スペイン900Km徒歩横断~Camino de Sanitiago~ 24歳 学生時代からの夢への挑戦
はじめに
2023年9月~10月、学生時代に大学の授業で学んだキリスト教の3大聖地のひとつ「Santiago de Compotela」巡礼の道をフランス南部からスペインの最西端の岬まで約900Km歩きのみで巡礼をしてきました。
学生時代からの憧れ・夢であった経験をこの場「note」を通じて3回ほどの投稿を通じてシェアしていければと思っています。
私は現在25歳の社会人、大学を卒業して4年目。学生時代~コロナ禍・就職等を経て、学生時代からの憧れだった「サンティアゴ巡礼」の経験が誰かにとってこの巡礼や一人旅に対する興味になればと思っています。
北スペインを徒歩で900Km横断してきました。
23年の9月初旬から10月の上旬にかけて約35日間かけてフランス南部の小さな街からスペインの最西端まで約900Km徒歩のみで北スペインを横断しました。ヨーロッパを中心に世界的に有名な
「Camino de Santiago」(以下、「Camino」)と呼ばれる道で、「Santiago de Compostela」(サンティアゴ・デ・コンポステーラ)というキリスト教の大聖堂へと続く道へ世界各国から巡礼者が訪れています。
「Camino」はスペイン語・イタリア語で「道」という意味。
日本では「サンティアゴ巡礼」や「カミーノ巡礼」と呼ばれています。
この旅については出発前 /巡礼中 /ゴール~今後のこと について3部構成でBlogを書くことが出来たらと思います。
今回のブログではCamino出発前の出来事や心境について綴っていきます!
Caminoとの出会い
Caminoとの出会いは4年ほど前の2019年の秋、大学3年生の時に大学の授業で
「The Way」(邦題「星の旅人たち」)という映画を観た際に、世界にはこんな「道」があるのかということに衝撃を受け、世界各国から様々な世代かつ多様なバックグラウンドを持った旅人たちが、
「Santiago de Compostela」という「一つの目的地」に向けて、歩き続けることにとてつもなく大きなインスピレーションを受け(当時19歳)。
「自分はいつかここに行くだろうな」と感覚的ではあったものの、根拠のない自信を抱き、いつか歩くであろう。この「道」について大きな興味とロマンを抱いたことが、この「Camino」との最初の出会いでした。
「Caminoは歩こうと思った時から始まっている。」
2019年の秋、当時大学3年生だった私は「Caminoを歩きたい!」と思い始めてから、仲のいい友達に話したり、YoutubeでCaminoを歩いてきた人の動画を観たり、自分中でふつふつと湧いてくるこの想いを徐々に育てていきました。
ただ。2020年世界にコロナがやってきて、旅に行ける状態ではなくなってしまったこと。その翌年に自身が大学を卒業し就職したことで、一定期間を設けて「Camino」に行くことが難しくなっていました。社会人なりたての期間はしばらくは仕事に集中していたためCaminoのに近い将来行くことは考えてはいませんでした。
社会人2年目の2022年秋ごろ、コロナの流行が少しづつ陰りを見せ始めていた時期に、「Caminoを歩きたい欲」が再燃してきました。(正直、なぜ突然再燃してきたかはあまり覚えていません(笑))
「Caminoを歩きたい欲」が再燃してきた2022年の秋頃、
自身が尊敬する執筆家かつ環境活動家の方に直接お会いする機会があった際「近いうちにCaminoを歩きたいと思っています。」
とお話をしたところ「ぜひ行ってきてほしい。帰ってきてからでも仕事はあるから」と
後押しのメッセージを頂き、自分の中では「今すぐにでも仕事を辞めて1~2か月後には飛び立ちたい」そんな風に思っていました。(かなり極端ですが、、)
身の回りの親しい仲間にも「Camino」を歩きたいことは時間をかけて話をしていたので周りの人は背中を押してくれる人が多く、自分の中では当時(2022年秋)「今すぐにでも行ってやる」それくらいまで自分の気持ちが傾いている状況でした。
またCamino経験者の日本人の方とも繋がるきっかけがあり、Camino巡礼についてメッセージを通じて色々と話を伺っていくうちに、
「Caiminoは歩こうと思った時から始まっている」という言葉を頂き、自分のCaminoは既に始まってるのだと自分の中でCaminoを歩くことの意味が
昇華したことも自分自身をプッシュする大きな要因となりました。
親をドリームキラーにしたくなかった
身の回りの仲間にはCaminoを歩きたいことは時間をかけて話をしていたものの、親には一度も話したことはありませんでした。当時の私には、会社を辞めるもしくは会社以外で何かほかに収入を得ていく手段を見つけることでしか、1~2か月というフリーな期間を作ってCaminoを歩くことは出来ませんでした。そのため、このことを親に伝えたらネガティブな反応が返ってくるかもしれないという懸念があり、親には切り出せずにいました。
ただ、自分のなかにも親の理解を得たうえでないと行くのは難しいという考えで自身を縛っていたこともあったので、親には説明をしたうえでCamino行こうという風に考えていました。
そのうえで2022年の11月頃、親に「仕事を辞めて、スペインを歩いて横断する旅をしたい」ということを伝えました。
しかし、父親から帰ってきた言葉は「行きたい気持ち。旅に出たい気持ちはわかる。ただ、帰ってきてから何をするんだ?帰ってきてからのビジョンもない状態でただの物見遊山で行くな。」という言葉が返ってきました。
1~2か月後に会社を辞めてCaminoへ行こうと考えていたため、「なんでだよ。」という感情を抱きましたが、当時の私には日本に帰ってきてからのビジョンなんてたいしてありませんでしたし、「歩き終わってからのことなんて現段階では何もわからないんだから、歩いている中で感じたことを次のステップに活かせばいい」という考えでした。
ただ、親に話したうえで分かったことは、自分の父親は背中を押すに値する覚悟やビジョンを当時の私は見出さず、「行ってこい」という言葉を私にかけなかった。
Caminoへ行くには自分なりの帰国後のビジョンや自分なりの覚悟を示す必要があること。
また、当時の私には少し、Caminoを歩くということを利用して当時の職場に対するストレスから現実逃避をしたいという感情があったようにも思います。父親はそれを見透かしていたうえで敢えて私に厳しい言葉を与えたのだと捉えるように気持ちを切り替えました。
親に言われたことをきっかけに保守的な感情になり、チャレンジしたいことにチャレンジできなくなったり、人からこう言われたからやりたかったことを諦めて、諦めた理由を「○○からこう言われたから」そんな風に答える人間になりたくなかった。
父親に言われたことを理由にCaminoに行くことを辞めたら「自分の親がドリームキラーになる」という考えが頭に浮かび、父親に言われたことを理由に自分の「夢」を諦めたくない。「親をドリームキラーにしたくない」という気持ちが次第に湧いてきました。(反骨心の強い性格で良かった・・)
さらに行きたい気持ちをへし折られかけていた時にランニング中に聴いていたJ-WaveのとあるラジオでJason Mrazの「I won't give up」が紹介されていて「この曲は今の自分に向けられているんだ!」というポジティブな解釈を通じて、自身も親も納得した上でリベンジしようと改めてマインドチェンジを図りました。
怒涛の2023年
Caminoを歩きたい気持ちは自分の中でとどまることはなく、寧ろ段々と高まっていく一方でした。Caminoとは直接関係ないですが2022年の末に東京の高尾でゲストハウスを経営するオーナーの方とお話をさせて頂く機会があり、フィールドに出向き、直接人と対話することが今の自分にとって大切なことであると感じました。フィールドに出向き、人と対話することの重要性を感じたからこそ、一度自分の居住環境も変えてみようと思い23年の年明けに人生初の一人暮らし生活も敢行しました。
一人暮らしの裏テーマとしては「自活すること」の他に、
「敢えて自分と向き合う時間を多く作り、今後のキャリアをどう考えていくか」「キャリアチェンジ等を考える中で、その過程にCaminoがあるのではないか」と感じたこともあって、社会人3年目の春から仕事における環境を変えることを本格的に考え始めました。自分は何に喜びを感じるか。仕事を通じてどういった時に充足感を感じるか。ということをノートに書きだし、人と自分自身と対話を続けました。
その結果、「自分は体験を通じて人生の中で喜びや感動を感じてきた」という根本的な”気づき”を得たため、「世の中の生活者に対してポジティブな体験や情報を通じて充足感を持って生きる人が増えれば」という想いが働く上でのモチベーションになっていることに気づきました。
その”気づき”を得てからは転職(越境)活動もスムーズに進み、
志望をしていたとある企業から内定を頂くことになり、転職(越境)を決めました。
転職(越境)が決まったのが2023年の8月初旬、そこからの自分の意思は固く。父親にCaminoに行くことを伝え、転職(越境)前の期間を利用して「Caminoを歩く」それにつきました。
(個人的には大きな納得感を得て、転職を決めることが出来た実感がありました。)
今回は父親からも「行ってこい」の言葉を引き出すことが出来、1年越しのリベンジを果たすことが出来ました。
1年前、父親にCaminoへ向かう気持ちを一瞬、
へし折られかけはしましたが、その時に聴いたJason Mrazの"I won't give up"
「親をドリームキラーにしたくない」という想いが大きなモチベーションとなり自分を突き動かすことが出来たんだと感じました。
またCamino経験者の方から頂いた「Caminoは歩こうと思った時から始まっている」という言葉に4年前、大学生の時に直感的に感じた「Caminoを歩きたい」と思った時から私のCamino巡礼は始まっていて、1年前の四角さんや父親からの言葉、仲間との会話、全てが繋がっていたんだと感じ、24歳の秋にCaminoへ向かうことを決められたことが非常に誇らしく感じたと同時にその先にどんな出会いや体験が待っているのかということにワクワクが止まらない胸の高鳴りを覚えました。
初回のブログはこれにて終了とし、続きのブログでは道中のことや
現地での人との出会いについても綴っていきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました!!
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