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Spotify「Kayak 20」

ぼくらの世代でオランダのプログレといえば、まず思い浮かべるのは Focus でした。ギタリスト Jan Akkerman がことのほか人気で、「ミュージック・ライフ」誌の部門別人気投票でもけっこう上位に入っていました。Ritchie Blackmore、Jimmy Page、Eric Clapton、等々と並んで (ギターがロックの中心であることを疑わない、古き良き時代)。この Focus の後続として期待されたのが、しかし国際的にイマイチだったのが、Kayak です。

Kayak の音楽は、一言でいうと叙情的な美メロ・プログレです。そして、その根底には、良くも悪くもオランダというお国柄があります。特に英語の影響は大きく、母国語 (=蘭語) が非英語圏では世界一の英語能力指数を誇ることからも、オランダとUKシーンとの繋がりは深いようです (あくまでもぼく個人の印象)。オランダ発のアーティストが、出稼ぎ気分でUKチャートに顔を出すのは珍しくなく、他方オランダ国内のシーンもそれなりの厚みがあるため、非常にリベラルな形で欧州大陸のデカダンスが混ざっています。強引に喩えれば、北の美メロ、東のボヘミアニズム、南のエスプリ、それらを西のUK市場に卸すべく最良のポップ感覚で纏めたようなサウンド。これをそっくり70年代に落とし込めば、Kayak の特徴はイメージできます。

具体的には、ポップ性を軽んじない、リリシズム溢れるシンフォニック・ロック。実際に音源を聴くほうが早いですね。

↑ は解散前のラスト・アルバム「Merlin」1981の主題曲、Kayak の最高傑作とも言われています。このなかに、およそ彼らのサウンドの全要素は聴き取れます。が、しかし、立場によっては突っ込みどころが満載。それが、先述したオランダのお国柄と関わってきます。

要は、UKシーンの立場で見るのか、ドメスティック・オランダとして扱うのか。81年といえば、もうUKでは完全にニューウエーブの嵐で、正調ブログレは過去の遺物です。A面すべてを使った組曲形式の大作もそうですが、マーリンという題材も Rick Wakeman「アーサー王と円卓の騎士たち」1975で既知のもの。ブログレッシャーにとっては、今更感しかありません。このアナクロニズムは、売上/流行に敏感なUK市場では絶対ダメ。ところが、国内市場に目を向けると、オランダには一定層の下支えがあり、世界トレンドなんてどうでもいい、いわばガラパゴス化を許容してくれます。

で、リアルタイムの Kayak ファンは、大なり小なりコンプレックスを抱えたのです。本心では彼らの甘い泣きメロが、甘くてとろっとろのお約束サウンドが好きなのに、仲間に公言すると「時代遅れやなあ」と言われる、みたいな。おそらくその評価は、バンドの中心である Ton Scherpenzeel に向けられたものと変わらなかったでしょう。1973年の結成以来、Kayak サウンドの要であり続けた作曲家&キーボードです。

↓ の小品には、Ton の持ち味が詰まっています。ピアノ主導の美しいコード進行、クワイア―からハイライトのクラシカルな処理。

他にも、Ton は映画音楽やミュージカルのスコアーを提供、コンポーザーとしての力量も折紙付きです。Camel や Earth & Fire といったプログレ界隈の名だたるバンドにも参加しています。つまり、Kayak の音楽性は必要十分的に Ton Scherpenzeel その人であり、ぼくのプレイリストも結局はそれを裏付ける形で纏められています。注意してほしいのは、1973年から81年までの目ぼしいアルバムから万遍なく選曲している点でしょうか。年度に拘るのではなく、逆に10年足らずの活動期間を金太郎飴のように捉えてほしいのです。これが Kayak を聴くときの最大のポイントです。

冒頭で述べたように、Kayak をUKシーンの国際的な視点で見るなら、周回遅れのプログレをいつまでも引き摺った、音楽的に進化も発展もなかったガラパゴス・バンドになります。しかし、オランダという土壌 (中途半端な先進性/辺境性) はそれを受け入れ、生き延びさせたのです。40年を経た現在から振り返ると、一時のムーブメントや評判なんて些末なもの。最終的に残るのは、卓越したメロディーの美しさです。

現今は、フツーに生きるのさえ過酷な時代です。傷つき、消耗し、心を整えることに終始する日々、そんな状況だからこそ、まさしく身も心も疲れきったときに甘いものを欲するように、ぼくらには音楽のチョコレートが必要なのかもしれません。Kayak の甘さは絶対に裏切りません。お約束の美メロ・泣きメロを届けてくれるプレイリストの効用は、きっとチョコレートにも引けを取らないでしょう。

ぼくにとって Kayak は、だから時代性/批評性とは無縁の愛聴対象です。バレンタインこそ終わりましたが、小難しいことを並べなくても、ただ幸せになれる美メロがあれば、それだけで気分は上向きます。あるいは、80年代のAOR 、例えば Air Supply あたりのメロディを想起してもらえれば、きっと納得して頂けるはずです。ちょっぴりヨーロッパの憂愁を帯びたAOR、この種の埋もれた音楽を語り継ぐのも、ぼくの note のミッションです。

ラストは、名曲中の名曲「Irene」で飾りましょう。インスト・チューンのほうが Kayak の魅力は引き立ちますね。














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