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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第67回 湖北のセレブと小豆豆 ─漢街前編─

(50)楚河漢街は、中華民国時代の洋館をイメージして出来た人気商業区で、東西1.5公里(キロ)におよぶ一本道。通りを挟んだ東隣には、荊州でも訪れたショッピングモール、万達(ワンダー)広場の漢街店が建つのだが、この楚河漢街も同じく万達集団が五百億元を投じて開発した(なお武漢では万達広場が他にもう2店舗営業している)。百度百科(バイドゥーバイコー)によると、わずか8ヵ月の工期で2011年9月に開業したという。さて足を踏み入れてみると、建物外観は一様に西洋風であるのに、敷地内にはなぜか屈原、王昭君ら古代セレブリティの像が建っており(ともに湖北の長江流域出身)、正直なところ演出コンセプトに致命的なブレを感ずる。なにか、古(いにしえ)の威光にあやかろうとするも、ゆるキャラのような手ごろな媒体がないので表現が直接的にならざるを得ない。それで非常にぎこちない。そんな事情が見え隠れする。ツッコミだしたらキリがないが、像の人物がそろって悲劇のヒーロー(ヒロイン)であることも間違いなく違和感の元だ。まあ、一歩行者としては「湖北省万歳!」的な意図を汲(く)み取っておけば十分だろうか。そう、日本の首都圏なら横浜の赤レンガ倉庫、上海ならば新天地あたりを想像していただくとしよう。ああいう街並みが、(東湖と沙湖という二つの湖をつなぐ)楚河なる人工河川沿いにつづいている。そんな大規模ショッピングゾーンである。飲食店は焼肉、火鍋、創作中華、東南アジア料理店、ステーキハウス、洋中混合カフェテリアと他ジャンルにわたり、客単価100─200元もする高級店が目白押し。麦当労(マック)、肯徳基(ケンタッキー)などの快餐(ファストフード)店は稀である。その中で、「赤熊・咖喱(カレー)VS天丼」という謎なネーミングの日本料理店が、同50元程度で独自性を貫いていた。カレーと寿司と焼肉丼と天ぷらとたこ焼きがいただける店である(入口には堂々と明治40年創業と書いてあるが、はて何のことだろう)。他にも、おなじみの哈根達斯(ハーゲンダッツ)とか星巴克(スタバ)、とか、H&M、GAP、優衣庫(ユニクロ)、ZARA、阿迪達斯(アディダス)、耐克(ナイキ)、コンバースもある。画一的なモールではなく一軒一軒が独立したデザインの洋風建築だから、道々愉しさは尽きない。さて、歩き疲れて少々腹は減っているが、このへんは物価が高いし、明るいうちに楚河漢街を歩き通してしまいたい。そう考えてどんどん進んでいった。途中、漢服に身を包んだ三人の美女が、きっと宣材用なのだろう、瀟洒な構えの店先でポーズをとり、写真を撮っていたりもする。ちびっ子たちを載せた電動カーが走る光景も見られた。だんだんバラエティーに富んだショッピングエリアになってきた。ミント色した三角屋根のかわいい館はマカロン専門店。LEGOショップも貫禄たっぷり、巨大・黄鶴楼など気合いの入ったディスプレイを展開し、親子連れに人気である。とりわけ目立ったのは、東京・お台場にもある杜莎夫人(マダムタッソー)の蝋人形館である。奥黛麗・赫本(オードリー・ヘップバーン)、賈斯汀・比伯(ジャスティン・ビーバー)、利昴内爾・梅西(リオネル・メッシ)など海外明星(スター)のほか、姚明(ヤオミン)・周傑倫・范冰冰・劉詩詩と中国的有名人の人形が展示されているという。ただし料金が100元(当時約1,600円)もするので入館は遠慮する。

(51)此処(ここ)に文華書城(ウェンホワシューチョン)という書店があって、どれどれと入店してみると、これがなかなか本の見せ方が凝(こ)っている。売場面積に比してタイトル数は少ないのだが、目を引く装丁の本たちがアイランド形式の売場に高く平積みされて、最上段の一冊だけが木製のスタンドでその美顔を正面に向けている。おしゃれな本ばかり選んで、お茶を濁しているわけではない。実用書や専門書も洒落たデザインが多く、これがなかなか見映えがするのである。まず歴史書コーナーをご紹介しよう。日本人にも身近なタイトルだと、(ものすごく意外だけれど)たとえば宮崎市定『中国史』がおしゃれな装丁の新刊で平積みされていたりする。元々は1970年代に岩波書店から刊行された、当分野のロングセラーである(現在は岩波文庫に収録)。帯には「史学泰斗、核心著作」「傍観者的視角、世界史的立場」などと書かれ、裏表紙には北京大学や上海・復旦大学の歴史家の推薦文とならび、岩波書店による宣伝文まで丁寧に翻訳されている。本の内容が時代を超えて尊ばれているのはもちろんだが、こういう装丁から読みとれるのは、外国人が書いた中国史という第三者的な視点がこれでもかと強調されていること。また、もう一つ想像されるのは、宮部市定とか岩波書店などという四文字の日本語が、中国人ユーザーにいたく新鮮でキャッチーな印象を与えていそうだということである。興味深いのは、同じ島式売り場で盛大にお薦めされている本が、春秋とか宋の徽宗(きそう)とか明の万暦年間など各時代の歴史(書)をピンポイントで取り上げたものと(それぞれ中国人好みの時期には違いない)、哈佛(ハーバード)や剣橋(ケンブリッジ)や大英博物館の名を冠した中国通史の翻訳ものとが、ほぼ半々だということである。歴史本のトレンドがなんとなく読めてくるではないか(もちろんネット書店でも同様だが)。児童書も見てみよう。『哈利・波特与魔法石(ハリー・ポッターと賢者の石)』『窓辺的小豆豆(窓際のトットちゃん)』『一年級大个子二年級小个子(大きい1年生と小さな2年生)』『我的野生動物朋友』『給孩子的唐詩課』『紅楼夢』『水滸全傳』『三国演義』『西遊記』『昆虫記』『秦文君』『新筆馬良』『魯西西傳』。陳列台の本を、取捨選択せずに列挙した。此方(こちら)は定番すぎるラインナップだ。中国四大奇書はさておいて、日本の児童書が2タイトル含まれているのが興味深い。とくに中国国内におけるトットちゃん人気は、すでに世代を超越しているようだ(2003年に正式に翻訳・出版され、2017年には中国での発行部数が1千万部を超えたと報じられている)。最後の3作品は、中国児童文学の有名作とのこと。野生動物の本は、ティッピ・ドゥグレというフランス人女性の著作で、アフリカの野生動物と暮らした経験が紹介されている。中国の大型書店に行くと、教育熱の表れだろう、自然科学系の子供向け図鑑・教材類が大量にディスプレイされているのが目立つ。だから、自然科学への関心を引き出そうとする、こういった児童書のさりげないレコメンドもまた興味深いものである。他に目についたタイトルといえば、日本でも人気のSF話題作『三体』、テレビドラマにもなった歴史小説『長安十二時辰(長安二十四時)』、ミシェル・オバマ元大統領夫人の『成為(邦題=マイ・ストーリー)』、あと日本作品では意外なところで、『断捨離』、都築響一『東京風格(TOKYO STYLE)』、それに『横尾忠則対談録』なんかもある。あっ、村上春樹と東野圭吾は、当然のように特別コーナーが設けられ、多数タイトルが陳列されていた。

楚河漢街の入口。洋館の前に屹立する屈原の像。
立派なエリアマップだが、嵌め込み部分の質感に向上の余地あり!?
宝飾店かと思いきや、こちらはマカロンの店。
「本格の日本料理」は「地表最強」レベルだそう。是非ともお試しあれ!
飲食店スタッフに自撮り少女…と漢服姿もたびたび見かける。
このような電動カーが親子連れを乗せてひっきりなしに通行する。
圧倒的存在感を誇る、黄鶴楼のディスプレイ。
レンガ&ガラス張りの外観設計。週末は混みそうだ(撮影時は月曜午後)。
文華書城。スタジオ風の店舗設計で雑貨も販売するのがトレンドか。
本でもコミックでも猫が人気モチーフなのは日本と同じ。
件の宮崎市定『中国史』表紙。鮮やかながら渋さも光る。

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