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高校生の全国大会として

高校野球の季節がやってきた。
小さいころから憧れの甲子園。
みんなが輝き、感動に満ち溢れた高校野球である。
大好きな大好きな高校野球。
全試合甲子園で、全試合テレビ中継がある。
遠く離れても試合が見れ、感動を得られる。
私も、弱小公立校ながら三年間汗と土にまみれ甲子園を目指してきた。
この三年間があるからどんな困難も乗り越えられる。高校野球はそういう力をつけてくれた思う。
その後、何歳になっても高校生から元気と感動をいただいている。

しかし、還暦を過ぎた今、この高校野球のスタイルに疑問を感じる。
いや疑問というより憤りに近い。
全国から49校の代表が集まって不自然に炎天下野球をする。
「高校野球」「甲子園」ということで見逃してきたが、普通に考えたら一会場での開催は常識的にあり得ない。時期も適切なのか。
そのための無理な日程。
猛暑の中の選手の健康面での負担。
過剰に増えていく経費。
これはいったい誰のためなのか、令和になって根本から見直す必要がある。
私は高校野球ファンとして、今までのすばらしさから離れられなかった。
でも視点を変えると、ここで一番いい思いをしているのは主催新聞社と連盟、さらにそこに乗っかる放送、出版等の各種企業、団体じゃないのか。
そう考えるとこれは高校生の全国大会ではなく約2週間にわたって行われる高校生を使った興業じゃないのか。
興業だからこそ、選手の細かな部分にまで視点を当て、ドラマがあれば大々的に扱い、集客目指してあおっていく。
散々あおった挙句に注目を集めすぎると規制されるなんてこともある。
例えば、吉田光星の侍ポーズのように。
ずっとルーティンで行ってきたことが注目を集めすぎて突然禁止される。
本当にいい迷惑である。
勝手に映してくれるなという感じではないだろうか。
これだけ注目を集め、騒ぎ立て、観客を集めて、出演料は一切払わなくていい。興行主ぼろもうけじゃないか。
そう考えるとどんどん悲しくなっていく。
少なくとも一試合いくらという感じで出場補助費という名目で支払うべきじゃないか、興行主は。
興業といわれたくなければ高校生の全国大会は高体連管轄で行うべきだろう。
そんなことを考えると、夜中の民放のダイジェスト番組は絶対に感動できないから見ないことにしている。
感動はリアルタイムオンリーである。
リアルタイムも無責任な大多数が伝統校や話題校に偏り、甲子園の魔物となる。でも、魔物はそういうものだ。
許せないのが、アナウンサーや解説者に偏りを感じるときだ。
そうなると、とたんにテレビは見たくなくなる。
最近は民放以外も怪しくなってきている。
これは私だけの偏見ならいいが。

何もわからず、詳しく調べずこの文章を書いているので、もしかしたら、出場校や各地区の高体連に連盟や主催者からお金が出ているのかもしれない。
また、高校生のために主催者は赤字を出してでも運営しているのかもしれない。
そして、複数会場になって、開会式と準決勝以降甲子園、テレビ中継も地元と準決勝以降なんてことになると本当に寂しいなとは思う。
一度でいいから甲子園で高校野球を見たいとも思っている。

でもね、やっているのは興行ではなくて高校生の全国大会なんだよねきっと。


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