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一律単独親権制度下で公的機関の養育費履行確保は実現できるのか

 今日、日本のひとり親家庭の多くが貧困に喘いでいる。その要因の1つとして、養育費受給率が低位であることが挙げられる。養育費支払が低調な理由には、離婚時点で別居親と子どもとの関係を清算する一律単独親権制度とその制度に基づいた養育費政策にある。
 欧米諸国では、婚姻状況の如何に拘らず、父母は子どもの養育に責任を持つという理念が確立しており、「親権」という用語も「親責任」に改め、離婚後も親責任を継続する、所謂「原則共同親権制度」に移行、養育費支払と親子交流を義務付けた。そして、その履行を確保するために、公的機関を活用する制度を構築、運用している。
 ところが、日本では、海外の公的機関を利用した養育費政策を熱心に研究してきたものの、それらの養育費政策が離婚後共同親権制度に立脚していることを理解していない者が多い。例えば、原則共同親権制度の国で、当事者同士の協議や裁判所命令の結果として親権を放棄あるいは喪失した一方の親が、養育費の支払いという形で親責任を果たすケースと、一律単独親権制度の国で、当人の意思に反して親権を剥奪され、親子交流という形の親責任を放棄させられる一方で、養育費の支払いという形の親責任だけ強要されるケースは、置かれた状況が全く違う。しかし、「親権の有無と養育費の支払いは別」と尤もらしい主張がされているのである。
 そこで、この記事では、平成6年(2023年)11月16日 第212回国会(臨時会)参議院法務委員会の質疑を出発点にして、これまでの法務省の検討結果や私自身の知識に基づき、公的機関による養育費履行確保には、離婚後共同親権制度の導入が必須であることを説明する。

1.国会質疑(第212回国会 参議院法務委員会)

 日本共産党の仁比議員は、「離婚後の子の養育の在り方を先ず定めるべきだ」「親子交流の権利性を明確にすべき」という正鵠を射た指摘をしているが、親権制度とそれを構成する親子交流ならびに養育費との関係を正しく理解できておらず、離婚後共同親権に関する認識も間違っている(日本共産党ジェンダー平等委員会の見解通りの主張である)。
 以下に文字起こしした質疑を掲載したので、内容をご確認頂きたい。

佐々木委員長:仁比聡平さん。
仁比議員:日本共産党の仁比聡平で御座います。法案に関連して、今日は今法制審で議論されている所謂、離婚後共同親権問題について、現行民法の「子は親権に服する」という条文をそのままにしたままで良いのかという点について、お尋ねしたいと思います。法制審の諮問前に行われた家族法研究会の令和3年2月の報告書においては、「親権の用語については、親の子に対する責任を強調する用語に置き換えることとし、親の責務、責任などの用語を候補としつつ、更に検討を進めてはどうか」とされています。民事局長、これは何故だったんでしょうか。
佐々木委員長:竹内民事局長。
竹内民事局長:お答え致します。家族法研究会では、「親権という用語が表現しようとしている概念の本質が、親が子について果たすべき務めであるという認識のもとで、親の子に対する責任を強調する趣旨で、親権という用語を別の用語に置き換えることについて引き続き検討を進めてはどうか」という提案がされたものと承知をしております。
佐々木委員長:仁比聡平さん。
仁比議員:あの~、この「親権」という今の現行民法の用語についての歴史的な経過をですね、あの、私たちはしっかり捉える必要があると思うんでよね。あの、お手元の資料の1枚目にありますように、旧民法、明治民法877条は「子ハ其家ニ在ル父ノ親権ニ服ス」という規定をしておりました。あの、これは親権を父の子に対する身分的支配権、父権などとも言われますけれども、家制度のもとで、そうした性格を色濃く持っていたのではないかと思いますが、局長、如何ですか。
佐々木委員長:竹内民事局長。
竹内民事局長:ご指摘の明治民法の規定で御座いますが、原則として子はその家にある父の親権に服する旨を定めるものでありまして、父権主義的な規定であったと指摘をされております。現行民法はこのような明治民法の父権的支配的、支配権的な考え方を改めて、親権制度を個人の尊厳に立脚した、未成熟な子の保護のための制度に改めたものであると一般的に説明されているもので御座います。
佐々木委員長:仁比聡平さん。
仁比議員:そのように説明されているんですけども、戦後民法は「親権」という用語、そして「子は親権に服する」という条文構造を明治民法のまま引き継いでいます。え~、お手元の資料の通りなんですね。そのことは、親権をなお親の子に対する支配権であるかのように捉える社会の中の観念に繋がってるのではないかと思いますが、法務省、如何ですか。
佐々木委員長:竹内民事局長。
竹内民事局長:え~、現行民法の「親権」で御座いますが、親の権利のみではなく、義務としての性質も有しておる、おりまして、その権利義務は子の利益ために行使すべきものであると考えられているところで御座います。もっとも、「成年に達しない子は父母の親権に服する」という現行民法の条文につきましては、「親権」が専ら親の権利であるかのように誤解される恐れもあるとの指摘も御座います。え~委員ご指摘の通り、ご指摘の点も含めまして、え~親子関係に関する基本的な規律の整理につきましては、現在、法制審議会家族法制部会において議論がされているところで御座います。
佐々木委員長:仁比聡平さん。
仁比議員:つまり、憲法13条、24条のもとで行われた筈なんだけれども、戦後の民法改正というのは、あの、この点において不十分だったと思います。今、民事局長の御答弁にあった「子の利益のために」という概念が条文化されたのは、2011年の改正だと思うんですよね。極めて近年のことなわけです。まぁ、各国では1970年代から国際人権規約や女性差別撤廃条約、あるいは子どもの権利条約などに基づいて、子どもの権利を中心に捉えて親子関係の規律を捉え直すという改正が広がりました。日本の親権概念、用語っていうのは、これは世界に遅れたものなのであって、この見直しこそがですね、私は抜本改正、抜本改正の要だと思うんです。この点で、法制審議会家族法制部会の10月末に出された、家族法制の見直しに関する要綱案の取りまとめに向けたたたき台⑵では、親子関係の基本的規律や法的性質をどのように定めようとするかということは、未だ示されていないんですね。そこで、大臣にお尋ねしたいと思うんですけれども、「親権」という用語や概念の見直しが定まらないまま、その共同とか、共同行使とか、いうことを議論することが混乱を拡げているのではないか、あるいは、そうした議論をすることは混乱を拡げてしまうのではないか、と思いますが、大臣、如何ですか。
佐々木委員長:小泉法務大臣。
小泉法務大臣:あの~、ご指摘の通り現在の民法が明治民法の構造を引きずっていると、そして概念的にも、その父権による支配という、まぁ、そういうものを引きずっているんではないか、それは大切な論点だと思います。一方で、世界は親子の関係の中で子どもの利益を中心に組み立てていこうっていうことが普遍化しつつあるわけでありますので、将にそこが非常に重要な論点であります。この、今、あ~家族法制部会のたたき台の中には明確な文章としてそれは示されていないのはご指摘の通りですけど、将にそこに様々な議論が今起こっているわけでありまして、「親権」という言葉、あるいは子どもの利益を中心に考えること、あるいは親権者じゃなくても親の責務があるという議論もあります。そういう様々な議論、様々な概念、様々な用語を今議論の中で整理をしていくという段階に入っていこうとしているとこでありますんで、今日の御議論もしっかり受け止めたいと思います。
佐々木委員長:仁比聡平さん。
仁比議員:混乱が起こらないように基本の概念をしっかり定めるというのは大切なことなんですよね。実際、各国では共同親権と呼ばれてきたものの見直しが起こっています。先月19日、オーストラリアで家族法改正が可決をされ、11月6日に成立を致しました。お手元に国会図書館の資料をお配りしておりますけれども、ここでは父母の平等な共同親責任の推定という規定が廃止をされました。その理由について、国会図書館の資料で、にあるように、法廷の内外で行われる子の養育に関する決定において、子どもの最善の利益が中心にあることを保証し、関連制度の利用を促進させるためだという風にオーストラリア法務省は説明しているということなんですよね。あの~、民事局長、今の法制審部会でこの調査、審議というのは行われたでしょうか。
佐々木委員長:竹内民事局長。
竹内民事局長:え~、委員ご指摘の通り、最近あのオーストラリアの連邦家族法改正案が上院下院を通過したという情報には接しておりましたが、詳細な内容については未だ把握をしておりません。従いまして、現時点で法制審議会家族法制部会において、この改正案について調査、審議はされておりませんが、必要な情報収集に努めて参りたいと考えております。
佐々木委員長:仁比聡平さん。
仁比議員:あの、そうした各国の動向も含めてですね、しっかり、え~、底をついた議論っていいますかね、基本概念を曖昧にしたまま進むってことは、これは出来ないと思いますので、調査、審議が行われることを、あの私も強く期待したいと思います。あの、そこで私が混乱しているんじゃないかという議論の1つをちょっと紹介しますと、え~、離婚後共同親権がないから面会交流ができないといった趣旨の議論があります。いや本当にそうかと。え~面会交流は果たして親権の効果なのかと。民事局長、如何でしょうか。
佐々木委員長:竹内民事局長。
竹内民事局長:お答え致します。別居親が離婚等に伴って、離れて暮すこととなった子と交流することは、親権の効果そのものではなく、別居親の親権の有無の問題と親子交流の頻度や方法をどのように定めるかといった問題は別の問題だと考えられます。
佐々木委員長:仁比聡平さん。
仁比議員:実際、あの非親権者が、あ~自分の子どもにですね、面会交流をしたいっていうそれが面会交流の、まぁ多くの場合で、実際家庭裁判所での調停、審判などが、あの行われているケースなわけですね。あの、そもそも面会交流の法的性質について、え~2021年の3月22日の当委員会で、法務省は誰の誰に対する権利または義務として整理するかなどについて更に検討を進めることが提案されているという風に答弁をされておりますが、え~今日、え~時間が経ちましたけれど、面会交流が誰の誰に対する権利義務なのかということは定まったんでしょうか。
佐々木委員長:竹内民事局長。
竹内民事局長:お答え致します。一般的に親子交流の法的性質につきましては、それを権利義務として構成するかどうかなどを巡って様々な見解があるものと承知をしております。法制審議会家族法制部会におきましては、親子交流が子の利益のために行われるものであるという認識のもとで、様々な角度から親子交流に関する規律の整備について調査、審議が進められておりますが、その法的性質や権利性の有無について特定の立場を前提とする議論が行われているわけでは御座いません。引き続き法制審議会において充実した審議が行われるよう努めて参りたいと考えております。
佐々木委員長:仁比聡平さん。
仁比議員:つまり、親権という権利概念、あるいは権利義務概念とその面会交流の実施っていうのは別の問題なわけですよね。え~特に別居親の監護親に対する権利として、あの何だか強く捉えてしまうと、典型的にはDVのケースなどにもなりますけども、子の利益や監護親の権利侵害に至りかねないという矛盾を孕んでしまうことになるわけです。え~、そうした複雑で繊細な、また多くの場合、高葛藤な家族のための面会交流調停について、あるいは面会交流を含む調停について、先程、伊藤議員からも、ええっと随分ええっと実態のですね、ご議論がありました。あの~、資料を配っておりますけれども、この間家庭裁判所、あるいは調査官などの取組みの中でですね、子の利益を最優先にニュートラル・フラットな立場から運営するという、そうした取組みが行われていますが、これは最高裁、どんな意味なんでしょうか。
佐々木委員長:最高裁判所事務総局、馬渡家庭局長。
馬渡家庭局長:お答え致します。ご指摘のニュートラル・フラットな立場での審議運営とは、どのような意味であるかについて説明致しますと、先ず先入観を持つことなく、え~、同居親及び別居親のいずれの側にも、え~偏ることなく、ひたすら子の利益を優先に考慮するという立場から調停運営に当たることを明らかにした、ということになります。即ち、このような立場に立って、例えば、同居親が安全安心に不安を抱くような事情があるのであれば、それを丁寧に聴取把握する、あるいは別居親が抱くことは得ないことによる辛い気持ちに理解を示す別居親側の事情も丁寧に聴取把握するといったように、同居親、別居親の双方から丁寧に事情を聴取しながら、子の利益を最優先にして調整を図るといった調停運営を意味ものと考えております。
佐々木委員長:仁比宗平さん。
仁比議員:あの~、お手元資料のですね、6枚目。ケース研究341号という雑誌の104頁のところに、何故ニュートラル・フラットという言葉を使うのかと、それは当初から面会交流ありきという先入観を持って調停運用に当たっている家裁は別居親側であり、同居親を不利に扱っているという、え~批判があり、今後そのような批判を受けることのようなことがあっては絶対になりません、という風に記載されているように、え~公平に取組みを進めるだというようなことなんだと思うんですよね。ちょっと時間の関係で先に養育費の問題についてこども家庭庁においで頂いております。今年の4月、養育費の受領率を2031年に40%にするという達成目標を定められました。あの、その意義とそのために、実現のためにどんな方策をとっていくのか。如何ですか。
佐々木委員長:こども家庭庁長官官房、野村審議官。
野村審議官:お答え申し上げます。ご指摘の養育費の履行確保で御座いますけれど、これはまぁ離婚後の子どもを支えていくという観点からも、まぁ重要な課題と認識しておりまして、まぁ、そうした観点を踏まえて、先ずは2031年にこの養育費の取決めの有無に関わらず受領している世帯を40%とする目標を掲げさせて頂いたところで御座います。で、この履行確保につきましては、現在、法制審議会家族法制部会においてもご議論が深められているところであると承知しておりますけれども、こども家庭庁としてもできることには取り組んできいきたいということでやっておりますのが、まぁ、代表例として申し上げますとは離婚前後親支援モデル事業というものが御座いまして、この中では養育費確保に関する弁護士などによる相談の支援で御座いますとか、公正証書の作成支援などの養育費の履行確保に資する取組みを行う自治体への支援を行っております。こうした事業の展開を図っていくことを通じまして、子の養育費の受領率を高めていくこと、こういったことに資すればと考えております。
佐々木委員長:仁比宗平さん。
仁比議員:あの、こうした取組みをですね、あの、更に広げる必要が私もあると思います。加えて、スウェーデンやドイツ、フランスなどで行われている国による養育費の建て替え払い制度や養育費の取り立て援助制度などを我が国でも一日も早く実現するという、この検討の場をですね、大臣、作るべきだと思いますよ。で、これらは現行法の下で十分やれるし、早急にやるべきことなのであって、離婚後共同親権の導入を拙速に進めるのではなく、しっかり議論するということと、その中で親権概念そのものを見直すという改正が要だと改めて申し上げたいと思います。あの、時間がなくなりましたけども、あの地家裁の本庁50、あるいは支部203という風に、あの、日本中にあるんですけども、お手元に資料をお配りしたように、ここで家事事件を担当している判事、特例判事補、特例判事補というのが計732人しかいません。だから、先ほど伊藤議員が詳しく、あの、指摘をされたようなですね、実態になってしまうわけで、家裁調査官、書記官、事務官とともに抜本的増員が必要だということを強く求めて、あの総務局長の御答弁頂く時間ありませんけれども、ぜひ頑張って下さいと申し上げたいと思います。終わります。

2.現行法の下で公的機関の養育費履行確保は実現できるか

 世界では公的機関による養育費の履行確保は珍しいことではない。但し、その方法は、スウェーデン、ドイツ、フランス等の「スカンジナビア・モデル(一旦養育費の立替払いを行い、公的機関が非監護親に対する養育費支払請求権を譲り受け、費用の回収を行う)と、アメリカ、イギリス、オーストラリア等の「アングロサクソン・モデル」(国が養育費を専門に扱う機関を設けて、養育費の取立てを行う)とに大別される¹。
 一方、日本は養育費に関する取り決めに、必ずしも司法が関与せず、養育費の履行確保を行う行政機関も存在しない。野村審議官が国会で答弁したような「離婚前後親支援モデル事業」支援といった対策は講じているものの、「これらの手段はいずれも養育費確保の抜本的対策とは言いがたい。個人に任せきりでは、どうしても父親が自分または新しい家族の生活を優先してしまう。そこで、行政がいわば『エージェント(代理人)』として間に入り、母子世帯のために養育費の強制徴収を行うという対策が必要となる」²。
 仁比議員が主張したように、公的機関による養育費履行確保が必要なのは間違いない。しかし「現行法の下で十分にやれる」という主張は正しいのであろうか。それをこれから検証していく。
 令和2年(2020年)1月27日に、赤石千衣子氏が代表を務めるシングルマザーサポート団体全国協議会から「養育費の立替払い制度を導入すること」「共同親権制度など親権の在り方とはリンクさせないこと」等の条件を付けた「養育費の取り立て確保に関する要望」を受け取った森法務大臣(当時)は、同日に私的勉強会として「養育費勉強会」を発足、第1回勉強会を開催している。その後、5月にかけて計7回の勉強会を開催し、5月29日に「法務大臣養育費勉強会取りまとめ」を発表した。これを踏まえ、法務省に「養育費不払いに向けた検討会議」が設置され、同年12月にかけて計12回検討会議が開催され、12月24日に「養育費不払い解消に向けた検討会議・取りまとめ(~子ども達の成長と未来を守る新たな養育費制度に向けて~)」を報告している。この最終報告書を読む限り、「現行制度を維持したまま、赤石氏らの要望する養育費の立替払い制度を導入することはできない」が結論となろう。因みに、同日に、不払い養育費の確保のための支援に関するタスクフォースが「公的機関による養育費の立替払い制度・取立て制度に関する制度面を中心とした論点整理について」を報告している。この報告書は非常に分かり易く論点整理をしているため、先ずこの報告書をまるごと転載する。次に、タスクフォースが指摘した論点の理解を援けるために、諸外国と日本の親権制度と養育費政策の比較を行う。

⑴養育費の立替払い制度・取立て制度に関する制度面を中心とした論点整理

第1 はじめに
 養育費の督促・徴収の段階における直接的な公的支援として,海外では,①公的機関が権利者に対して立替払いをした上で,公的機関が 事後に義務者から徴収をするという制度(いわゆる「スカンジナビア ン・モデル」。以下「立替払い制度」という。)や,②公的機関が権利者に代わって義務者から取立て・徴収をした上で,それを権利者に渡 すという制度(いわゆる「アングロサクソン・モデル」。以下「取立て制度」という。)を採用している国がある。そして,我が国にも同様の制度を導入すべきであるとの意見がある(注)。
 このような状況を受け,本タスクフォースでは,今後更なる議論を 行うための論点整理として,まず,仮に我が国に諸外国と同様又は類似の制度を導入することとした場合に,理論上考え得る制度イメージを挙げた上で,それらの制度の導入を検討する場合の論点について,制度面,体制面,運用面等について幅広く整理を行った。本資料は,その検討結果をまとめたものである。
 なお,本タスクフォースでは,方向性を定めることなく,幅広くまた多角的に,論点の整理を行うことを試みた。また,以下の各制度イメージについて,いずれか一つの制度のみを選ぶという択一的なものではなく,理論的には,以下で提示した複数の方向性を組み合わせる方策も考えられるとの認識に至った。その上で,現行法の枠内で速やかに実施を検討すべき施策があれば,まずはそれに取り組みつつ,併せて,法改正や新制度の立ち上げを伴う制度を導入することの当否については,本タスクフォースでの論点整理を踏まえつつ,引き続き検討を続けていくことが望ましいとされた。

(注)法務大臣養育費勉強会取りまとめ(令和2年5月29日),養育費不払い解消に向けた検討会議取りまとめ(令和2年12月24日)

第2 立替払い制度
1 はじめに
 立替払い制度は,後述の取立て制度とは異なり,扶養義務者の資力が不十分な場合であっても,速やかに権利者や子を救済することができることから,最も広範かつ迅速な支援が可能となる。もっとも,その実現のためには法改正が必要であるし,財政的な影響が非常に大きいことから,制度導入の当否については多角的かつ慎重な議論 が必要となる。
 仮に立替払いを導入する場合には,まずは,以下の各論点について 検討を行う必要があると考えられる。
〖論点〗

  •  事後的に求償をすることができない場合には,損失を公費(税金) で負担することになる点について国民の理解が得られるか。

  •  求償事務という全く新たな事務が公的機関(国,自治体等)に生じ,相当な事務負担となることが予想されるところ,いずれの部署が担うのが可能かつ適切か。

  •  権利行使よりも立替払いの方が容易ということになると,監護親(権利者)が真摯に権利行使をしなくなったり,義務者が履行をしなくなったりする事態(モラルハザード)が生じないか。

  •  現行法の下では,公的機関であっても義務者の財産を把握することは容易ではないため,回収の実効性を高めるために,義務者の収入,資産等を把握するための制度を整備する等の措置を新たに講ずる必要はないか。

  •  現行法の下では,離婚時に養育費の取決めが必要的なものとされておらず,離婚後において養育費の具体的な請求権を有する者とそうでない者とが存在するが,そのような状況下で,具体的請求権を有する者に対してのみ公的な給付(立替払いの支援)を行うことは相当か。

  •  公的機関の求償権と,監護親(権利者)の請求権(残額又はその後に継続的に発生するもの)や他の債権者の債権との優先関係をどのように整理するか。

2 公的給付と強制徴収による求償スキーム(公法型)

(考えられる制度イメージ)
1 公的機関がひとり親家庭に対して一定期間・一定額の公的給付を行う。  〔対象となるひとり親家庭の考え方〕
  【①】死別等も含むひとり親家庭全体
  【②】非監護親が存在している場合に限る。
  【③】監護親が養育費の債務名義を有している場合に限る。
2 同額について養育費請求権が消滅することとし,公的機関は, 義務者の扶養義務の範囲内で強制徴収公債権を取得する。
3 公的機関が強制徴収の方法によって求償する。

(説明)
 このスキームは,公的機関が一定期間,一定額の公的給付をすることとした上で,その公法上の効果として,権利者の権利が同額で消滅するとともに,公的機関が義務者に対して同額の求償権を取得するという方向性である。
 仮に立替払い制度を設ける場合には,公的機関による求償事務の負担を可能な限り軽減する必要があると考えられることから,私債権と同様の強制執行手続ではなく,強制徴収の手段を用いることができることとするために,公法上の原因によって公債権が発生することとするものである。
 なお,公的給付の対象とするひとり親家庭の選択肢については①から③までが考えられるが,この他にも多様な考え方があり得る。
 このような方向性については,以下の各論点について検討を行う必要がある。
〖論点〗

  •  実質的には,公的機関が監護親(権利者)の私債権について代位弁済を行っていることと同視することができるが,その場合に,公的機関が,求償権を強制徴収公債権として取得することに理論的又は法制的な問題はないか。

  •  公的給付の開始のタイミングについて,ひとり親となった時点とするか,養育費の支払が止まった時点と考えるか。

  •  対象となるひとり親家庭について所得の制限を設けるか。申請主義とするか。

  •  公的機関が立替払い(給付)をする期間及び金額をどのように定めるか。

  •  偽装離婚等による制度の不正利用をどのように防ぐか。

〔【①】について〕

  •  既存のひとり親家庭に対する公的給付である児童扶養手当(死別の場合には遺族基礎年金)との関係をどのように整理するか。

〔【①】及び【②】について〕

  •  公的機関が求償する場面において,非監護親の扶養義務の内容をどのような手続で定めるか。

(【②】及び【③】について)

  •  父母の離婚によってひとり親家庭になった場合は公的給付を受けられるのに,死別による場合には受けられないことについて,公平の観点から問題はないか。特に,【②】については,義務者が失業等によって収入が全くない場合でも社会保障給付を受けられるにもかかわらず,死亡した場合には受けられないこととなるが,公平の観点から問題はないか。

(【③】について)

  •  子のための公的給付の有無が,監護親が債務名義を作成している か否かで変わることとなることについて,どのように考えるか。

  •  実際には養育費の支払合意がない場合等であるにもかかわらず,公的給付を受けることのみを目的とした債務名義が作成されることとなるおそれはないか。

  •  公的機関から求償されることを懸念して,義務者が債務名義の作成に協力しなくなるのではないか。

3 弁済による代位と強制執行による求償スキーム(民事法型)

(考えられる制度イメージ)
1 公的機関が,債務名義を有する権利者に対して,一定期間,回収不能となった養育費請求権のうち一定額を第三者弁済する。
2 公的機関は,民法第499条によって権利者に代位する。
3 公的機関は,権利者の有する債務名義を用いて,義務者に対して強制執行を申し立てる。

(説明)
 このスキームは,公的機関が,民事上の弁済として,債務名義を有する権利者に対して,養育費債権の一部弁済を行い,弁済による代位に関する民法第499条の規定に基づき,権利者に代位して,義務者に求償をするという方向性である。公的機関は,私債権を代位行使することとなるため,例えば民間事業者(保証会社等)が第三者弁済をした場合と同様に,強制執行の方法で取り立てることとなる。
 公平性の観点から問題をおいた上で,理論的又は法制的な問題を考えたときに,公的機関が第三者弁済をすることの根拠や,第三者弁済又は弁済による代位に関する規定の整備等について制度的な対応は必要となるものの,上記2の公法型と比較すると,基本的な構造は現行法の枠内で説明できるものである。
 このような方向性については,以下の各論点について検討を行う必要がある。
〖論点〗

  •  立替払いの対象が,監護親において養育費債権に係る債務名義を有している子に限定されることについて,公平性の観点から問題が生じないか。

  •  強制執行制度を用いるとすると,公的機関による回収の実効性はどうか。また,回収事務の負担が過重とならないか。それを解決するために,例えば,公的機関が弁済による代位を行った段階で,公債権に性質を切り替えることとした場合に,理論的又は法制的な問題はないか。

  •  公的機関による代位行使と,強制執行における養育費請求権(扶養義務に係る定期金)の特例に関する規律の適用について,どう整理するか。

  •  実際には養育費の支払合意がない場合等であるにもかかわらず,公的給付を受けることのみを目的とした債務名義が作成されることとなるおそれはないか。

  •  公的機関が義務者に対して権利行使(私債権・強制執行)することを懸念して,義務者が養育費に関する債務名義の作成に協力しなくなるのではないか。 

第3 取立て制度
1 はじめに
 取立て制度は,公的機関が権利者に代わって義務者から取立て・回収した金銭を権利者に支給するというものであり,立替払い制度とは異なり,給付又は弁済による直接的な財政支出は生じない。もっとも,取立て・回収のための事務負担という新たな事務が継続的かつ大量に生ずるところ,その事務が過重なものとなれば制度が十分に機能しないといった事態が生ずるおそれもあり,制度導入の当否については多角的かつ慎重な議論が必要となる。
 仮に取立て制度を導入する場合には,まずは,以下の各論点について検討を行う必要があると考えられる。
〖論点〗

  •  取立て制度を利用することができる主体(権利者)や期間を限定するか。仮に限定する場合には,どの範囲の主体や,どの程度の期間とすべきか。

  •  公的機関の支援の範囲を債務名義成立後に限定するか。債務名義成立過程への支援も含めるか。

  •  公的機関の支援の範囲を債務名義成立後に限定した場合,公的機関が義務者に対して取立てすることを懸念して,義務者が養育費に関する債務名義の作成に協力しなくなるのではないか。

  •  公的機関の支援を利用するための資力要件等を設けるか。

  •  現行法の下では,養育費の取決めが必要的なものとされておらず,養育費の具体的な請求権を有する者とそうでない者とが存在するが,そのような状況下で,具体的請求権を有する者に対してのみ公的な給付を行うことは相当か。

2 強制徴収型

(考えられる制度イメージ)
1 権利者が公的機関に対して取立ての申立てをする。
2 公的機関において,独自に義務者の所在や財産を調査・把握し, 権利者に代わって請求や,強制徴収の方法での取立てを行う。

(説明)
 このスキームは,権利者から依頼を受けた公的機関が,強制徴収の方法によって,義務者から養育費を取り立てることとする方向性である。
 このような方向性については,以下の各論点について検討を行う必要がある。
〖論点〗

  •  私人である権利者に帰属する私債権が,公的機関が代理行使・代位行使する場合に強制徴収公債権に転化するとした場合に,理論的又は法制的な問題はないか。

  •  公的機関の徴収と,監護親(権利者)の請求権(残額又はその後に継続的に発生するもの)や他の債権者の債権の行使との優先関係等についてどのように整理するか。

  •  強制徴収を担う機関の体制や,当該機関の運営に要する財源についてどのように考えるか。

3 強制執行手続代理型

(考えられる制度イメージ)
1 権利者が公的機関に対して取立ての委任をする。
2 公的機関(公的機関から再委任を受けた弁護士等が実際の事務を遂行することも考えられる。)が,権利者を代理して,独自に義務者の所在や財産を調査・把握し,権利者に代わって,請求や 強制執行の方法での取立てを行う。

(説明)
 このスキームは,権利者から委任を受けた公的機関が,民事上の代理人の立場で,最終的には強制執行の方法によって,義務者から養育費を取り立てることとする方向性である。公平性の観点からの問題をおいた上であれば,基本的には現行法の枠内で説明できるものであるといえるが,強制徴収の方向性に比べると取立てに係る事務量は増えることとなるし,実効性(回収率)も低くなるおそれがある。
 このような方向性については,以下の各論点について検討を行う必要がある。
〖論点〗

  •  裁判手続において,公的機関が一方当事者を代理することとなるが,手続的な公平性の観点から問題が生じないか。

  •  合わせて強制執行手続についての負担軽減を行わないと,公的機関の事務負担が過重になるのではないか。

4 本人による手続遂行支援型

(考えられる制度イメージ)
1 権利者が公的機関に対して養育費取立て支援の申立てをする。
2 公的機関(公的機関から再委任を受けた弁護士等が実際の事務を遂行することも考えられる。)が義務者の所在や資産について調査を行い,権利者に情報提供する。また,申立書の作成支援等を行う。
3 権利者は,これらの支援を受けながら,自ら強制執行の方法で取立てを行う。

(説明)
 このスキームは,権利者が自ら強制執行を申し立てることを前提としながら,公的機関が申立てについて必要な支援を行うという方向性である。
 これまでも改正民事執行法により第三者からの情報取得手続等の執行手続を新設するなど法務省において取組みを進めてきており,また,厚生労働省においてもひとり親家庭に対する自治体を通じた支援を行っていることから,現在の施策と連続性が高いものと位置付けられる。上記第1で指摘した,まず取り組むべき方向性の一つになるものと考えられる。もっとも,公的機関による調査・情報提供制度については,法制度的な対応が必要になる。
 このような方向性については,以下の各論点について検討を行う必要がある。
〖論点〗

  •  権利者本人が手続を遂行することとなるが,強制執行手続については手続面・精神面の両面で負担が重いと感じられているとの指摘があることから,手続全般に対する法的支援を拡充することや,強制執行手続そのものの負担軽減や利便性向上のための制度見直しを行うことが必要なのではないか。

  •  権利者に対する強制執行手続全般に対する法的支援の拡充と併せて検討することが前提となるのではないか。

  •  第三者からの情報取得手続等の執行手続や,履行勧告・履行命令等の様々なオプションとなる手段の更なる活用を併せて図っていくことも必要ではないか。

⑵諸外国と日本の親権制度と養育費政策の比較

 日本は離婚後一律単独親権制度であるが、欧米諸国を始め、多くの国が離婚後原則共同親権制度である。
 法律を扱う上で、「原則と例外」は重要な基本概念であり、社会規範とすべき規則を、自動的に効果が導かれる「原則」とし、原則を適用すると寧ろ不利益が生じる場合に備え、個々の事情に基づいて判断する「例外」を設ける。
 離婚後原則親権制度の国では、子の養育責任を果たすため、離婚後も父母は親権を継続するのが「原則」で、父母双方が親権を有することで子の利益を害する場合や子の利益を害さないものの、父母の居所や経済状況、父母の意思で共同行使ができない場合は「例外」として単独親権となる。但し、単独親権により親権を喪失した親は、子の監護や子に関する意思決定に関する権利義務を失っても、養育費の支払いは免除されない。なお、親権における親の義務を強調するため、多くの国が「親権」という用語を「親責任」に見直している。
 一方、日本は父母の意思に関わりなく、離婚と同時に「例外なく」、どちらかの親が親権を喪失する。離婚後の子の養育に関する取決めをする・しないも任意である。

図1 原則共同親権制度と一律単独親権制度における親責任(親権)の連続性の違い

 上図は原則共同親権制度と一律単独親権制度における親責任(親権)の連続性の違いを示した概念図である。
 日本では「養育」という用語が「監護」に強く結びつき、子は勿論のこと、場合によっては子を監護する親の生活費を稼ぐ行為や週末における親子の時間を養育と見做さない傾向にあるため、日常的な子の身の回りの世話(日常監護)や親子の交流を「直接養育」、子が日常生活に必要な費用の負担(生活費、養育費)を「間接養育」と表記した。
 一律単独親権制度は、離婚時点で父母の関係だけでなく、親子関係も清算する建付けであるため、離婚後も子に対する責任を果たすことを望む当事者自らが調停を申立て、親責任を担わなければならない。面会交流と養育費支払は親としての義務とされているが、道徳規範ではその通りであるが、日本の民法では「協議で定める」とあるだけで、義務として明文規定していないからである。参考までに、仁比議員が取り上げた国の条文を記載する。
 なお、先月、オーストラリア家族法が改正されたが、第61DA条「養育命令における平等な共同親責任の推定」と第65DAA条「子が父母各々と平等な時間又は十分かつ重要な時間を共に過ごすことに関する検討」の削除であり、当然ながら原則共同親権を規定する第61C条は残存している。

  • スウェーデン 親子法第6章第2条 子は、成人(18歳)になるまでまたは婚姻するまで原則として、両親の双方または一方の親の監護に服する。親子法第6章第3条 両親が離婚後、両親双方が監護に関する問題を争わない場合には、自動的に双方の監護権が保護される。

  • ドイツ 民法第1671条 両親が一時的にではなく別居しており、共同で親の配慮を有しているときには、親はいずれも、自己に親の配慮または親の配慮の一部を単独で移譲するように、家庭裁判所に申し立てることができる。(裁判所が単独移譲を認めない限り、共同配慮が継続する)

  • フランス 民法典第373-2条 ⑴両親の共同生活の解消は,親権の行使の帰属の規則に影響を及ぼさない。

  • オーストラリア 家族法第61C条 子どもの父母の関係性のいかなる変化に拘らず、親責任は効力を有する。

  • 日本 第819条 ⑴父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない。⑵裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親権者と定める。
    第820条 親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う
    第766条 ⑴父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。

 次に、スウェーデンとオーストラリア、日本の養育費請求の流れを見てみよう。ドイツとフランスはスウェーデンと同じ立替払い型であるため、代わりに取立て型のオーストラリアと日本を追加した。日本では当事者自らが全手続きをするのが原則であるが、明石市が「養育費立替支援事業」を展開しているため、日本の事例は明石市を取上げた。なお、明石市の事業名には「立替」が用いられているが、立替が成年に達するまでではなく、立替回数が3回まで(1カ月分の支払いは上限5万円)の限定であることから、立替よりも取立てのウエイトが大きいと判断し、「取立て制度」の方に整理した。
 スウェーデンのフロー図は、日経新聞³から引用し、オーストラリアは既出資料⁴を、明石市は新聞記事を参考にクリエイターが纏めた。

図2 養育費請求の流れ(スウェーデン/オーストラリア/明石市)

 欧米諸国は、離婚後も父母の親権が継続する原則共同親権制度を採用し、離婚時の養育計画作成と裁判所の関与を必須としているため、養育費の金額査定や徴収までの事務手続を行政にて対応可能な基盤が整備されている。ここで取り上げたスウェーデンは「養育費補助法」、オーストラリアは「子の養育費に関する法律(登録および徴収)」「子の養育費に関する法律(算定)」を立法し、行政が養育費の査定段階からの強制的徴収まで可能にしている(上図)。
 ところが、日本は、離婚時に一方の親の親権を剥奪するため、親権を失った親は事実上、子どもの養育に関与できなくなる。そもそも、単独親権制度自体が届出制協議離婚とセットとなる家長制度の残滓であり、「家風になじまない嫁、跡継ぎを産めない嫁を、戸主の判断で離婚の届出をして、追出す」⁵のに都合が良い仕組みであり、至極当然の結果である(1966年に親権者の父母割合が逆転移、現在は親権者の9割が母親である)。従って、この制度を残存させつつ、離婚後の親責任を果たすには、養育費や面会交流の取決めが必要である。
 現行、取決め自体が義務化されずに当事者任せで、更に養育費支払いに法的拘束力を持たせるには、請求者が個々に裁判所で調停の申立てを行わざるを得ない。公的機関が養育費履行を支援するには、請求者が一連の手続きを自身で行い、債務名義化することが要件であり、債務名義完了が公的機関活用の起点にならざるを得ない。限られた市の財源や現行制度の範囲内で実行可能な最大限の運用を実現しているのが明石市の「養育費立替支援事業」である。個々人による債務名義化も低位な養育費受給率の要因であることから、公的機関を利用するのであれば、債務名義化をそのタスクに含めなければ十分な効果は期待できない。そうすると、以下の結論が導かれる。
 公的機関の得意とする画一的なタスクに養育費履行確保を落とし込むには、全離婚当事者が離婚時点で養育計画を取決め、それを債務名義にしておく必要があり、その要件を満たそうとすれば、ほぼ離婚後原則共同親権制度を導入したことに等しいのである。
 
最後に、国立国会図書館の資料⁶をベースに、法務省の資料⁷、比較法研究センターの資料⁸等を参考にクリエイターが編集した親権制度と養育費政策を纏めた表を参考までに掲載する。

表1 各国の親権制度と養育費政策の比較

3.結論 ~公的機関の養育費履行確保と原則共同親権制度~

 これまでの検討から、公的機関による養育費履行確保には、原則離婚後共同親権制度の導入が要件であることが明らかである。
 即ち、養育計画の作成を義務化し、離婚後の親権の有無に関わらない養育費の支払いを明文規定することで、全離婚家庭を対象とした効率的な養育費徴収を、離婚時点から行政が担うことができるのである。
 公的機関が養育費に関する一連の業務を担うことで、離婚当事者が利益を享受するだけでなく、「間接養育」事件から解放される裁判所も「直接養育」事件に傾注することが可能となる。
従って、離婚後共同親権制度の導入を「慎重に検討すべき」どころか、寧ろ「速やかに」導入すべきである。
 なお、公的機関の活用に対する、もう一つの重要な論連として、行政コストと制度のモデル選定に関して触れて置く。制度を永続的に運用させるには、そのための予算が必要であり、イニシャルコストだけでなく、ランニングコストを見積もっておかねばならないからである。
 イギリスでは、児童扶養手当庁(CSA)が6億ポンドを徴収するのに4億ポンドの費用をかけながらも、その目的を達成できていないということで、2007年に労働年金省(DWP)が調査を実施している⁹。下記はその引用である。

 コストに関する満足のいく比較可能なデータを得ることは非常に困難であった。本章では、その状況において得られたデータをレビューする。この調査では、幾つかのタイトルでコストの収集に務めた:行政機関にかかるコスト、個人にかかるコスト、先進的な養育費制度にかかるコスト、裁判所やこのようなコストについて利用可能な支援にかかるコスト。
 表8.1に、得られた詳細の一部を示す。1単位当りにかかった行政コストを推定できるデータが得られたのは4カ国である:オーストラリア=12%、ニュージーランド21%、イギリス68%、アメリカ23%。1件当り行政コストは、オーストラリア160ポンド、カナダ93~96ポンドというデータを2カ国から得た。
 オーストラリア(弁護士を介さない場合)、イギリス(法律による支払遅延の罰則規定あり)では、制度利用者個人には費用はかからない。ベルギーでは、非監護親と監護親の双方が、支払った養育費と受け取った養育費の割合に基づく標準的な手数料を支払っている。ニュージーランドでは手数料はないが、間接的な費用と支払遅延に対する罰則がある。オランダでは弁護士費用と裁判費用がかかる。 ノルウェーでは、決定ごとに固定費がかかり、その後は、親が弁護士を介入させる場合に限り費用がかかるが、支払いが遅れた場合の罰則はない。最後に、アメリカでは、査定と支払いの振込みに手数料がかかる。

 非監護親の経済状況が悪くて養育費の徴収ができない懸念¹⁰、及び行政コスト¹¹の観点から、日本が模範する国はオーストラリアが良いのではないか、とする意見がある。
 アメリカが養育費の取立て制度の強化に舵を切った理由は、①財政負担が膨らんだこと、②公的扶助に依存する非婚親の増加と公的資金投入に対する国民の不満、③養育費支払逃れを許容する制度に対する納税者の批判であった¹²。
 先例に学べば、国民からコンセンサスを得るという点でも、赤石氏らが推す立替払い制度のスカンジナビア・モデルではなく、取立て制度のアングロサクソン・モデル、中でもオーストラリアを見本にすべきではなかろうか。

参考文献

  1. 養育費相談支援センター「養育費確保の推進に関する制度的諸問題」

  2. 「独立行政法人 労働政策研究・研修機構「なぜ離別父親から養育費を取れないのか」

  3. 日本経済新聞「逃げ得を許すな養育費 スウェーデンは政府が「取立て」」2022.7.27

  4. 前掲 注1

  5. 二宮周平「多様化する家族と法Ⅱ」(株式会社 朝陽会)

  6. 国立国会図書館「離婚後面会交流及び養育費に係る法制度-米・英・仏・独・韓-」

  7. 法務省民事局「公的機関による養育費の履行の確保等に関する諸外国の制度例について」

  8. 比較法研究センター「各国の離婚後の親権制度に関する調査研究業務報告書」

  9. C.Skinner, J.Bradshaw and J.Davidson(2007) Child support policy: An international perspective, Department for Work and Pensions(UK), Research Report No 405

  10. 前掲 注1

  11. 前掲 注2

  12. 山口亮子「日米親権法の比較研究」(日本加除出版株式会社)

以上


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