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わからないけどいやなの

2年生の担任はとても可愛らしい金城先生だった。みんなが「きんぎょ先生」と呼ぶに相応しい愛らしさと笑うと下がる目尻がとても愛嬌のある先生で、私も一目で好きになった。

あれは冬だったと思う。なんの時間だか、みんなで伝言ゲームをすることになった。先生が、1番前の席の子に何かを伝えて、2番目、3番目…と伝えていくゲームをした。

その時に先生がその日休んでる子を名指しで

「◯君はぶちゅぶちゅうんこで学校を休みました」

と伝言したのである。
今になれば、それがどんないけないことか、私が何故、嫌悪感を感じたのかよくわかるんだけど。

みんなが爆笑する中で、私だけがとても違和感を感じて、金城先生に対する好意や信頼のようなものが薄れていくのがわかった。
先生は相変わらず、目尻の下がった愛らしい顔で笑っていたし、クラスのみんなが笑っているのに、笑えない私は、なんとなく取り残されたような罪悪感にも似た気持ちを抱えたのを覚えている。

発達障害は融通が利かないと言うけれど、今でも私はどこまでが融通かと、周りの顔色を伺いながら、人より一歩遅く答えを出している。そうすることが、安全圏でいるための私の処世術なのだ。

でも。
この件は、大人になった今も、笑わなかった私を褒めたいし、違和感や嫌だと感じた気持ちは正しいんだよって言ってあげられる。笑わない私を変な奴と思った子もいるかもしれないけど。

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