見出し画像

【鑑賞録】映像の世紀バタフライエフェクト「大東亜共栄圏の3年8か月」

 「大東亜共栄圏」先の大戦で我が国のスローガンだったこの語、侵略を正当化する方便だったにせよ、表面的には欧米に隷属していたアジア民族の自立と共存共栄を目指すはずだったこの概念の盛衰を追ったNHKスペシャルを見て、「共栄」の主語について考えさせられた。
 近衛文麿が東亜新秩序として、日中満を対象に提唱した概念は、戦火の拡大と共に、「大東亜」と対象を拡大して用いられ始めた。日本の勢力圏を示すという目的が先行した概念であったために、その運用の理念は漠として、それを語るものによって揺れ動くものではあるが、東条英機が日米開戦直後、昭和16年12月の施政方針演説で示した「大東亜の各国家及各民族をして、各々其の処を得しめ、帝国を核心とする道義に基く共存共栄の秩序を確立せんとするに在る」などが代表的な言語化と言えよう。
 その真意は別として、日本はアジアの欧米植民地を武力で開放し、その自立をリードする動きを見せた。しかし、その「解放」の思想は、あくまでも日本国家ないし民族が他のアジア民族を指導するという構図の下に描かれていた。その構図は、番組中で描かれる、南方特別留学生や、現地での日本語教育などにも表れている。
 資源獲得という実利を追う国家が上記構図を描いたのは当然ともいえるが、アジアを先導する民族との意識は、一般国民の中にも根付いていった。
 番組中に登場するある青年は、蘭印と呼ばれたジャワを指して、「日本」の2文字となるはずだったと述べる。日本を家長とする家族の子分・舎弟として東亜諸国を見るまなざしが感じられる。
 この、国家・民族を主語とし、それらを擬人化した指導・被指導の構図の意識は、国民の心の中に、その国家・民族への所属を自尊心の拠り所とする意識を生む。
 個人の構成要素や資質ではなく、共同体への所属を心の拠り所とするこの意識は、他の共同体やその構成員が自己の共同体よりも優位に立つことへの不寛容として現れる。経済、文化、その他いかなる領域においても、自己の共同体が他に劣ってしまえば、自分自身を肯定できなくなる。それゆえに、不都合な情報を都合のよい色眼鏡をかけて見るようになり、自己や所属共同体の方向修正や成長の契機を見逃し、ひたすらな現状肯定に閉じこもるようになる。その傾向は戦局暗転後の大本営発表などに色濃く表れる。
 この、東亜のリーダーとして自らを位置づける意識的構図は、戦後も生き続けているように思われる。日本は高度経済成長を経て、一時はジャパンアズナンバーワンと称されるまでの発展を遂げた。敗戦によって地に落ちた、日本の共同体としての位置は再びアジアのトップへと上り詰めた。
 明治維新から国際連盟の常任理事国・五大国そして、無条件降伏からのジャパンアズナンバーワン、日本をアジアのリーダーに位置づける構造の2度の再現は、我々日本人の中に、我々が属する国家・民族に基づく自尊心を強く意識させたのではないか。
 そして現在、「ネトウヨ」「嫌韓派」などと呼ばれる層からの排外的な言説が取りざたされている。教育の分野においては、愛国心教育の重要性が叫ばれている。それは、アジア諸国に対して特に経済面で相対的な優位を失いつつあり、自尊心を失いつつある日本人が、他国の否定や、定量的に定義しえない文化的な優位性を主張することによって、アジア諸国に対して、自己の属する国家・民族が優位であるという構図を維持しようという働きなのではないか。
 しかし、自尊心擁護のために、自己が属する共同体を主語として、その優位性を自己の心理の中で、維持しようとするこの働きは、その共同体に不都合な情報を読み替える色眼鏡を生むがゆえに、共同体の方向修正や成長の機会を失ってしまう。
 これは何も日本に限ったことではなく、白人至上主義や中華思想、世界各国のナショナリズムなど、多くのコミュニティにみられることである。
 この負の流れを変えるためには、個人が自尊心の拠り所を帰属する共同体ではなく、自己の能力・働きに置き、自己がより高みに上るためにはどうすべきかを考えて行動することだと考える。共同体構成員の多くが自尊心の主語を自分自身に置くことになれば、他者の否定に基づく自尊心の維持は、単なる自己弁護にしか映らなくなり、支持を得られず淘汰されることとなる。
 そして、自己の能力を基礎とする、競争的な環境で、自尊心を維持するために各個が周囲のリソースを巻き込みながら高みに上ろうとする過程で、おのずから共同体の力は高まってくるのだと思う。
 番組の終盤、インドネシアで敗戦を迎えたある兵士は、大日本帝国というそれまでの主語を失いながら、自分個人を主語として、共同体から独立した自分の意志で、独立戦争に参加する。
 戦闘という行為の如何は別として、このような、自分自身を主語とした行動を各個人が意識することが、結果としての「ジャパンアズナンバーワン」の復活につながるのではないか。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?