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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第69回 保成路夜市のヒトとモノ

(56)漢口への移動ではトンネルを走行して長江をくぐった。子供のようにノリノリで記しておくと、大長江の下にもぐり込んだのはこれが初めてである(上海の地下鉄では、複数路線で支流の黄浦江をくぐっているが)。この武漢長江隧道(トンネル)は、2008年開通と比較的新しい。長江をまたぐ地下鉄もすでに三路線が開通、さらに3路線が工事中である。名勝旧跡を残しつつ、武漢版シムシティも着々と完成度を上げている。余談だが、ぼくはこれまで戦前・戦後の古い写真や過去の旅行案内書などによって、かつての武漢の風景をイメージしてきた。たとえば『長江・夢紀行』(ぼくが所有する文庫版は1983年刊)は、さだまさしが長江流域の都市や大自然を周遊したときの写真集で、当時の中国のありふれた風景を伝える貴重な写真のオンパレードだ。ちょうど人民服を脱ぎ始めた大陸のみなさんが、自由市場に集まったり祝日を祝ったり、美容室でパーマをかけていたりと、自然体で写っている。ほかにも、帆船が数珠繋(つな)ぎになって長江を行き交うようすや、市民が東湖で泳ぐようす、そして今日よりも少し煤(すす)けて見える西洋建築群などがページを埋める。変わる風景、変わらぬ風景、様々に収められている。五十年後、そして百年後、未来の日本人旅行客はこの街でどんな景色を目撃し、何を思うのだろうか。そんなことを考えさせられる。また、本稿でもご案内のイザベラ・バードの筆致はこうだ(以下、金坂清則訳)。「大きな商業都市の通りではたいていそうなのだが、漢口の通りでも、さまざまなドラマがやむことなく展開している。何百人もの人々が食事をしたり、眠ったり、売買の駆け引きやギャンブルをしたり、料理を作ったり、糸を紡いだり、喧嘩をしたりしている。かと思えば、少なからぬ住民が、通りを流し場や下水だめ、下水道がわりにしている。通りはまた子供の遊び場でもある」とか、あるいは「あわただしさや、人込み、商売、女性の不在、そして騒音は、中国の都市のすべてに共通している。太鼓や銅鑼が打ち鳴らされ、シンバルがジャンジャン鳴り、鉦が鳴り響いている。またマスケット銃を打つ音が響き、爆竹が至る所で炸裂し、乞食が泣き叫んでいる。その上呼び売りの声が通りにあふれ、商売の話し声がかまびすしい。群衆の調子外れの叫び声もあふれている」などと。彼女は巷(ちまた)のディテール描写によって、二十一世紀の読者さえ、当時のリアルな武漢へと簡単に引き込んでしまう。こんなふうに、図書館で古い本を引っ張り出しさえすれば、案外愉快な「時間旅行」に浸(ひた)れるものである。もし中国にお出かけの際は、最新消息はもちろんのこと、あべこべに少し古い情報にもアクセスしてみると、中国社会のとんでもない変動ぶりが疑似体験できて面白いのではないかと思う(改革開放以前の本はおしなべて政治色が強い傾向にあるけれど、今となってはそれもまた一興である)。ぼくは中学生時分に、井上靖や司馬遼太郎、陳舜臣らの紀行・随筆を貪(むさぼ)るようにして読んだ。さらにそれと並行して、「変わりゆく現代」と「見逃しがちなディテール」への視点を補うために、自費出版物を含むあらゆる中国体験記を読ませてもらった。いま思えば、巨視的な歴史観をもつ大御所たちと、街ナカのミクロ視点の観察者たち(たとえば日本語教師・医師・商社マン・駐在員家族からバックパッカーまで)、すべての本の書き手が、ぼくの知中の先生である。個人的好みでいうと、内藤利信『住んでみた成都 蜀の国に見る中国の日常生活』(サイマル出版会、1991年)、90's中華生活ウォッチャーズ『踊る中国人』(メディアファクトリー、1997年)、あとビジュアルでは島尾伸三の著作群がおすすめです。読者の皆さまも、「旅行なんてしたくないけど中国社会の変化をバーチャルに知りたいもんだな」とお思いになれば、図書館や古書店でそういった観察記録を掘り出してみてはいかがでしょうか。

(57)最後の夕食は、必勝客(ピザハット)でサラダと炒飯となった。あまりにも有名なので詳述しないが、中国における必勝客の主要業態はファミレスである(1970年代に日本進出した当初もレストランだったそうだが、その後宅配ピザ一本に変更)。かくいうぼくも、かつて物珍しさでピザやパスタを食べたことがあったが、2000年前後の記憶では、かなり高価格帯の洋食店という印象だった。北京の繁華街にある店舗でも、現地のお金持ち人種に挟まれて、まるで高級ホテルで食事しているような緊張感があったのだ(決して大げさでなく)。それが今では、すっかり庶民に馴染んだファミレスである。経済格差が大きいので何をもって庶民と呼ぶかは難しいが、もはや聞いたこともないような県級都市にまで店舗網を広げているところから、中国必勝客の飽くなき拡大姿勢と全国的な浸透ぶりがうかがえる。今夜はなんだか店を探すのも億劫(おっくう)になり、必勝客という安パイの一択となった次第である。さて、雑居ビル二階というロケーションだが、こちらは若者中心の雑踏とは打って変わって、落ち着いた大人客ばかりの空間だ。ぼくはちょっと拍子抜けした。だが、小ぎれいな店内に静かな客、そして礼儀正しいスタッフ。つかの間の「避難先」としては最高だ。新美式凱撒沙拉(アメリカンシーザーサラダ)30元、照焼鶏肉炒飯(てりやきとりにくチャーハン)30元、しめて約900円の夕食。サラダは大ぶりのレタスがどっさり入って、半熟玉子一個、ベーコン少々、巨大クルトン、胡椒多め。ホール従業員がサラダソースのおかわりまで聞いてくるご丁寧ぶりである。炒飯はというと、ゴロッとした照り焼きチキンと、ベーコン、玉子、玉ネギ、長ネギ少々。全体に甘めの大味だが、これはこれでイケる。のどが渇いていたので、グラスを指差して水のおかわりを頼んだら、なぜか普通にお湯を入れてきた。食前には常温水、食後はお湯を出すのがデフォルトなのか。それとも白湯(さゆ)を常飲するおっさん世代と思われたか(ご承知のように、身体を冷まさないよう冷水を控える中国人は多い)。午後8時5分、腹ごしらえを終えて必勝客を後にした。

(58)昨晩、江漢路の歩行者天国を歩いていたとき、まだこの先に若者で賑わうエリアが残っていると紹介したが、その中山大道以北の裏道を覗く。行ってみると、そこは「魔界」であった。なぜそのようなことが許可されているのかよく分からないが、ファッション関係の出店が路上に迷路を作り、若者たちで雑踏をきわめている。歩行できる空間は幅2、3米(メートル)ほどで、対向者とすれ違うのがやっとである。たくさんの笑顔と明朗で音楽的な話し声に包まれて、よそ者のぼくにとってもこの多幸感はハンパない。それと、たいへんな混みようなのに、都市住民が生まれつき持つ衝突回避技術のためだろう、無神経にぶつかってくるような人がいない。二人乗りバイクやベビーカーが通りかかると、自然と道が開く。露店のディテールを申さば、Tシャツにジュエリー、それに定番の獣耳カチューシャが売られていたり、あるいはネイルサロンや付けまつげ屋も出ている。ベストセラー本の廉価販売なんかもあって、一軒に100タイトルほど平積みされているが、そのうち東野圭吾の本が10冊ほど。堂々の看板商品である。その他には、酸梅湯(スアンメイタン)、茹(ゆ)でた玉米(ユーミー=トウモロコシ)、ミネラルウォーターの農夫山泉(ノンフーシャンチュアン)を売る店など。アイフォン・ケースをならべた店は、全品10元で安売りしている。この手の商売が多くて、お好み画像のスマホケースをお作りします、というプリクラ感覚な露店もある(これは35元)。そういう小店が、一部は占い師の店みたいに狭い間口で営業していたりするものだから、一軒一軒覗いて歩くのがたいへん楽しい。ぼくはこうして路地から路地へとめぐり歩き、武漢の九〇后(ジウリンホウ)市民の熱気に軽くめまいを感じながら、黄金色にライトアップされた洋館ならぶ、夢の中のような交差点へと出た。昨夜も散策した、あの中山大道である。嗚呼(ああ)、此処に戻ってくるのか。

江漢路駅付近にも和食店・小川料理を発見。しかし待ち客多数で断念。
必勝客店内。落ち着いたトーンの店内に安堵する。
最後の夜だが、炒飯とシーザーサラダ…究極の安パイを選択。
保成路の夜市。スマホ写真をTシャツにプリントする店。
近年女性客向けの店が増えていると聞くが、客層は男女半々の印象。
人気文芸作品を廉価で販売する露店。東野圭吾最強。
上階が照明の少ない住宅だけに、夜市の明かりが幻想的。
手作り感満載! 間口の狭いネイルサロン。「美甲」29元とある。

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