書かなかった世界線
時折こんなことを考えます。
もし、noteで文章を書いてなかったら、今の状況はどう変わっていただろうって。
noteをほぼ毎日書くということは、その分の時間が消えることは覚悟しないといけない。僕の場合だと、大体1時間半ぐらい。
noteを始めたのが、約8ヶ月前だったので概算すると1.5×30×8=360時間をnoteに投資したことになります。
日に直すと15日分。丸15日分もの時間を、noteに費やしたわけです。
コメントしたり、読んだりする時間を合わせると、もっと時間を使っていることになります。20日分ぐらいかな。
もしnoteを書いてなかったら、この時間は別のことに使われていたた思います。
もしかしたら、今の状況よりも研究が進み、就活も今より進んでいたかもしれません。
僕の家族からしたら、noteを書かずに研究と就活に時間をもっと使って欲しいと、思っている気がします。
8ヶ月前、noteを書くと決めた決断が、ほんとに正しかったのかは、わかりません。
もしかしたら、今よりも良い状況になっていたかもしれません。
でも僕はやっぱり、noteで書くことを決断して良かったと思っています。
それが、自分の思い込みだったとしても。
自分が書くことが好きだと気づけたこと。魅力的な書き手さんを知れたこと。自分の思いを文章として残せたこと(ありがたいことに、定期手に読んでくれる方がいます。感謝しきれません!)。
これらは、紛れもない事実です。これらは、noteを始めなかったら、得られなかったことです。
失った時間につい目が行きがちだけど、良いこともたくさんあったのです。
今この文章を書いていて、強くそう感じました。
ワンオクロックの曲の歌詞でもありましたよね。「何かを失えば、また何か手にする」って。
書くことに限らず、何かを始めたり、大きな決断をするときは、同じような気持ちに襲われるんだろうな。
「こっちの道を選んだけど、ほんとによかったのかな」「あのとき、こうやっていればどうなっていたんだろう」って、思うんだろうな。
人生のコンパスみたいなものがあればいいんだけど、残念ながらそのようなものはありません。
そして自分だけではなく、周りのみんなもそうやって、迷いながら生きているんだと思う。
シブタニナオキさんが、そのような記事を書いていて、すごく共感しました。
noteを書くことで失ったものもあるけど、得たものを信じてこれからも書き続けたい。
うまく文章にまとめられなかったけど、自分の気持ちは整理できた。
中間発表が近づいているので研究への焦りがあったが、文章を書くことで落ち着くことができた。
このあと午後の授業と、中間発表に向けての勉強を頑張ろうと思う。
中間発表こえ〜。教授から質問責めで、ボコボコにされる気しかしません笑。
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