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ヒプノシスの世界

R40+  3900文字  アートの世界
ヒプノシス  LPジャケット(70年代)
※興味のないかたはスルーしてください※

イントロ・タグ

70年代のロック・アルバムを飾ったカバーアート (LPジャケット) には、印象的なものが数多くあります。そのなかでも、特に Hipgnosis (ヒプノシス) の仕事が果たした歴史的役割はとても大きかった、と思います。もう一方の雄 Roger Dean についてはすでに書いたので、今回はそのヒプノシスです。例によってぼくが所有する LPアルバムから、できるだけプログレ関連に絞ってヒプノシスの世界をご紹介/回顧しましょう。

ただ、古き良き時代を回顧するのは、必ずしも幸せに結びつくとは限りません。年を取ると、しょうもないことも学びます。


Pink Floyd

プログレ関連におけるヒプノシス作品といえば、誰もが真先に Pink Floyd を思い浮かべるでしょう。そもそもヒプノシスの記念すべき初仕事が、Floyd の 2nd「神秘」だったのです。ちょうど Yes に R.Dean がいたように、Floyd には Hipgnosis がいつもセットで連想されました。70年代、ぼくらはリアルタイムに彼らのカバーアートに驚かされました。作品ごとに次々と変えてくる趣向。常に消費者の一歩先をいくインパクト。

神秘
原子心母
おせっかい

ヒプノシスの場合、Roger Dean と決定的に違うのは写真の扱いです。もちろん R.Dean のような画家ではない、というスタート地点の相違はあるにしろ、ヒプノシスのデザインに写真は欠かせません。ストレートなフォト・ジャケットもありますが、合成/コラージュの妙で初見インパクトの強さを倍増させます。いや、ストレートな写真のみのジャケットにしても、「原子心母」のようにハッと異化作用を喚起させるのです。目のつけどころがシャープなのでしょう。普段、見慣れているはずのホルスタインが、田舎ではごく当たり前の風景が、何これ? になるところが彼らの勝算。

それはそれとして、Floyd の足跡をジャケットに導かれて辿っていると、やはり彼らの最高傑作は「原子心母」か「おせっかい」だなあ、といった感慨が湧いてきます。大作主義に傾いた時期とも一致しますね。まあ、一般的には、売上面や完成度から言ったら「狂気」、あるいは Floyd の集大成といえば「The Wall」、等々の意見があるのは承知しています。しかし、ぼく的には彼らのクリエイティビティ―を最上位に見たい。サイケからプログレへ、脱 Syd Barrett を図るために自分たちだけのサウンドを模索・獲得していった過程には、バンドの生々しい成長ぶりが裏打ちされています。その成果として世に放たれた「Atom Heart Mother」「Echoes」の大作は、彼らの若き/熱き努力の結晶だったように思えます。

狂気

だから「狂気」の爆発的セールスはご褒美みたいなもの、とぼくは捉えています。基本的な構造は「Echoes」と同じで、あとは「The Wall」までひたすら拡大していった、と。まあ、これはサウンド面に限った話なので、カバーアートに戻せば、やはり「狂気」の調和性は凄まじいですね。中央のプリズムにしろ、光の屈折率にしろ、1ミリだって動かしがたいパーフェクト・ハーモニーです。

ほんの少しでもこの調和が崩れると、絵図のすべてが台無しになりそうな脆弱性を内包。Floyd の第一絶頂期を象徴しているようです。

アニマルズ

Led Zeppelin

続いて Led Zeppelin を見ていきましょう。と言っても、本当に紹介したいのは「聖なる館」です。他の作品がどうでもいいわけではなく、稿を進めるうちに (ヒプノシスの作品を確認していくうちに)、大変な事実に気付きました。70年代にヒプノシスが手がけた LPジャケット、マジで膨大な数にのぼり、本稿だけではとても捌けないことが分かりました。全アルバムがヒプノシス、とまではいかなくても、70年代に LPを発売した名だたるメンツは、まあ一回はヒプノシスを使っていて、正直、アーティスト別インデックスでは収拾がつかなさそうです (ぼくの所蔵盤だけでも軽く40枚はありそう)。なので、特に印象的な 1枚を 1アーティストごとに紹介しよう、という軌道修正を踏まえたうえでの Zepp「聖なる館」です。

聖なる館

このジャケット、けっこう騒がれましたよね。Scorpions「Virgin Killer」と双璧をなすぐらい、といえばピンとくるのではないでしょうか。そっちの話は wiki で検索していただくとして、デザインの観点からいうと、ヒプノシスにしては珍しく初見インパクトだけに終わらず、解釈に奥行を求めるような手招きがあります。裸の少女たちは何をしているのか、どこへ向かっているのか。回答は多様でしょうが、この点がヒプノシス的には珍しい。大体は初見でド肝を抜かれても、じっくり鑑賞すると落ち着くべきところに落ち着くのがヒプノシスのデザインです。

で、Jimmy Page がこのデザインをお気に召さなかった、はい。Ⅳで最高の評価を得た次作ですから、そりゃ力が入るのは理解できます。ちょうど黒魔術に嵌っていた頃でしょうか、真偽のほどは別にして、とにかく Page としては「ダメなものはダメ」と却下したところ、ヒプノシス側は「じゃ降ります、これ以上は無理っす」。発売日が迫っていたこともあり、結局このデザインは採用されますが、パワーバランスが示唆的ですよね。つまり、それほど (1973年時点では)、ヒプノシスもそこそこ名前が売れていたってこと。天下の Zepp に一言申したわけですから。

Presence

なにげに、そっーと「プレゼンス」も貼っておきます。左手前の後ろ向きの少女、「聖なる館」のあの全裸少女と同一人物だそうです。

~Around Prog~

ここからは、プログレ関連をまとめてピックアップ。1アーテイストにつき 1枚のお約束です。

まずは Genesis から。初期の主な作品は Paul Whitehead がジャケットを担当していましたが、「眩惑のブロードウェイ」からヒプノシスに変わります。そのなかでも、非ヒプノシス的な、という意味で敢えて「トリック・オブ・ザ・テイル」を選びましょう。繰り返しますが、ヒプノシスの特徴は写真をベースにした初見インパクト。Peter Gabriel や Phil Collins のほうがむしろヒプノシスの主流です。どうぞ見比べてください。

A Trick Of The Tail
Peter Gabriel 2
Unorthodox Behaviour

次に Yes、「究極」と「トーマト」が Roger Dean からヒプノシスに変わったアルバムです。いわば浮気しちゃったのね。

Going For The One

続く4枚は、ヒプノシスらしさが如実に出た作品。写真を加工したり合成したり、基本的な技術が確認できます。

Cunning Stunts
Pyramid
Danger Money
Prologue

プログレ 5大バンドでは、もちろん ELPもヒプノシスのお世話になっています。全ELPの作品のなかでは「恐怖の頭脳改革」の H.R.Giger のイラストがあまりにも有名ですが。また、King Crimson だけは 5大バンドのなかでまったくヒプノシスを使っていません。74年以降は解散状態だったにしろ、いかにもクリムゾンらしいというか、それはそれでカッケーというか。ただの個人的憶測ですが、Phillip 総裁には、サウンドの邪魔をするような (インパクトの強すぎる) デザインは不要だったのではないでしょうか。あくまでデザインは主従の「従」である、と。

Trilogy

Robert John Godfrey (The Enid) のソロも該当したのですね。これだけはまったく知らなかったので、嬉しい誤算 (非ヒプノシス的)。

Fall Of Hyperion

~The Golden Age~

ところで、ヒプノシスの最大の特徴である、初見インパクト。これは今日的水準から見ると果たしてどうなのか、という疑問はあります。

もっとはっきり言うと、いま現在を生きる人々にとって、ここにアップしたヒプノシスのデザインはインパクトがあるのか。70年代にはたしかにぼくらの目を惹きつけ、奪い、ときには LPの音源以上に存在感を示したのです。しかし、正直、いまの若者たちには通用しないでしょう。いわゆるスマホ世代には、インスタ映えが当たり前になった世代には、きっとこれらのデザインはごくごくフツーの初期値みたいなものです。あるいは、ステレオタイプとして忌避されるレベルかもしれない、とさえ思います。それほどフォト関連市場におけるプロ・アマの差はなくなってしまった、と。

ELO 2
Bloody Tourists
Quark, Strangeness And Charm
Pieces Of Eight

事実、日々ぼくが接するWEB画像でも、素人の素晴らしい作品は日常茶飯でお目にかかります。もはやフォトに拘ることもなく、AI の進化に伴って人工的な絵画まで創造できる様を見ていると、これは美術の民主化なのか、人類の次ステージへの過程なのか、分からなくなります。

Electric Warrior
Olivia

おそらく、ひとつ言えるとすれば、70年代の LPアルバム全盛期は文字どおりの黄金時代であって、ジャケット・デザインに至るまでマーケットが醸成されるほど活況だった、ということでしょうか。ヒプノシスがその先頭かつ中心にいたのは間違いなく、ぼくらは充分その恩恵を被ったのだろう、と思います。80年代に入って MVに代表される映像時代になると、変化の波に乗り遅れたヒプノシスは83年に解散、それぞれが新たな道を進みます。まあ、あれだけ LPジャケット市場を寡占したのですから、写真から映像への変化が起こらなくても、早晩ヒプノシスは飽きられたのでしょうね。

Lights Out
Go 2

今日も今日とて、額に入れた LPアルバムを鑑賞していると「キモッ」と家人が吐き捨てます。なにか貴方に迷惑かけましたっけ。


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