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コンチ君

[魅紅死意の儀。それは十何年も前にあのmixiに書いた日記を加筆・修正し蘇らせる儀式。退会後も80以上の雑文を保存してあるが、当時は自分で面白いと思って書いていたのに今読み返して少しでも面白いと思えるものは、恐ろしいことに2つか3つしかない。そのひとつが今、蘇生いたします]

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天気がよかったから、少し遠い吉祥寺まで自転車で行った。
友人とランチして買い物しておしゃべりして、 とても気持ちいい帰り道。

吉祥寺を出た頃から、私と同様に西へ向かう自転車のひとつに、ひとりごとにしては大きすぎるトーンで何かを発言する少年が乗っていた。
なんていうか、 よく電車とかで陽気にひとりごとを言ってるタイプの。
少し障害があるのかもしれないが正しく走行できて特に問題のない子だろうと、なんら気にすることなく私はペダルを漕いでいた。

三鷹を過ぎたあたりで、忘れかけていた例のひとりごとが再び聞こえてきた。
(なんだろう。たまたま、漕ぐペースが近いのかなあ)
チラリ横を見ると、高1前後と思しきその少年と目が合った。
前カゴに、AKB48らしきアイドル関連の雑誌やチラシが束でつっこんである。
笑顔であった。
私は無言で自転車に無駄についている6段変速ギアを初めて最大にし、軽快に進んだ。

武蔵境を過ぎたあたりで、また彼が並んだ。
いったいさっきから何をくり返し叫んでいるのだろうと、信号待ちのあいだに耳を傾けてみた。
「"コンチ"を、さかさまに言うと?」
と言っている。…他愛もない下ネタだった。
(それにしても"コンチ"って何だよ。もう少しトンチを効かせてくれ)
などと思いながら、今度は減速して走行。
しかし彼はなかなか追い抜かない。
まさかと思ったが、 彼はずっと私に問いかけているのだった。
「コンチをさかさまに言うと? コンチをさかさまに言うと?」
まわりに女性が少なかったとはいえ、なぜ彼は中年の私をターゲットに、こんな独特なセクハラを仕掛けてくるのだろうか。

「ねえ、コンチをさかさまに言うと?」
私は表情を変えずシカトをきめこんでいたが、不快になるどころか笑いをこらえるのに必死になってきた。
「チン○」と答えたら終わる? 答えたらさよならできるのか?
言うまい。言いたくない、さすがの私も。
私は大人だ。しかし彼に笑顔で「そんなこと言ったらだめよ」と返せる器量がないのだった。

帰り道の途中に私の実家がある。特に用はないが寄っていこう。
実家が近くなり、少年よ早く通り過ぎてくれと願いながら限界まで徐行。
振り返らずにいる間に、何台かの自転車が脇を通り過ぎた。
彼はようやく私を追い越して…行くと思いきや、3m程先で停止してくるりと振り向き、 例の質問を完全に私に向けてハッキリと2回叫んだ。
その顔はあまりにも屈託なくキュートで、私は限界を超えて鼻から「ブフッ」と笑いをもらした。

ふと思い出す。
超子は一人でいるときすっごい寂しそうな顔してる、と友人が教えてくれた。たぶん自分で思うより100倍暗い顔してる。寂しそうすぎて声かけづらくて笑った、と。
もしや、少年は暗い顔した私を笑わせたかったのだろうか。だとすればきみの勝利だぜ少年。

しかし、このままでは彼が万が一、実家までついて来てしまうのではと若干怖くなり、完全停止して彼が見えなくなるのを待つことにした。

10m、20m、夕陽へ向かう自転車の波にのって
彼はゆっくりと消えていった。

30m、40m… 彼は何度も振り返って私に何か言っていた。
おそらく例の質問であろう。

もしかするとこのあたりではちょっとした有名人で 「コンチ君」なんて呼ばれてたりして。
どうか幸せに育っていってほしい。
アイドルの引退をきっかけに命を絶った子のニュースを見た。
そんなこと決してしないでくれ。まだ見ぬ楽しいことが必ずあるから。

などと思いながら実家に着き、 犬をなでながら両親と会話とも呼べない無愛想なやりとりをしていると、
父がいきなり、
「なんだっけ、AKBの前田さんとかいう子が卒業するらしいじゃない」
と言う。またAKB!
しかも真面目な父とAKBの話などしたことがない。どうした急に。
「なんでそれ私に言うの?!」
「えらいニュースになってたから超子も知ってるのかと思ってね。世の中のことはお父さんも一通り知っておくんだよ」
「いや知ってるけど!ごめんそんなに興味ない。あたし42歳だし!」
大口あけて笑う私につられて、父もフフッと笑った。

なんてことない1日。
しかし、なんていうか、幸せな1日だった。

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(今は亡き、父と実家の愛犬たちに捧ぐ)


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