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【109】読み切り超短編小説「オレは鉄平」(1519文字)

2004年2月
プロ野球選手であるオレは2軍のグランドでバットを振り続けていた。
4年前ドラフト5位高卒で入団したオレは、来る日も来る日もバットを振り続けた。
高校時代は1年から遊撃手のレギュラーを獲得。高校通算で打率.551、32本塁打の記録を残した。甲子園への出場経験はないものの50m走5.9秒、遠投110メートルの身体能力には定評があった。しばらくして守備の伸び悩みから外野にコンバートされていた。今年も結果が出なかったらもしかしたら…
 
今シーズンから監督が新しくなって一言だけ言われた。
「お前はバットを振り続けろ。」
来る日も来る日もバットを振り続けた。
 
ある日練習を見に来た監督の命令でマシンを相手にバッティング練習をすることになった。
「おい、一球見逃すごとに1万円罰金取るからな。」
二軍選手にとって1万円は大金だ。今まで以上に真剣にバットを振り続けた。
いつまでたっても監督から終わりの合図が出ない。手に力も入らなくなってきた。もう何時間続けているのか分からなくなってきた。
頭が少しボーとしてきた。(しまった!)
 
「はい、罰金1万円。」監督が嬉しそうに言った。
監督はオレから罰金を取るために続けているのか?
それから監督が終わりというまでさらに2球見逃して罰金3万円を払うことになった。
バットを握っていた指が自分の力では離れなかった。聞いたことはあったが自分で体験したのは初めてのことだった。

 
 
2006年 
前年にトレードに出されたオレは古巣との交流戦で4安打を放ち勝利に貢献した。古巣の監督から「お前をトレードに出した甲斐があった。」と言われた。
 
2007年
オレは開幕から11試合連続ヒットを打ち、その年のオールスターに出場した。
 
2009年
外野手でチーム内最高年俸となったオレはバッターとして最高の勲章である首位打者になった。

 
 

数年後
テレビ局の収録

ボクが口を開いた。
「やはり転機は2005年のトレードですかね。」
 
中年の司会者が言った。
「トレードに出した球団はファンから、もったいないことをしたと叩かれたそうですね。」
 
「はい、これは後から聞いた話なのですが、当時のチームは非常に選手層が厚く控え選手でさえ相当レベルが高かったのです。このままここにいても出場機会は少ないので他チームに行った方がボクのためになるんじゃないかといって監督がトレードに出してくれたらしいのです。」
 
「なるほど、トレードというとネガティブな印象もありますけど、この場合選手にとって一番ためになる方法だったのですね」
 
「トレード前にすごい量の練習をさせられたのですが、多分ボクが他球団に行ってもレギュラーが取れるようにと監督の親心だったと思います。」
 
「ずいぶんと苦しい時期が長かったと思いますが、何を信じて練習を続けることができたのですか?」
北条政子に似たアシスタントが聞いてきた。
 
「はい、ボクが将来タイトルを取れる選手になると言った監督の言葉ですね。
いえ、直接言われた訳じゃないのですが。
まだ2軍だったころ、ちょうど母の日に母からお礼の電話がかかってきました。
ボクは何のことか分からず話を聞いてみると、手紙とお金が3万円送られてきたそうです。
こんな内容だったと思います。」
 
 お母様へ、息子さんはとても頑張っています。監督(主人)もいずれタイトルを取れる選手になれると言っていつも気にかけております。
お金は息子さんからお預かりしたものですが練習で忙しいので代わりに送らせていただきました。

                      落合信子          
 
 
※この作品はフィクションです。登場する人物団体は実在のものと一切関係ありません。 

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