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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第68回 小川料理とは何ぞや!? ─漢街後編─

(52)引きつづき楚河漢街をゆく。途中で陸橋の下をくぐるが、そんな暗がりにも車両販売のアイスクリーム屋やドリンクスタンドが出ており、商売の途切れる間がない。すると、おととい西瓜汁(スイカジュース)を求めた辛迪果飲(シンディーグオイン)が此処(ここ)にも出店しているのを発見。いいね、予想外の再会だ。もちろん嬉々として突撃する。今日は鮮やかなポップに惹かれて、桃や芒果(マンゴー)など水果(フルーツ)入りの花茶(ジャスティンティー)と迷ったあげく、石榴汁(ザクロジュース)30元に決定。加冰(ジアビン)、つまりシャーベット状にしてもらう。出来上がりを待っていると、なんとレジ横に、微信(ウィーチャット)の顔認証支払い機を発見した(荊州の店には無かったはずだ)。およそ10英寸(インチ)の平板電脳(タブレットパソコン)状で、上部に三つのカメラがついている。「刷瞼支付(シュアリエンジーフ)」と表示されているが、この支付(ジーフ)とは支払う、瞼(リエン)は顔のこと。そして刷(シュア)はもともと擦(こす)るとか磨くという意味だが、信用卡(クレジットカード)を機械に通す、つまり信用卡(クレジットカード)で支払うことを、刷卡(シュアカー)という。だから、なにも顔を擦ったり磨くわけじゃないが、スキャンして支払う意味で刷瞼(シュアリエン)という言葉が出現したとみえる(今後定着するのかどうかは分からないが、こういった社会変化に即応する中国の新語と出会うのも面白い)。さて、石榴汁のほうだが、先の妃子笑芝芝(フェイズシアオジージー)並みに甘味がめっぽう強いが、歩き疲れた身にはそれがありがたい。そして加冰にして正解、またまた一杯のフレッシュジュースで生き返った。

(53)いったん楚河漢街から退出し、これと並行する表通りに出たぼくは、ある日本料理店を探した。そう、荊州につづいて、武漢でも敢えて和食店を攻める。店の名を小川料理という。とにかくここは口コミの評価が高い、そして値段が手ごろである。武漢市内に何店舗か営業しているのだが、近くに来たのだから試さないわけにはいかない、なんて勝手に意気込んで、食事を遅らせてきたのである。通りの名は松竹路(ソンジュールー)。先ほどの楚河漢街の裏っ手に飲食店ゾーンが伸びているのだが、まもなくお目当ての小川料理の店先に到着した。だが、一瞬であきらめた。すでに、およそ二十名が順番を待っている。見た感じでは、ほとんど学生である。彼らは店が無造作にばらまいた簡易椅子に座っている。歩道の幅は約10米(メートル)と広いのだが、その半分あまりが待ち客によって、なんとなく占拠された格好である。中国らしいと言えばらしい、ゆるい風景である。看板には「小川料理、大衆レトロ酒場」と大書され、小さな字で「刺身・ラーメン・焼き物・丼・板焼き(原文ママ)」と添えられている。外壁も凝っていて、瓦(かわら)を載せた檐(ひさし)まで造作してある。軒下には、お食事処なんて提灯がぶら下がり、どこから仕入れてきたのか、壁にはレトロ広告の貼り紙までしてある。ヤマサ醤油、オリエンタル即席カレー、トリスウヰスキー、オロナインなんて具合に。我々からすると、スーパー銭湯の飲食コーナーみたいな印象もないではないが、とはいえ芸が細かいのには脱帽する。控えめに言っても上出来だ。一体全体、この日本料理店をして(あるいは武漢の消費者をして)、ここまですっかり昭和風味を再現させたり、没入させたりする力とは何なのだろう。此処は彼ら彼女らにとって、お食事処という名のテーマパークなのだろうか。なおのこと、店内の様子と料理が気になる。飛び込みで体験してみたかったが、仕方がない。今日のところは退散しよう。

(54)辺りは夕暮れ。楚河漢街へ戻り、名残惜しさに手頃な椅子でしばし休憩する。と、何やら歌声が聞こえてくる。近づいてみれば、ギターを抱えた少年がスタンドマイクの前で生歌を披露していた。二、三十人の若者がなんとなく遠巻きに見ている。遠巻きだが、ぴたりと直立している女の子が多く、逆にそれが単なる野次馬というより素直に聴き入っている印象を受けた。中には友達に知らせるためか、スマホで撮影している子もいる。そこは全体として細長い楚河漢街のほぼ中央である。大型店の入居する倉庫風建物がそこだけぷつりと途切れ、広場スペースになっている。運河を背にして、彼は唄っている格好だ。向かって右には、伝統的戯台(シータイ)を模した大型ステージもある。すでに日が暮れて、照明もほの暗い。それがまた、しんみりとさせる舞台空間を生んでいた。彼はかたわらにQRコードをデカデカと掲示して──およそ50厘米(センチ)四方もある──、観客にアクセスを呼びかけていた。説明書きに記して曰く「掃碼点歌(コードをスキャンして歌をリクエストしてね)」と。なるほど、粋な方法である。さらに、その印刷されたQRコードの下に、手のひらサイズの小さな二次元コードが二つ、控えめに貼られているのも気になった。各コードを取り囲む、黄緑と水色のアウトライン、街でよく見かける色の取り合わせである(そう、商店のレジ周りで)。そして、横には「感謝打賞」の文字。そう、これらは中国の二大支払いアプリ、微信支付(ウィーチャットペイ)と支付宝(アリペイ)によるネット投げ銭のためのコードなのだ。曲をリクエストして、唄ってもらい、おひねりを投じる。一連の歌手活動やファン行動が、簡易なアプリ操作で相互に完結する。それが珍しいことでなくなったからこそ、かえって繁華街における流しライブが一種の外したアクションとして、リアルな関心を誘うのかもしれない。

(55)ぼくは、宿のある江漢路へタクシーで戻った。武昌の夜景も現代的で目を見張るものだったが、すでに身体が音を上げていた。やむなく車窓から拝ませてもらう。クルマのダッシュボードには、青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)を片手に見得を切った、金ピカ関羽の像──縦横10十厘米(センチ)ほど──がぶら下がっている。凛々(りり)しい姿で、なかなか格好いい。街の灯をバックに、それが振動で激しく揺れるさまを、ぼくはぼうっと眺めていた。それから目を閉じてみたり、薄目を開けてみたりした。たまにガチャガチャッと関羽像が音を立てて、ぼくを起こす。そんなことが繰りかえされた。夢と現実のふちをなぞりながら、ぼくは暮れなずむ武昌の街に別れを告げた。

陸橋下にあるアイスクリーム&綿あめ店。価格帯は15~30元。
二日ぶりの辛迪果飲。ウィーチャット支払い機に「刷瞼支付」の文字。
こちらは貫禄あるアディダスの店舗。
同店の武漢・上海・北京・広州…各都市限定カラーシューズの広告。
松竹路(右手裏が楚河漢街)。同デザインのビルが続き頭がくらくらする。
異様な高評価が気になり来てみたが、あえなく退散。
洋館と戯台と路上ライブと工事風景が重なる…シュールな空間。
支払いアプリのQRコードが比較的小さいのがかわいいところ。


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