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【103】読み切り短編小説「未来予想図Ⅲ」(2355文字)



「しっかり掴まってろよ!」
ボクがそう言うとバイクの後部座席からボクの背中をヘルメットで2回頭突きしてきた。

1983年5月 北海道 
たった今コンサートを見終えたボクたちは彼女の家路に向かうところだった。
彼女を家に送り届けると、彼女はボクにヘルメットを返しながら少し寂しそうに言った。
「先生、短い間だったけどありがとう!…」



 2週間前ボクは帯広の自分の母校である高校に教育実習にやって来た。
普段は横浜の大学に通っているが、近くに教育実習を受け入れてくれる学校がなく、なんとか母校の恩師に頼み込んで受け入れてもらった。

帯広の実家から学校までは2歳年上のアニキに借りたバイクで通学した。
この場合通勤したというべきかと迷ったが、そんなことはどうでもよかった。

 担当したクラスに不登校の生徒がいると聞いて家庭訪問をした。
最初は拒絶されたが学校帰りに毎日彼女の家に通っているうちに、少しずつ話をしてくれるようになった。
週末は二人で動物園に行った。彼女はアメリカバイソンがお気に入りのようだった。


 彼女がボクと一緒にコンサートに行きたいと言ったのは教育実習が残り3日になったとき、コンサートは教育実習の最終日の夜だった。
コンサートは昔からあまりいい思い出がなく気が進まなかったが、彼女の熱意に負けて一緒に行くことにした。


 教育実習の最終日、ボクたちは30分前にコンサート会場に着いた。   
やはり嫌な予感が当たってしまった。
彼女はボクをコンサートに誘っておきながらチケットは持っていないという。

今人気絶頂の女性アーチストだ、当然チケットはソールドアウトしていた。
それでもボクたちは会場にやってきた。
もしかしたら何億分の1の確率で空からチケット降ってくるかもしれない。



なかなかチケットは空から降ってこず、仕方なくボクは会場の入り口の少し手前で大声を出した。「チケット余っていませんか!」
みんな不思議そうな顔をしてボクたちの横を通り過ぎて行った。


 10分後彼女が言った。
「ありがとう、もういいよ。その代わりあれ買って!」
近くで若い外国人の男性が道に黒いラシャを敷いて、その上に置かれたアクセサリーを売っていた。
ボクと彼女はおそろいのシルバーのリングを買った。

彼女はALL ¥3000と書かれたフリップを指さし、流暢な英語で何か話していた。 
ボクが5000円札1枚と1000円札1枚を財布から出すと、彼女は1000円札をボクに返し、5000円札1枚を外国人の男性に払った。

 彼女は近くの自販機でコーラを3本買った。
1本をボクに手渡した後、先ほどのアクセサリー屋さんに向かい、外国人男性にコーラを1本手渡した。

そこへ外国人の若い女性がやってきた。
二人は英語で何やら話をしていた。
内容はよくわからなかったが、「ミラクル」とか「アンビリーバボ」といった単語だけ聞き取れた。
外国人男性は「レッツ ハリー!」と言いながら店を片付け始めた。

彼女は内容が理解できていたらしく「コングラッチュレーション!プレゼントフォーユー」と言いながら外国人女性に自分のコーラを手渡した。

外国人女性が笑顔で「サンキュー」と言いながらお返しとばかりに2枚の紙切れを彼女に手渡した。
…  空からチケットが降ってきた …



結構いい席だった。
コンサートの途中で彼女は何回か涙を流した。ボクはチェックのハンカチをそっと彼女に手渡した。
涙をぬぐう左手の薬指のシルバーのリングがキラリと光った。
リングを見つめながら「一生の宝物にするから」と彼女は言った。 
(それほど大げさなモノでもないだろう)ボクはそう思ったがそれは言葉に出さずに軽くうなずいた。



 彼女は、ボクにヘルメットを返しながら言った。
「先生、短い間だったけどありがとう!…」

「……」

「来週から学校行くよ。」

「……」

「夢は諦めたら終わり、…絶対忘れないから…」

「……そうだ、諦めない限り夢は必ず叶う…とまでは言わないけど…」ボクがそこまで言うと

「夢を叶えたものは、皆諦めなかった… でしょ」彼女は笑いながら食い気味に言った。

「先生、今まで見えていなかったけど、夢の扉らしきものが見えてきた気がする…」

「…そっか。」

「先生、元気でね。…」

「…あー、短い間だったけど、こちらこそありがとう…」

「もう会えないの?…」 

「……」

突然彼女がボクに抱き着いてきた。
彼女は泣きながらボクの唇に自分の唇を重ねた。


ボクはバイクに乗って家に向かった。
バックミラーを見ると彼女がまだボクを見送っている。
ボクはカーブを曲がる前にブレーキランプを5回点滅させた。
必ず教師になろうと思った。
来週からはまた大学生に戻る。
雨は降っていないのに、どういう訳か前が見にくかった。






8年後
ボクは横浜の某公立高校で数学の教師をしていた。
いつものように学校からアパートに帰って、テレビをつけ、冷蔵庫から缶ビールを出した。
来週からは教育実習生がやってくる。
何年か前のボクの教え子だった。
ふと8年前の出来事を思い出した。


 誰も見ていないつけっぱなしのテレビは歌番組が流れていた。
サングラスをかけた司会者と3人組ユニットの女性ボーカルが、荒井由実のコンサートを観て自分も歌手になりたいと思うようになったとか、ユニット名の由来などのエピソードトークをしていた。

「それでは歌っていただきましょう、DREAMS COME TRUE で未来予想図Ⅱです。」
女性ボーカルの左手の薬指のシルバーのリングがキラリと光った。


この作品はフィクションであり登場する人物、団体は実在するものと一切関係ありません。
この作品のタイトルおよび内容の一部に DREAMS COME TRUE 様の楽曲「未来予想図Ⅱ」をオマージュした内容が含まれております。


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