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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第47回 やっぱり路地が好き in 荊州

(62)三義街(サンイージエ)では、もう少し寄り道をしたいと思っていた。寺の参観を終えたぼくは、その後もちょっとずつ脇道の住宅地へ出入りして、ギンギンギラギラの太陽から逃れた。とある路地裏は、洋服であれば継ぎ接(は)ぎだらけともいうべき、改築に改築を重ねた魔改造住宅がならぶ世界だった。コミュニティーの私道ということになるのか、各戸がならぶ路地は幅およそ2米(メートル)。道を歩くというよりも、家と家のあいだを見つけて進むといった感じである。ところどころ、鉤(かぎ)の手というほどではないが、真っすぐでない微妙に歪(ゆが)んだ通り道を歩いていくので、探検ごっこをする子供のような心持ちである。そこに布団や洗濯物が吊されていたり、シューズラックが出ていたりするので、見通しはかなり悪い。さらに、どこからどう引き回されているのか分からない、無数の電線がレンガの壁をつたっている。なお、先ほど路地と書いたが、ここには部分的に「屋根」がある。どういうことかといえば、左右の切妻(きりづま)造りの民居が互いに梁(はり)を渡して、そこに補強用の木材や雨漏りよけのビニールなどを被(かぶ)せ、さらにその上に瓦を載せている。自宅への出入りや通行の折に濡れないよう、そうした共同工夫を施しているのである。それは急場しのぎの仕事のようにも見えるけれども、その一方で「もろもろ間に合わせて生き長らえてます」といった家屋の声が聞こえてきそうな、ある種のぬくもりが感じられる。とにかく、そんなふうに手造り感満載の家々を都市の真ん中で発見するのは、ぼくにとってまた新鮮な体験である。なにしろ内陸の地方都市のことだ。沿海の大都市とは事情が違う。きっと五年、十年前ならば、このような庶民の等身大の居住地風景が城内の主流であったことだろう。民居の玄関扉には、赤地に金文字で「富貴平安」とか「萬事如意財運通」なんて印刷された吉祥の掛け物がペタペタと貼られている。それがまた年季が入っていてよろしい。古いには古いし、特段豪華ともいえないが、けっして陋居(ろうきょ)陋屋(ろうおく)という風情ではなく、人が住まう、力強い意気とか気勢というものが家の方にもしっかりと保持されている。そんな感じがする。ひとことで言えば、人も家屋もしぶといのだ。

(63)途中から三義街は、クルマ二台の往来がギリギリ可能な道幅になるが、総じて両側の建物は低く、車両や通行人よりも、生命力旺盛な樹々のほうがずっと存在感がある。かれこれ500米くらい歩いてきたけれど、ここは世の流れに少しも動じないというか、世の空気がほとんど流れ込んでこないというような、一種独特の雰囲気を保っている。道は荊州北路(ジンジョウベイルー)と交差する。オート三輪とバイクと自転車が一台ずつ、ぼくの前をスーッと通り過ぎていった。どこか涼しげだなと思えば、それもそのはず、荊州北路の街路樹はこんもりとして緑が分厚く、道ゆく人のために大きな日陰を作っている。あちらを歩くのもいいなと心が揺らぐが、すぐ思い直してこれを横断し、プランどおり直進する。真南からの陽光を背に浴びて、大北門へ向かう。時刻は12時18分(この日の当地は日の出6時18分、日の入り18時30分。つまり、ほぼ南中時刻であった)。三義街は、なお魅惑の小路として続いていた。左右はくたびれた平屋ばかりであるが、心なしか通行人が増えてきた。それもそのはず、軽食屋など個人商店が現れ、道端には色とりどりのパラソルが、調理や洗い物のために広げられている。ちなみに、その一つは全国規模の学習塾の名が入った傘で、なるほどこんな裏通りにまで校名が行き届くなら、広告媒体としてアリだなと感心する。そんなほのぼのした風景だが、そのすぐ上では、電線があやとり状態となって交錯し、さらに高さ10米ほどの樹木がこれに覆いかぶさっている。危険を察知したら、すぐさま退避する。真っ昼間の地上といえども、まるで異界のダンジョンを行く冒険者の気分である。そうやってゆっくり北上していると、本当に迷宮じみた平屋のゾーンが、右手に口を開けてぼくを待っていた。当然、こういう閉鎖的な区域に立ち入るのは憚(はばか)られるのだが、風に揺れる洗濯物や時代物の土壁、それから瓦屋根のたたずまいに誘われて、ついふたたび、見知らぬ誰かの生活空間へ足を踏み入れてしまった。そこは実際、別世界ともいえるような静けさが広がっていた。

物置き物干しにも(子供の遊び場にも?)適した、お隣どうしの共同屋根。 
荊州北路とぶつかるが、そのまま横断して三義街を直進する。
日陰たっぷりの荊州北路を横目に…炎天下の裏通り散策を継続。
八百屋、魚屋、荒物屋、軽食店etc. 平屋の商店がつづく渋い風情。
のんきな四人乗り自転車とすれ違う。これは観光客用だろうか...

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