落ちるのが悪いことではないし、昇るのが良いことでもない
成田悠輔さんがバンタン卒業式のスピーチをしていて、気になったのでつい見ちゃった。
成田悠輔さんを、ご存知の方も多いだろう。達観した視点を持っておられ、物怖じせずズバズバと発言される。
天才なはずなのに、すごい自分のことを卑下したりして、笑いもとる。いま人気が出ているのも分かる。
この成田さんのスピーチの中に、ある言葉が引用されていた。タイトルにもつながるのだが、その言葉とはこれ。
この言葉は、マルクス・アウレリウスの『自省録』に書かれていたもの。
アウレリウスは、第16代ローマ皇帝であり、激動の時代の中、心を落ち着かせるために日記みたいなものを、書いていた。
それが後世に発見されて、『自省録』という本として出版されたのだ。
このアウレリウスは、ストア派の哲学者でもあったんだけど、ストア哲学についてはまた今度の機会に書こうと思う。ストア哲学は、悩み多き現代社会において、とても刺さる学問だと、個人的に感じています。
成田さんのこれまでの発言を調べる限り、成田さんもストア哲学のことを勉強されていたのではないかと感じる。
だからこの卒業式のスピーチでも、アウレリウスの言葉を紹介されたのだと思う。
話が少し脱線したが、もう一度さっきのアウレリウスの言葉を読んでみよう。
これは、石を人生に例えている。
人生では、良い時もあれば悪い時もある。うまくいく時だけでなく、逆境に立たされて、沈んでいくことももちろんある。
浮き沈みがあるのは当たり前のことだけど、うまくいっていない時に、私たちはひどく落ち込んでしまいがちだ。
だけど、苦境に陥っているからといって、その人自身の価値が下がるわけではない。石が石であるのと、変わらないように。
だから、いま自分の人生が下降していたと感じても、重く受け止め過ぎてはいけない。一時的にそういう状況に陥ることは、誰にでもあるのだから。
また、これは自分の人生がうまくいっている場合にも、当てはまる。いま上昇しているのは運が良かっただけかもしれないので、喜んで傲慢になってしまってはダメだ。
現状に一喜一憂せず、淡々とやるべきことに集中することの大切を、この言葉は教えてくれる。これは、個人的な解釈です。
成田さんの解釈を知りたい方は、ぜひ動画を見てみてください。
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