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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第5回 アプリ駆動! 常州散策スタート

(09)天高くン馬も蟹も肥ゆる秋。かたわらには真白きコーティングに青帯の装い、まさに東海道新幹線生き写しの車体が連なり、少時逗留している。彼は小休憩ののち、終着駅・南京をめざして江南デルタを疾走する。残り区間の安全走行を祈り、ぼくはこれに別れを告げた。イヤホンを外し、サントリー烏龍茶のアルバムを止めて歩き出す。しばし人波にもまれて、降車専用通路から改札を抜けると、そこは駅南広場。振り返りて仰ぐ駅舎はモダンなスケルトン構造、人口450万都市を睥睨(へいげい)していかめしい。ただし、あたりは平凡な駅前風景で、かばん屋に格安旅館に、庶民的な軽食店がちらほら。それだけ。ぼくはここで台湾製の平板電脳(タブレットパソコン)を取り出し、愛用する地図アプリ「高徳地図(ガオドーディートゥー)」でホテルまでのルートを確認した。本日の宿は、漢庭酒店(ハンティンホテル)・常州火車站(駅)南広場店である。検索ののち導航(ナビ)を開始する。すぐさま、歩行4分と出た。なんのことはない、目と鼻の先じゃないか。そのまま駅前の街路を西へと進む。見上ぐれば、街路樹は南国の密林のごとく緑をしげらせ、青空は数朶(すうだ)の綿雲を右へ左へ無造作にあそばせていた。途中、美宜佳(メイイージア)という便利店で青島(チンタオ)ビール(3元=約50円)とチョコ菓子を手に入れた。店番の青年は接客時ひどく眠そうな顔をしていたが、レジ操作を済ませると即行着席し、まるで仕事に取りかかるような精悍(せいかん)な顔つきで、スマホゲームの世界へと戻っていった。余裕のワンオペである。

(10)ぼくが歩いている通りは関河中路(グワンホージョンルー)で、これは関河なる水路に沿う。隋(ずい)の煬帝(ようだい)の命によって開削(かいさく)され、今や世界遺産に登録された京杭大運河、この水運の大動脈が市中で枝分かれして、永く常州城を潤(うるお)してきた。関河はのちの唐の時代に造られたものだが、ともかくそんな由緒ある掘割のひとつである。幅はおよそ二十米(メートル)。道すがら河は見えていた。だが、ぼくはこのとき関河の氏素性を知らず、やけに発色の良い抹茶色の淀(よど)みに向かって、ただ路上から無感動のまなざしを向けるだけであった。

(11)そも常州は二千五百年の歴史を有する城市(まち)である。全国135都市が指定を受ける国家歴史文化名城の一つ。だが哀しいかな、メジャーな都市が密集する長江下流域にあっては、どうしても地味な存在に映る。かたや東方には歌に聞こえし先の名城がならび、こなた西側は南京・揚州・鎮江といった天下の古城がそろう。そんな有名どころと比べては形なしである。いちおう人口やGDPといった今どきの物差しで比較すると、常州は江蘇省内でともに五位と揚州や鎮江を上回るが(2019年)、それはそれ。歴史的インパクトや名産には乏しい。近隣を引き合いに出すならば、物流拠点として名高い南通(江蘇省)、服飾製造のメッカである湖州(浙江省)などと同様に、主にビジネスシーンで話題にのぼる地名だろう。ちなみに我らが聖典、維基百科(ウィキペディア)によれば、埼玉県所沢市と大阪府高槻市が常州の姉妹都市に名を連ねている。そういう町である。あまり他所者が遊びに来る場所ではないかもしれない。

(12)では、今次かような土地へ来たのはなぜか。何をか隠さん、それは羽毛球(バドミントン)がためである。じつは今週、東京五輪の出場権を賭けた国際大会の一つ、中国公開賽(オープン)がここ常州で開催中なのだ。冠スポンサーは羽毛球用具メーカーの台湾ビクター社。もちろん、あの桃田賢斗や髙橋礼華・松友美佐紀ペアをはじめ、世界の有力選手が出場している。それをぜひとも現地で観戦しようと、あらかじめチケットを入手し、ひとり旅の日程に組み込んだのである。今日は大会第四日目にあたる金曜日で、準々決勝が行われる。

関河中路の歩道から運河越しに漢庭酒店(ホテル)を写す。

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