「無」の魔王「第五話」
「また新たに魔王を作ったのか?」
「大魔王様も何を考えておられるのか、分からなくなってきた……」
「今までどれほどの新人魔王が亡くなって来た知らんのか」
そんな言葉が色んなところに飛び交う。
それはそうである今まで新しく魔王に就任した魔物たちは軒並み死を遂げている。
当然、そんなことが数多く起こっているのであるのだから、新たに魔王に就任した地域の配属なんて誰も望まないだろう。
そんなことが魔物たちの生活圏である魔物領である出来事が起きていた。
「君、今日から新たな魔王の秘書を任せたい。言わば出向だ」
そんなことを言われたのはボク、アーデリアス・フューバーだ。
ボクは今までは10年前に魔王に就任したラリル様の元で秘書課の一人働いていた。
そしてラリル様は魔王の中では圧倒的に新しい魔王なのでいつ勇者が襲いに来ておかしくない職場だった。
だがとある日に大魔王様から全魔王たちに新たな魔王の誕生に紅蓮の魔王の元で働いていた魔物たちは大層喜びあった。
当然ボクもそのときは一緒に喜んだ。それだというのに、今ボクの目の前にいる全魔王領の人事を賄っている人事総務という相手にとんでもないことを言われた。
ボクは訳も分からず理由を聞いた。
「人事総務、何故私がそちらに出向ということになったのでしょう?」
ボクは怖いもの見たさ……いや怖いもの知りたさに唾を深くの飲み込んで返事を待った。
「ああそれは至ってシンプルに紅蓮の魔王様と大魔王様からの推薦からだよ。良かったね。今どき大魔王様からの推薦がもらえることなんてないから心して励むように」
その言葉と同時にボクの中の何かが爆発した。
こうしてボクは新たな魔王『無の魔王』の直属の実質的な右腕な秘書の立ち位置になった。
「ふ、ふざけんなー!」
そうボクが叫んだのは魔物領の中で唯一全ての魔王領の行政や人員の管理を担う中央都市『アビス』にいた。
そして大魔王様の所有する城の中なのである。
そんな場所なので当然魔物の通り多いので一気に注目の的になってしまった。
でもボクはそんなことに何も気にしてはいなかった。
「マジで何でボクが出向なんだよ! しかも大魔王様からの推薦って、もっと別のことで推薦が欲しかったー!」
そうボクが嘆くのには無理はない。
何故なら前職の紅蓮の魔王の職場はとにかく最悪の一言だった。
まず時間外労働は当たり前だし、商業や政治、魔王の領での統制など全て秘書が賄っていた。
そして肝心の本人はというと自分自身の保身のためか毎日修行や研究と言って業務を全て丸投げしていた。
確かに自分の命を大切に思うのは必要だけど流石に限度というのもがある。
そのせいで秘書課だけでどれだけ辞めていったか50から数えていない。
とにかくだ今紅蓮の魔王の職場環境から抜け出せたというのにまた命の危険がある職場に出向になるなんて思いもしなかった。
これじゃあ"出向"じゃなくて"左遷"じゃないか。
「しかしこれで辞退なんて言ったら『大魔王様の推薦があるというのにそれを受け入れられないとはなんて恥知らずな魔物だ』と言われかねない。……かと言って辞退なんて今のボクには無理だよなー」
そう実はボクには借金と共に帰って来た種違いの7人の兄弟とクズの母親がいる。
ボクは当時母親とは絶縁状態だった。
にも関わらず、勝手にボクが住んでいたアパートに転がり込み危うく連帯保証魔物にされかけた。
その後ボクは人事に異動願いを提出してすぐさま逃げた。
あそこにいた兄弟たちには悪いが、ずっと音信不通で連絡一つ寄越さなかったどうしようもない母親とはきっぱり離れたかった。
「もしそんなことで辞退なんてすれば絶対にあの母親の借金返済の駒にされるのは目に見えてるし、う~ん……」
などと一人で葛藤していると一人の秘書がこちらに近づいてきた。
「初めまして、貴方がアーデリアス・フューバーさんですか?」
秘書から自分の名前が呼ばれたと同時にビュンと飛び上がり、すぐに胸ポケットに入れていた名刺を取り出し挨拶をする。
「はい! 私がアーデリアス・フューバーと申します」
ボクが慌てて感じで挨拶すると秘書さんはボクの名刺を手に取った。
そして秘書さんも挨拶を交わした。
「名刺、拝見しました。私は大魔王様の秘書をしております。ハフセフ・クワイエルと申します。以後お見知りおきを」
するとハフセフさんは軽くお辞儀をした。
そして自分も軽く会釈をした。
そんな通過儀礼のようなものを済ませるとハフセフさんは先に口を開いた。
「本日遠くからお越しいただきありがとうございます。事前に伺っていると思いますが、貴方が新たに魔王となる者の秘書をしてもらいます。顔合わせのためにその魔王様の元へご案内します」
その言葉を聞くとボクはいよいよかと腹を括った。
(今から魔王様のところへ向かうのか。急に緊張と腹痛が……)
そんなことを考えていると、ハフセフさんが耳元にこんなことを呟いてきた。
「それにこの場では貴方に注目を浴びて集中できないでしょう」
そうハフセフさんに言われて周りの見渡すと周囲の魔物たちがボクを白い目で見ていた。
きっとボクが大きな声で愚痴ったことで注目を浴びていたことにようやく気が付いた。
するとボクは急に恥ずかしさが込み上げてきて先の緊張と腹痛が一気に消え去ってしまった。
「あ、あの早く魔王様のところへ案内してください!」
そうボクが早口で言うとハフセフさんは「こちらです」と冷静な言葉使いで案内をしてくれた。
ボクは黙ってそれについて行った。
それからハフセフさんの案内を従い、ついて行くこと約30分ほどが経過しただろうか。
部屋に着いて緊張を胸に中に入ったら誰もいなかった。
するとハフセフさんが訳の分からない本棚のギミックが解かれたと思ったら、その本棚の後ろに階段が続いていた。
それかずっとらせん階段を下っていた。
(そろそろ脚がキツくなってきた。今までのデスク仕事が祟ったか)
なんて考えていると前の方からハフセフさんが声をかけてきた。
「着きました。こちらに魔王様がいらっしゃいます」
そう言われてハフセフさんに視線を向けるとそこには一つの扉があった。
ボクは深く深呼吸した。
(この人と顔を合わせるってことは自分の命を預けることになる。でも見ず知らずの相手に命を預けられるわけが……うっまた緊張と腹痛、さらには頭痛まで)
なんて葛藤を一人でしているとハフセフさんが扉を勢いよくバンと開けた。
まだ心の準備をしていなかったのにいきなり自分の都合を考えずに行動したハフセフさんに驚きを隠せなかった。
「ちょ、何やっているんです……」
しかしボクは扉の先にある光景を見てハフセフさんに言おうとしていた言葉が詰まってしまった。
そこには書庫と見られる場所で色んな本が宙を舞っていた。
そして机の方に視線を向けると一人の男性が本をパラパラと本を速読して閉じてはまた新たな本をパラパラと読むの繰り返しをしていた。
そして読み終わった宙を舞う本たちはきちんと元のあった場所に戻っていた。
その動作にかかる時間はわずか3秒だった。
すると読み終えたのか先程の読む体制から一遍して綺麗なお手本のような体制に切り替わった。
そんな一部始終を見惚れていたボクをそっちのけにハフセフさんはその男性に声をかけた。
「無の魔王様、読書の方は済みましたでしょうか?」
ハフセフさんの言葉に男性はゆっくりとこちら方に向き話をした。
「はい。大魔王様の言われた通りにこの書庫の全ての書籍を読み終えました」
その言葉を聞いたボクは驚きを隠せなかった。
何故なら軽く見渡しただけでも本の数は約10本はあってもおかしくないくらいだった。
それだというのに男性は疲れた様子もなく無感情といった態度を見せていた。
するとボクが色々と気になっているとハフセフさんはボクの自己紹介を始めた。
「無の魔王様、こちらが貴方の直属の部下であり秘書するアーデリアス・フューバーさんです」
そうボクの自己紹介をするとボクもつい反射的に仕事モードに切り替わった。
「は、初めまして、私はアーデリアス・フューバーと申します。何分至らないところもあるでしょうが、どうかよろしくお願いします!」
ボクが仕事モードになりつつも不自然になっていないくらいに顕著な姿勢を見せた。
それを見た男性は全く顔色を変えることなく自分の自己紹介を始めた。
「始めまして、私はこの度大魔王様から魔王の任を受けました。ムイカと申します。こちらも至らないところがあるでしょうがよろしくお願いします」
そして男性ことムイカ様はボクに深々とお辞儀をした。
ボクはそれを見て少し唖然としてしまった。
何故なら母親から逃げる前の仕事場である地元の魔王は放任主義なのか仕事は自分で見つけてこいといった感じでまったく仕事をしているという実感がなかった。
だが母親から逃げた後の紅蓮の魔王の仕事は前の場所と比べて超が付くほどのブラックだった。
仕事は湯水のごとく湧いてくるので休みなんて一か月に3~5日取れれば良い方だった。
なのにムイカ様からはそんな他の魔王たちから感じられる無責任な態度を感じられなかった。
それを分かったからかボクは喜びに思わず涙が流れそうになった。
そんなボクの心情を後目にハフセフさんは話を進めた。
「今日貴方がたお二人をお呼びしたのは他でもありません。現在、無の魔王となったムイカ様に今お渡しできる領土がありません」
そう今この魔物領内に新しく就任した魔王に渡すための領地が無い。
かといって他の魔王の領地を削って領地にすれば、間違いなくこのアビスに非難の言葉が飛び交うのは言うまでもないだろう。
そんな難しいことを考えていると、ハフセフさんが衝撃の言葉にボクは驚きがむしろ城の外に飛び出してしまいそうだった。
「なので魔王らしく近くの人間領を制圧して自分の領土にしてください」
その言葉を聞いたボクは開いた口が塞がらなかった。
こんな無謀ににも等しい作戦を誰が賛同すると思うのだろう。
しかしムイカ様はボクの考えを覆す方だった。
「分かりました」
まさかのムイカ様の言葉に思わずさらに口が塞がらず、声も漏れてしまった。
「な、何で了承するんですかー!」
そんなボクの言葉もむなしくその作戦は着々と進められた。
それから一週間後、ムイカを率いる無の魔王の軍隊は人間の街へ脚を運んでいた。
だがそのうちの一人はブツブツと独り言をしていた。
「何でそのまま了承しちゃうんだよ! しかもこんな1000人にも満たない魔物の軍隊なんて笑われ者だよ」
そうムイカの率いる魔物たちは即席で集めた者たちだった。
しかも中には前科歴を持っている魔物もいるのだとか。
「しかも彼女なんて守備の魔王の領地で騒ぎを起こした有名なオーガじゃないか」
オーガとは、日本でいう鬼のような見た目をしており、角の大きさや形、硬度などで自らの実力を示すと言われている。
「資料を見る限り、角の折れたという記録はないし角の見た目も間違いなく上位と言って良いんじゃないか」
そう独り言で言っているアーデリアスは少し疑問に思うことがあった。
「そんな実力を持っていると思うオーガが何故前科を付けられているんだろう?」
アーデリアスはそんなことを考えているともう一つの資料に目を通す。
「そもそも直属の上司になるムイカ様の資料も明らかにおかしい」
そういうアーデリアスの持つ資料にはムイカの情報が記載されていた。
そこに書いてある情報を見て思わずツッコまずにはいられなかった。
「まずギフターって時点で怪しさが満点だ」
何故ギフターが怪しいと思われるのかというと、ギフターと呼ばれる者はまず庶民からすると空想上の妄言だと思われているから。
理由を説明すると、ギフターはまず一般庶民に郊外することがない。
むしろ秘密裏にされていることが多い。
だから庶民がギフターと言われる者たちを知ることはなかった。
そしてアーデリアスは庶民の出なのでもちろん信じていない。
アーデリアスはさらに文句を言いたいことがあったらしい。
「ていうか『無の魔王』ってなんだよ! 肩書きからしておかしくない! もしかして"無能"の魔王だから無の魔王なのか。ふざけんな!」
そうこうしている内にアーデリアスが乗っている馬車がピタリと止まった。
そして扉が開き、そこからムイカが現れた。
「目的地に着いたので外に出てください」
そのことを言い終えるとムイカはその場を離れた。
そしてアーデリアスは今更だという感じでボソッと呟いた。
「何でボクより上のあんたが馬車を運転してるんだよ……」
などと考えながらもアーデリアスは外に出た。
外に出るとそこには森から出て来たからかまだ左右には木々が見えるが目の前に人間たちが建設であろう街が見えていた。
すると一体の魔物がムイカの方に声をかけた。
「魔王様、サッサと制圧しましょうぜ」
そんなムイカに軽口を言う魔物にアーデリアスは一喝した。
「貴様! まだ魔王になって日が浅いというのにそのような言葉遣いは控えろ!」
アーデリアスは強気に言うとその魔物は舌打ちをした。
その様子を見ていたのか、先程資料で見ていた魔物が近づいて来てその魔物の頭を強く掴んだ。
「悪い、これはあたいの監督不行届きだ。心より謝罪する」
そう謝罪の言葉を告げたのは、オーガであるフィーネス・ウィン・ダナクスだ。
アーネスは守備の魔王の領地の出身の前科持ちでありながら礼儀正しい一面がある。
そんなアーネスは実は女性なのである。
「いえお構いなく」
アーデリアスがその姿を唖然としている最中にムイカが先に返答してしまった。
それを聞くとフィーネスは深々と謝罪した。
「こちらこそ申し訳ない。こいつの教育はあたいがする。それで許してくれないか?」
その言葉を聞いたムイカは「良いですよ」とあっさり了承した。
そして足早に去って行った。
それを黙って見ていたアーデリアスはムイカに声をかけた。
「あ、あの彼女をどうやって部下にしたんですか?」
そうフィーネスはどう見ても姉御肌で誰かの下につくような魔物には見えなかった。
その言葉を聞いたムイカが簡潔に説明をした。
「大魔王様のおススメで紹介された彼女と決闘をして勝利したので配下になってもらっています」
アーデリアスがその言葉を聞いた後、少し顔が引きつった表情をした。
しかしすぐに切り替えて現状を確認することにする。
「まず私たちは目の前の街『アクセス』という我らの魔物領の入口となる森とエルフが住処としている森を隔てるように建造されました。あれが建つ前はあそこも我らの領土だというのに……」
アーデリアスは何処か悔しそうな声で話していた。
そんなことをしているとムイカが突然こんなことを言い出した。
「アーデリアスさん、どのように制圧をしたら良いですか?」
そんな言葉を聞いたアーデリアスは思わず呆れた声が漏れた。
「は?」
アーデリアスは資料で自身で行動出来ないことを知らされているため何となく分かっていたつもりだった。
しかし作戦の要となる制圧の仕方をこっちに聞いてくるとは予想外だった。
しばらく頭を抱えながら制圧について考えていた。
(本来なら武力制圧で主導者を殺した後に統治が確立させるのだが、それはボクはあまり好ましくない)
アーデリアスには秘書課の新人時代に優しくしてくれた一体の魔物がいた。
その魔物は魔法が得意でいつでも明るく振る舞っていた。
そんな魔物もいつぞやの戦闘で消息を絶った。
そんな心情があるため殺生にはあまり乗り気ではなかった。
なので叶えてくれるか分からない要望をアーデリアスは出した。
「私は制圧する街であったとしても被害を出さずに主導者に支配権をこっちのものにするのが良いと思います」
アーデリアスはこんなことを言ったが、はっきり言って不可能に近いお願いだった。
もし近づいて戦闘に入ろうものなら間違いなく被害が起こる。
かといってずっとあっちの出方を伺うばかりではいつまで経っても自分の領土を確保が出来ない。
そんな無茶な要求を聞いたムイカは目を閉じた。
その動作を見たアーデリアスは心の中で「無理か……」と言い聞かせた。
するとムイカはゆっくり目を開け、ある一言を言った。
「分かりました」
アーデリアスはその言葉にムイカの方を向くと、ムイカは片腕を空に向け言葉を発した。
「フリーズ・ワールド」
するとアーデリアス視界に世界の景色に何かノイズのようなものが視界に入るようになった。
そのノイズは地面や木々だけではなく、生物や空にすら現れている。
アーデリアスはその不思議な光景を見て思わず恐怖を感じてしまった。
「これは、一体……?」
そんなアーデリアスの心情を気にすることなく、ムイカが口を開いた。
「これで私たち含む対象3名はフリーズ世界に入って来れました。これより主導者と話し合いをして主導権の譲渡の交渉をしましょう」
その言葉にアーデリアスは困惑になりながらもこうなった経緯について見当がついた。
(もしかして、被害を出さずに主導権を握る方法を模索した結果なのか! こんな関係の浅い秘書のボクの意見を採用して)
その事実を知るとアーデリアスは思わず嬉しさで口角が上がりそうになった。
しかしムイカはそんなアーデリアスの感情を読み切れず、返事の言葉が来ないのでもう一度呼びかけた。
「アーデリアスさんどうかしましたか?」
その言葉を聞いたアーデリアスが慌てて先程の嬉しそうな表情を変えて真剣な顔になった。
「い、いえなんでもありません。では街の主導者の元へ向かいましょう」
アーデリアスが言うとムイカは「分かりました」と返事をして街へと向かった。
すると向かおうと言ったアーデリアスが急にムイカを呼び止めた。
「あのちょっと待ってください」
ムイカをそう言われてその場で脚を止めて、アーデリアスの方へ向き直した。
アーデリアスはどこか気まずそうな感じでムイカに質問しました。
「あ、あの先程私の提案を聞いてこの魔法を使おうと魔王様が考えられたのですか?」
アーデリアスは自分の提案をする言葉に耳を傾けてくれたムイカのことを少しばかり尊敬の念を向けていた。
しかしムイカの一言によってアーデリアスの先程までの考えがひっくり返ることになる。
「いえ、『提案の神』と『実行の神』の加護に従って行動しました」
その一言を聞いてアーデリアスは愕然と膝を地についた。
さらにアーデリアスはギフターであることを思い出した。
「そういえば自分では行動出来ないって書いてあった。何を確認してたんだボクの馬鹿!」
そんなアーデリアスの葛藤を後目にムイカはまた問いかける。
「アーデリアスさんそろそろ移動しましょう」
その言葉を聞いたアーデリアスはすぐに立ち上がり、町の方へと一緒に向かった。
先程の恥ずかしい出来事を忘れながら……
ムイカとアーデリアスが人間の街『アクセス』に入った。
中では外の出来事を同じような視界になっていた。
この現象はあまりにも不可解であると思ったアーデリアスはムイカに質問をした。
「あのこの現象が起こっている魔法の詳細について教えてくれませんか?」
ムイカはその質問に軽く説明をした。
「『フリーズ・ワールド』はこの世界の狭間のような空間に入り込むことの出来る、いわば別時空といったところです」
その説明を聞いたアーデリアスは納得しながらもなんとも不思議な現象で肌がピリピリしていた。
そうこうしていると目の前に大きな領事館のような建物が見えた。
ムイカがそちらに歩み進めているため、あの建物が目的の人物がいる場所なのだと理解する。
そのまま建物の中に入り、その中の一室の扉を開けた。
そこにいたのはまだ40代ほどの筋力があるようには見えない男性がいた。
この理解が出来ない現象に取り乱していることから彼が主導者であることは間違いなかった。
男性は突如扉が開けられたことを知るとすぐに部屋の隅に移動した。
しかし入ってきた人物を見て男性は足早にその人物の元へ駆け寄った。
そしてそのまま涙目になり抱き着いてきた。
「救世主様! またこのような事態を解決するために戻って来て下さったのですか!」
男性は情けない声を上げてその人物に頼み込んでいた。
その人物とは今まさにこの街の支配権を握ろうと乗り込んで来たムイカだった。
その光景を見てアーデリアスは困惑の表情を見せた。
しばらくして落ち着いたのか事情を説明をすると男性ことバラミット・ビクバが口を開いた。
「なるほど。つまり貴方は魔王をとなり、手始めにこの街を乗っ取ろうをしているということでしょうか?」
その言葉を聞いたムイカは「はい」と返す。
そんな大事なことを簡単に返事をするなと心の中で思ったアーデリアスだった。
(にしてもこんなことを言って納得するはずがないよな)
この街はただでさえ魔王の軍隊や魔獣がいつ襲って来るか分からない場所だ。
だとしても仮にも自分たちの誇りを持って守ってきた街だ。
みすみす支配権など手放すわけにはいかないだろう。
そう思っていたというのにバラミットのある一言によって膝からこぼれ落ちることになった。
「ええ良いですよ。この街の支配権はお譲りします」
そんな簡単に支配権を渡すものだから、もしかして来る場所間違えたとひやひやした。
そんなアーデリアスの心境とは裏腹にバラミットはちゃんとした理由を話し始めた。
これは勇者一行が街に訪れて魔王軍幹部と交戦していた時のことでした。
勇者たちは優勢に幹部を追い詰めていました。
しかし次の瞬間、空に大きな魔法陣が展開されてそこから大きな隕石たちが降ってきました。
その被害は街全体が崩壊してもおかしくなかったものでした。
絶体絶命のピンチに救世主が現れました。
当時幹部との戦闘に参加していなかったムイカさんだった。
私は一か八か彼にお願いをしました。
「お願いします! この街も街の人間たちをあの隕石の被害から救ってください!」
そんなの出来ないことは重々承知である。
こんな情けないことを言ったとしてもどうしようもないことだという現実に。
しかしムイカさんは違った。
ムイカさんは何か口をパクパク動かしていた。
それと同時になんということか先程まで街に降り注いでいた隕石たちは全てガラスが割れたかのような音を立てながら一瞬にして消えてしまった。
そのときからムイカさんは街の英雄として陰ながら民は尊敬の念を集めていた。
「……という経緯があり、ムイカさんに支配権をお譲りすることは何の苦でもありません」
アーデリアスはその話を聞くとムイカの圧倒的な実力に感銘を受けた。
(勝手に"無能"の魔王とか考えてすみませんでした)
アーデリアスが心の中で謝罪するとバラミットはふとある疑問を問いかけていた。
「ですがこうもあっさり服従したとはいえ、上にはどのように報告したら良いか」
そう制圧をされたということはもちろん王都に向かい、報告をする者もいるだろう。
とはこうも呆気ないと実感が湧かない者だ。
するとアーデリアスがある考えを閃いてムイカとバラミットに伝えた。
「あの報告を人間の王都に向かわせないようにするのはどうでしょう?」
急に提案を言ったアーデリアスに対してバラミットは質問する。
「報告させないとはどういうことでしょう?」
バラミットが質問するとアーデリアスは懇切丁寧に説明した。
「まず街に潜んでいる諜報員はこの状況のことを全く気付いていません。なのでその諜報員を全て捕らえて、逆にこっちにあっちの情報を手に入れるための駒にするためのスパイさせます。そうすれば勇者たちの動向を掴みつつ計画を練ることが出来ます」
その作戦を聞いたバラミットはアーデリアスの考えた作戦に感銘を受け、賛同することにする。
しかしここである疑問が浮かぶ。
「なるほどそれは予想だにしていなかったよ。けれどどうやって諜報員を見つけるつもりだい? 諜報員に関しては私にも秘匿にされているから、探すのは至難だよ」
そう言われたアーデリアスは少し頭を悩ませることになった。
けれどふと視線を向けた人物によってその問題は解消されることになった。
「あの魔王様、もしよろしければ諜報員を探し出し、こちらのスパイに操ることは可能ですか?」
その質問に対してムイカは「はい」と即答した。これで無事に問題が解決された。
その後はフリーズ・ワールドの力をフルに活用して街にいる諜報員たちを全てこちらスパイに仕立て上げ、魔法の解除後はバラミット自らが軍隊を先導して街の入口へと案内した。
街に入り、無の魔王の部下たちは皆唖然としていた。
何故なら街の中はこんなことになっていたからだ。
「ようこそいらっしゃいました! 無の魔王の軍勢の皆さま」
「長き旅路、お疲れ様でした」
「今日は新たに無の魔王の領地となったアクセルの街を満喫していってください」
なんと宿敵ともいえる魔物たちに対して街の人間たちが、歓迎ムードでお出迎えをしているのだ。
当然、戦う気満々だった兵士たちは皆は状況が読み切れず混乱していた。
そんなことを部下たちの心情を後目に馬車の中でアーデリアスとムイカはこんなことを話していた。
「にしても凄いですね。シェアという魔法を使ったとはいえこんなにも人が歓迎してくれるとは思わなかった」
そうあの後ムイカはシェアという魔法を使い、バラミットが見て聞いた記憶を住民の人たちに一斉に伝えたのだ。
だというのにあの一瞬でここまでの歓迎をされるとは思ってもみなかった。
「最初は警戒されると思っていましたが、なんとやっていけそうで良かったです」
アーデリアスがそんなことを言っているとムイカがゆっくりを言葉を伝えようとしていました。
「アーデリアスさん、今回貴方が同行してくださったおかげで私はこんなにも早く制圧が出来ました。心より感謝します」
そう言い終えるとムイカは深々と頭を下げました。
それを見てアーデリアスは少し照れくさそうにしてお礼を言った。
「いえこちらこそ貴方がいたからこそこういった行動が出来ました。もし他の魔王なら確実に……」
そうアーデリアスが言いかけているとムイカは余計な言葉を口にした。
「……と『称賛の神』と『鼓舞の神』に『礼儀の神』、それから」
ムイカが次々を神の名前を言うとアーデリアスが聞くに堪えなかったのかそれを止めるように慌てて行った。
「分かりました! 分かりましたからその神の名前を言っていくの止めてくださーい!」
こんな穏やかな会話をしてこの日は幕を下ろした。
けれどこれからが国を動かすための試練が残っていることをまだ知らない。
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