔王は「アッ!」と思い出したかのような表情をした。

しかしムイカは一部ノイズのような音が聞こえたため言葉の意味が理解出来なかった。

それから数秒後にある名案を思い付く。

「ならばラリルの契約を取り消せばいいのではないか。やつに頼むとろくでもないからな」

 大魔王が名案だと言う言葉を秘書のハフセフに伝えていると、『説明の神』のお告げがムイカに下りてきた。

そして下りてきた言葉をそのまま伝えることにした。

「それに関してはご心配ありません。すでにラリルさんの契約のことは無くなりました」

 その言葉に大魔王やハフセフは驚きを隠しきれなかった。

しばらくして落ち着いてから大魔王からその訳を聞き始めた。

「それで何故ラリルの契約の件が無くなったのだ」

 それについて聞くとムイカはまたお告げが下りて、そのまま伝えた。

「それは大魔王様が決闘中に『ラリルの言ったことを取り消して欲しい』と言われたので今までラリルさんの言われたことを"全て"を取り消しました」

 ムイカの説明を聞いて大魔王は少し驚く表情をした。そして大魔王は大きく高笑いをしました。

「アハハ! まさかラリルの決闘での命令を取り消す言葉だったというのに、ラリルの誓いの言葉すらも取り消してしまうとはな」

 その後しばらく大魔王は笑い続けた。

大魔王は笑い終えた後、秘書にとあることを伝えるために口を開いた。

「おい、ハフセフよ。今から各魔王たちに伝達をお願いする。新たな魔王の誕生だとな」

 ハフセフはその言葉を聞くとすぐに魔法を使い、髪とペンと取り出した。

するとハフセフは大魔王にあることを聞いた。

「そういえば大魔王様、新たな魔王にはどのような称号をお与えに?」

 その言葉を聞いた大魔王は少し考える素振りを見せた。

しかしそんなことを感じさせないぐらいを速さで称号を考えた。

「……では、ムイカの魔王としての称号は『無の魔王ゼロ・エンペラー』と名付けることにする」

 こうしてムイカは新たに魔王としての生活が幕を上げた。

そしてこれから待ち起きる出来事にムイカには想像……いや考えることも出来ないだろう。


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第一話:https://note.com/like_ibis5119/n/n86da0cbcda3e

続きはこちら
第五話:https://note.com/like_ibis5119/n/nde549fe78253


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